冒険者ギルドの総務係、失恋で五年霊山籠りしたら最強仙人に 〜野生の神獣少女に心癒され復帰。俺を振ったエルフ受付嬢は冒険者になって俺を探してるって?〜

クー(宮出礼助)

第1章 帰還のち修羅場

第1話 「行かないで」ってこと

「――ここに来て、もう五年か……」


 呟いた声は、霊験あらたかな山々の影に消えていく。


 山中の巨岩を切って作られた修行場は、相変わらず精神統一にピッタリだ。


 む。背後に気配……。


「――ルドルフ」


「なんだ、師匠ですか。どうかしました?」


「うん……べつに、なんでもないけど」


 振り返る間も無く首に回される、ひんやりした細い腕。とんでもなく強い子なんだけど、相変わらず甘えん坊なんだから。


 微笑ましくて、心地よくて。つい、笑みが溢れる。


「もう、なんですか? 重たいですよ」


「……おもくないぞ。わたしは軽い」


「うん、まあ……たしかに人の体としては軽いんですけどね」


「おもくない。かるい、かるい……」


 なんだろう、奔放っぷりはいつも通りなんだけど。今日はなんか、ちょっと上の空……?


 あ、もしや。


「師匠……もしかしてですけど。俺が考えてること、気づいちゃってますか?」


「――!」


 おお、ビクッと反応した。これはやっぱり……。


 でもそうか、バレちゃってるか。いつ切り出そうかと悩んでたんだけれど。でも、分かってるならもう言っちゃうか。


 俺は後ろから抱きついてくる師匠の手を解くと、くるっと振り返って正面から向かい合う。


 俺の目の前に立っているのは――おかっぱにした銀の髪を揺らす、見た目十代後半のかわいい少女。


 だけど俺は知っている。彼女は見た目通りの歳じゃないし、か弱い少女の見た目に反してとても強いと。


 それに……そもそも彼女は普人族ではない。三角耳も尻尾もないけど、どうも彼女は何かの獣人族らしいんだよね。


 その正体は頑なに教えてくれないんだけど……。


 とうとう今日まで分かることはなかったかあ。それでも、俺は――。


「師匠。気づいてるとしても、改めて伝えさせてもらいます」


「っ! だ、だめ――」




「俺はここ、大盾山だいしゅんざんを――近く、降りようと思ってます」




 そう、口にした瞬間。


 さっき何か言いかけた師匠は、ぎゅっと唇を噛んで。何かを堪えるように。


 「……わかった」と。そう、消え入りそうな声で言ったのだった。




 それから三日後、師匠に伝えていた下山の日。


 山の中で朝から身支度を整えて、もういつでも地上へ戻る準備はできてるんだけど。


「師匠、どこいったんだろ……」


 いつもの朝は、目覚めた瞬間どこからともなく師匠が現れるんだけど、一昨日から師匠の姿が見えない。


 別れの日だから来てくれると思ったんだけど……。


「最後に、ちゃんとお礼しようと思ってたのに……」


 まだ恩も返せてないし、せめて最高傑作の仙丹をと。そう思って用意していた、大きな葉で作った包みを見下ろした。


 でも。


 いないなら、仙丹はこの辺りに置いて出ていくしかないかあ。


 師匠はとんでもなく強いし、身の安全を気にする必要はない。それに何より、姿はないものの、たまにちょっと気を感じるからなあ。


 それでも出てこないってことは、お世話になったのにろくに恩返しもせず出て行く俺に怒ってるのかも。


 でも、今のままじゃお礼は仙丹くらいしか渡せないし、地上に戻って金を稼げたらまた恩返しにくるつもりではある……。


「ここは居心地がいいけど、俺にも地上でやり残してることがある。師匠のおかげでメンタルも回復したし、そろそろ戻らないと……」


 そう、改めて思って。仕方がないからもう山を下りようと、そう思った時だった。


 キン、と。師匠の澄んだ気を感じ取ると――


『――ルドルフ』


 まるで耳元で語りかけられたように。――師匠の声が聞こえる。


 やっときてくれた……!?


「師匠! いったいどうしたんですか! ぜんぜん姿を見せてくれないし、やっと戻ってきたと思ったら声だけなんてっ」


『わたしもいろいろ準備があったんだ。さいきん大変だったんだぞ』


「ええ? 大変って、いったいどうしたんです。この山で師匠が困ることなんて何にもないでしょう?」


『ないことない。わたし、いっぱい困ることがある。――ぜんぶルドルフのこと……!』


「ええっ? 俺ですか?」


 どういうことだ? 俺程度が師匠を困らせるなんてできるわけ……。


『ルドルフ……山をでていくから』


 そうだけど、それが師匠を困らせるって? 俺は基本師匠の手を煩わせることしかしてないのに……。


 ……まさか、だけど。初めて会った頃よりずいぶん仲良くなったし……俺が居なくなるから寂しい、みたいな。そういうこと?


『ち、ちがうっ。わたし、そんな軟弱者じゃない! 半端なルドルフとちがって、わたしはちゃんとした神仙なんだっ!』


「あっ、師匠! 心は読まないでって言ったじゃないですか! 最後だからってそんな……俺にも秘密にしたいことはあるんですからねっ!」


『うっ……で、でも! ルドルフがいなくなるとか言うからあ……っ!』


「言いましたし、実際そうしようとしてますけど――じゃあいったい、なにが困るって言うんですか」


 まったくもう、顔が熱い……。また勘違いしちゃったじゃないか。


 この山に来た理由だってもとはそういうとこなのに……。また人間社会に戻ろうとしてるし、今度こそ気をつけないと。


 ……それで。結局なんなんですか師匠?


『それは……それは。……ぅ、あ、そうっ。わたし、神仙だから! 師匠として、ルドルフみたいなダメダメ仙人を、あぶない下界にいかせられないっ!』


「だ、ダメダメって……。これでも俺、ずいぶん強くなったつもりなんですけど」


『まだ! ダメダメ! よわいっ』


 ひ、ひどい。でも、俺もこの山ではほとんど敵無しだし、地上と比べてここの魔物はだいぶ強いと聞いてたし。


 まだなにも為していない俺だけど、ただで終わることはないくらいに力をつけたつもりなんだけど。


 というか、地上に行かせられないって……。


 ――師匠、この数日何してた?


『――わたしがしてたのは……準備。ルドルフに山を下りる力があるか、それをためす……!』


「ええっ? 試験ってことですか!? そんなのがいるってこれまで一言も――」


『このあいだ決めた! わたし師匠だぞ! 言うこときいて!』


「もおおおお、なんなんですかいきなりぃ……! ていうか心読まないで下さいって!」


 まぁた師匠の気まぐれ? この人そういうとこあるんだよ。


 明らか普人族とかよくいる獣人族より格の高い種族っぽいし、もう……良い意味でも悪い意味でも自由!


 こうなった師匠はなに言っても聞かないからな……。


 ――もう、仕方ないなあ……!


「分かりましたよ! 試験ですね? いいですよ、やります! その代わり、ちゃんと合格したら下山させてもらいますからね!」



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