闇夜の女
一宮 沙耶
プロローグ
プロローグ
暗闇の中をずっと歩き続けてきた。
体を吹き飛ばしてしまいそうな雪風で力が尽き、ビルの壁に背中を預ける。
壁の隙間を流れる極寒の風が体を何層にも包み込む。
ヒール靴という鎧で守ってきたつま先は寒さで感覚もなくなった。
唯一派手なネイルには気泡ができて、私には飾る価値もないと責め立てる。
荒れ果てた心には、暖かい記憶はどこにもない。
そろそろ、私も暖かい陽の光のもとを歩きたい。
頬がこけた顔で空を見上げても、そこには闇が広がるだけ。
暗闇の中にいるのは私のせいじゃないのに。
オフィスビルが立ち並ぶ街。
ビルの壁に並ぶ窓はいずれも真っ暗で人の気配を感じない。
広い道路を走る車は一台もなく、聞こえるのは、吹き付ける吹雪の音だけ。
この世界には私以外、誰もいないのかもしれない。
夜道の街灯は消えかかっている。
どこを見渡しても光はその街灯しかない。
足元は真っ暗で見えない。
漆黒の重いもやが足にまとわりつく。
いくら体を前に傾け、足を精一杯出しても前に進めない。
自分の足が真っ黒で見えないなんて、今の私みたい。
葉が落ち果てた木々の枝が僅かな街灯の光を浴びて揺れている。
あまりに強い寒風に折れそうになりながら、必死に耐えている。
私には訪れない、次の春に芽吹くために。
寒い。ダウンコートを着ているのに。
私の心を支えてくれる人は誰もいないから心も凍りつく。
いつも、暗闇の中で1人きり。
私が悪かったのかしら。
いつも、ただ周りに流され、自分というものがなかったから。
でも、濁流の中で押し流されないように必死にもがくしかなかった。
何人殺したのかしら。でも、私のせいじゃない。
私は被害者。周りが私にひどいことをするから、こうなったの。
誰もが手に入れている普通の幸せが欲しかっただけ。
何度も警察の手をすり抜けてきた。
日本各地で姿をくらましてきた。
名前を変え、顔を変えて。そのたびに人を殺して。
もう隠れて過ごすのは疲れた。
公園で遊ぶ幼稚園児のように無邪気な頃に戻りたい。
でも、私を待っているのは灼熱の業火に包まれる地獄の扉だけ。
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