第3話 キツネさまのお守り

 境内のすみっこに、太い木の根っこが土から顔を出しているところがあった。

 なんだか並んで座れるようにできているみたい。


 わたしたちはなんとなく、そこに腰をおろしたんだ。

 ひんやりした木の感触。

 だけど、冷たすぎるってほどじゃない。

 上では桜の花びらがちらちらと舞っていて、スカートのすそにひらりとのってくる。

 ひとつ息をついたら、さっきまでの緊張が少しだけほどけた気がした。


「で、なんでまどかは、そんな願いごとを?」


 急にまた、シラネがまっすぐな目で聞いてくる。

 今度はさっきよりずっと近くで。

 どきん、と胸が鳴った。

 シラネの目をそらしたくなるような真剣なまなざしに、ぐっと息がつまる。

 せっかくとけた緊張が、また戻ってきちゃった。

 

「なんでって……」


 わたしはすぐには言えなかった。

 だって“友だちができますように”なんて、ほんとうは誰にも知られたくなかったんだもん。

 そんなわたしに、シラネは少しだけ目を細めて言った。

 

「願いごとを叶えるためには、自分を見つめる必要がある」

「自分を、見つめる……?」

「そう。心の奥にあるものを、ちゃんと見るんだ。見ないふりをしてたら、まじないだって、神様だって、手伝えない」

「見ないふりなんて、してない……」


 でも、言いながら自分でもわかってた。

 わたしは今日、ずっと目をそらしてた。

 知らない場所からも、知らない人たちからも──自分の気持ちからも。

 きっと、それがシラネにも伝わってたと思うんだ。

 だっていま、なぐさめてくれるみたいに、やさしい目をしているから。

 

「わたし……引っ越してきたばかりで。今日がはじめての登校日だったんだけど……」


 そこまで言って息をのんだ。

 胸の奥がチクッとして、言葉が止まってしまう。

 だけどシラネはなにも言わず、静かに待っていてくれた。

 焦らせたり、先をせかしたりしない。


(……聞いてくれてる)


 それだけで、なんとなく安心したの。

 

「……素直になれなくて。友だちができるおまじないもしてきたのに……ぜんぜんダメだったんだ」


 するとシラネは少しだけまゆをひそめて、それでもやさしく、たしかめるように言った。

 

「まじないが効かなかった。そう思うのか?」

「うん……」


 わたしがうつむくと、シラネはふうっとため息をついた。


「それは違う。まじないは、信じる心なんだ。まどかが自分の願いを信じきれなかった。だから、届かなかったんだ」

「信じきれなかった……」

「思い返してみろ。今日、最初からまどかを突き放した子なんて、いたか?」


 その言葉に、わたしは顔をあげた。

 頭に浮かんできたのは、いちばん前の席にいたポニーテールの女の子。

 

(……話しかけようとしてくれてた)


 でも、わたしはわざと目をそらしたんだ。


「……ううん。いなかった。みんな、ちゃんと声をかけてくれた」


 そう。

 休み時間だって、放課後だって。

 ポニーテールの子だけじゃない。

 まどかちゃん、って名前を呼んでくれた子もいた。

 笑いかけてくれた子もいた。


 それなのに、わたしは。


 “ここは、わたしの居場所じゃない”


 そんなふうに思いこんで、心に壁を作っちゃって。

 距離を取ってたのは──わたしのほうだったんだ。


(そんなの、友だちになれるはずないよね……)


 胸がぎゅっと苦しくなる。

 今さら気づいても遅いかもしれないって思ったら、目の奥が熱くなった。

 後悔して、涙がこぼれそうになったそのとき。

 

「まじないが効かなかったせいじゃない。まどかは、それに気づけた。だから明日は、ちゃんと友だちができる」


 ほほえんだシラネが、力強く言葉をかけてくれた。


(……そうだよね)

 

 ほんの少しだけど、自分を信じてみようって思えた。

 明日、もう一度がんばってみよう。

 きっとまだ、やり直せるかもしれない。

 

「うん、ありがとう」


 わたしは小さくうなずく。

 ありがとうって言葉が、ちゃんと口から出てきたのが自分でもうれしかった。

 

「まどかはだれよりも“まじないの力”を持っている。だからまずは、ちゃんと信じることだな」


 風がまたそよいで、シラネの銀色の髪がふわりと揺れる。

 それが、ほんとうの神様みたいに見えて──。


(……かっこいい、かも)

 

 なんて思うのは、やっぱり変だよね。

 耳も尻尾もあるのに。

 だけど、どうしてかな。

 シラネといると、なんだか安心したんだ。


「よし、オレからもまじないをくれてやる」

「シラネのおまじない?」

「そうだ。手、出してみろ」


 なんだろう。

 どんなおまじないなのか、ぜんぜん見当もつかなかったけど──きっと悪いものじゃない。

 さっきからずっと、シラネの言葉にはふしぎな力がある気がしていたから。

 

 わたしはそっと両手をひらいて、シラネに向けた。

 ちょっとだけ、なにが起きるんだろうってドキドキしちゃう。

 すぐにシラネが、わたしの手のひらの上にそっと手を重ねた。

 すると──。


 わたしたちの手のあいだから、光のつぶがこぼれ出した。

 小さなホタルみたいにキラキラと空に舞って、すぐに消えていく。


「わあ……すごい」


 あまりにも幻想的で、つい声に出ちゃってた。

 となりで「よし」とひと息ついたシラネが手をはなした。


「これって……」

 

 わたしの手のひらにあったのは、小さなネックレス。

 真ん中には、透きとおった海みたいにきれいな青色の石がついている。


「……きれい」


 わたしは宝物を見つけたみたいに、そこから目が離せなかった。

 石は光をあびて、きらきら、ゆらゆら、かがやいている。

 

「これは“ことのは守り”だ」

「ことのは?」

「そう。正しくは『言の葉』、だけどな。まどかの声がちゃんと届くようにとまじないをかけた、特別なネックレスだ」

「わたしの、声……」


 心の中で唱えた、最後のお願いを思い出す。

 

“わたしの声が、だれかに届きますように──”


(あ、そっか)

 

 シラネは、わたしの願いごとを知っているんだった。

 だから──こうしてお守りをくれたんだ。

 手の上にあるネックレスが、すごくあたたかみを持っているように感じたの。


「まどかは『言霊』って言葉、知ってるか?」


 シラネの問いかけに、わたしは首をかしげる。

 

「ううん……よく、わからない」


 するとシラネ先生みたいな顔で、少しだけ胸を張って言った。

 ついでに耳も、ぴょこんって上に伸びたかも。

 

「簡単に言うと、言葉には力と魂が宿るんだ。気持ちや願いが強ければ強いほど……その言葉は遠くまで届く」


 力と魂──うん、そうかも。


 昨日まで思っていた「友だちがほしい」って気持ちと、いまの「友だちがほしい」って気持ち、ぜんぜん違うの。

 昨日よりずっと本気でね。

 明日はきっと、だれかと笑い合えるかもしれない。

 そんな明るい希望で胸がいっぱいなんだ。

 

「まどかの“まじないの力“はオレが保証してやるから、自信を持て」


 シラネがにこっと笑った。

 ぴんと立っていた耳が、ふにゃっとちょっとだけ倒れて。

 それがなんだかかわいくて、だけど、勇気をもらえたんだ。

 

「ありがとう、シラネ」


 そう言って、わたしは小さなネックレスを首にかけた。

 青い石が、胸のところできらりと光る。

 それはまるで、“あたらしいわたし”を見つけてくれたような光だなって思ったんだ。

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