俺に取り憑いてる美少女悪霊が青春を邪魔してくるんだが?

猫丸

プロローグ

「……て」


 うるさい。


「……きて」


 うるさいなあ。もう少し寝させろ。


ゆう、早く起きて!!』


「っ!?」


 脳みそを直接叩く甲高い声に強制的に起こされる。

 誰もがお世話になっているお母様の目覚ましでさえ、ここまで凶悪ではない。


 脳に直接語りかける。こんなふざけたことができるのはヤツしかいない。


「てめぇ……脳内に直接叫ぶのやめろっていっつも言ってるよな!?」


 すっかり目が覚めた俺は目の前に立つ……というより浮いている少女に怒鳴りつけた。


「1回目で起きてっていっつも言ってるよねぇ?」


 ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら反論する忌まわしき少女。

 残念なことにその顔立ちは思わず見惚れてしまうほどに整っている。傷みが全くない艶のある黒髪が腰まで流れている。

 そして、目を引くのはまるで血を通わせない白磁のような肌。


 ま、実際血ないんだけどな。冷てえし。


「最初から聞こえる声で起こしてくれ! 最初小さい声で起こしてるだろ?」


「言いがかりはやめてよ、ひどぉい」


 その場で泣き崩れて嘘泣きを始める少女。

 俺は無視してベッドから立ちあがる。


 今日は、高校の入学式だ。


「……ん? つか、れい


「なあに?」


 俺は怜のいつもと違う姿に気づいた。


「その服なんだ?」


 怜を指さす。

 怜はいつもの白いワンピース、ではなく見覚えのある制服を着ていた。


「ああ、これは……きひひ、ねえ可愛い?」


 変な笑い声を上げながら俺に上目遣いで尋ねる怜。


「可愛い可愛い。んで、なんで俺の高校の制服着てんだ?」


「てきとう! 本当は見惚れてるくせにぃ。たまには服装変えるのも新鮮でいいでしょ?」


 まあ、それは別にどうでもいいし怜の好きにすればいいと思う。

 だが、その制服を着てるということは……


「やっぱり着いてこないとか……」


「ないに決まってるじゃん!」


 ですよねー


 明るく言い放った怜の言葉に俺は絶望した。


「お前、今度は邪魔すんなよ?」


 俺はきっと無駄になるであろう願いを告げた。



 ◇◇◇



 怜は悪霊だ。

 いつも俺の邪魔ばかりする。

 本人は楽しそうにしているが、被害者の俺からすれば良い迷惑だ。


 例えば、授業中には隣で漫画読んでたり、ゲームしてたりする。

 体育の時間では俺の視界をわざと遮ったり、当たり屋まがいのことをしたり。



 中学2年生のときの告白のときは――



「怜、俺真由ちゃんに告白するよ」



 当時、俺には好きな子がいた。


 中学2年生の頃、たまたま同じ席になった子。

 最初はただのクラスメイトだった。

 でも、真由ちゃんの方から話しかけてくれたり、連絡先交換してくれたり、デートに誘われたりした。


 俺はラブコメ主人公のような鈍感野郎ではないから、真由ちゃんが少なからず俺に好意を抱いていることに気づいた。


 そしたら、俺の中でただのクラスメイトだった真由ちゃんの存在が大きくなった。


 そして、しばらくもしないうちにそれが恋なんだと気づいた。


 俺は必死にアプローチした。

 ちょうど修学旅行があったから、その時は少し時間を貰って2人きりで京都の神社を回ってデートした。


 クリスマスには一緒にデートをして、お小遣いを貯めて買った真由ちゃんに似合う財布をプレゼントした。

 喜んだあのときの真由ちゃんの顔はとても魅力的だった。

 お礼に手作りのお菓子も貰えた。


 そして、明日は二学期の終業式。


 その日の放課後に屋上に呼び出して告白する。


 きっと両思いだ。恋人になって冬休みいっぱいデートをする。


 今から考えるだけで幸せだ。



 だから、せめて明日だけは邪魔しないでくれ、という意味で俺は怜に告げた。


 怜は、驚いた表情をした。

 そして、珍しく逡巡した様子を見せた。


 しばらくして、少し言い淀みながらも口を開く。



「そのね? やめた方がいいんじゃない?」



 いつもと違う悲しげな表情の怜。


 ……調子が狂う。

 つか、なんでやめた方がいいとか言うんだよ。

 違う。コイツがそう言うのは予想外じゃない。でも、そんな顔で言われるのは予想外だ。


 ……でも、引き下がれない。

 この想いはもう心の中で燻るにはあまりに大きくなりすぎてる。


「……大丈夫。お前を見捨てたりはしないって」


 たぶん、俺が真由ちゃんと付き合ったら捨てられる……というか祓われるとか思ったんだろう。

 確かに俺はコイツのことを普段悪霊悪霊だと言ってはいるが、本心で憎いとは思ってはいない。


 だから、安心しろよ。



「……ち、ちが――」


「今日は早く寝るよ。おやすみ」


 何かを言いかけていた怜だが、明日のためにもちゃんと寝ときたかった俺はベッドに横になった。



 ◇◇◇



 次の日、起きるといつも通りの怜に戻っていた。

 はあ、ウザいけどまあ昨日の萎れた怜よりはましだな。

 捨てられないと分かったのか告白を止められる気配もないし良かった。



 そして、すぐに放課後となり屋上にいち早く身を置いた。

 冬だからか、外はもう赤く染まっていた。


 もうすでに心臓は異常なほどの高鳴りを見せていた。


 その高鳴りが最高潮に達したとき、屋上の扉が開いた。

 そこから入ってきたのは優しく微笑む真由ちゃんだった。


 風でツインテールの黒髪がたなびく。

 クラスで1番と言われる美少女は俺を見て恥ずかしそうにはにかんだ。


 緊張の最中、俺はチラッと視線を右奥に飛ばす。

 そこには、何か思い詰めたような表情をする怜がいた。


『おい、頼むから邪魔すんなよ?』


 俺は怜の脳内に直接そう告げた。


『…………』


 返事はない。


 おいおい、不安になるな。

 けど、あまり間を開けすぎると真由ちゃんに不審がられるかもしれない。


 言うしかない。


 人生初の告白。緊張しかない。

 けど、もう抑えきれない。


 俺は意を決した。


「あのっ――」



 ――ガシャンッッ



「キャッ!?」


 突然大きな物音が鳴った。


 真由ちゃんの悲鳴が上がる。

 その顔は恐怖に染まっていた。


 俺の背後に放置されていた古い机。

 それがおそらく、ひとりでに浮いて、落ちた。


 それを目の当たりにした真由ちゃんの身体は震えて青ざめていた。


『怜っっ!!!』


 そんなことができるのは怜の他にいない。


 表情を取り繕うのが難しかった。

 けど、怒鳴らずにはいられなかった。


『ッッ、』


 ……なんで、なんで、お前がそんな悲痛の声を漏らすんだよ!?


 怒りの中に僅かな困惑が流れた。


 ……っ! それよりも真由ちゃん!


「ま、真由ちゃん! 大丈夫!?」


「ゆ、悠くん!!」


 駆け寄る俺に抱きつくようにしがみつき、そのまま地面にしなだれる。


「大丈夫!?」


「助けてっ」


 悲鳴のようなか細い声だった。


 ズキッ


 胸にそんな痛みが走った。


 強い怒りの感情。


 俺のじゃない。怜の。



 バコンッ



「キャァアッ!」


 今度は真由ちゃんの背後の扉が大きな音を立てて開いた。


 分からなかった。

 なぜ、怜がこんなにも怒っているのか。


 恐怖で震える真由ちゃんに必死に声をかけながら、頭の中では怜のことばかり考えていた。


 怜はそれ以降何もせずに姿を消した。


 そして、しばらくして立てるようになった真由ちゃんは、俺をまるで幽霊を見るかのように怯えた目で見つめて帰って行った。



 俺は告白もできずして失恋したのだと悟った。



 真由ちゃんがいなくなった後、怜が俺の元に来た。


 どんな面して戻ってきたんだ、と怒鳴りかけた。


 が、怜の表情を見てやめた。

 言えなかった。


 いつもニヤニヤと俺にイタズラをしては楽しそうに嫌な笑い声を上げる怜。


 たまに真面目なお姉さんのような表情をする怜。


 行きすぎたイタズラをして俺を怒らせ、落ち込む怜。



 初めて見た。


 ボロボロに涙を流す怜の姿は。


「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」


 泣きながら膝をつき頭を地面に擦り付ける怜。


 なんでこんなことを、と聞くも頑なに答えない。


 何度もしつこく聞けば、


「いつものようにイタズラしたかったから」


 その答え一辺倒。


 じゃあ、あの時俺の胸が痛くなるほどの怒りは何だったんだよ。


 そう問いたかった。


 怜が泣きながら告げた。


「……私は悪霊です。祓ってください」


 ……できねぇよ。

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