ハッピーライフ ~鬱屈から疾走へ~
奈良まさや
第1話
第一章 転生の瞬間
「俺の人生、このまま終わるのかな…40年間童貞のまま、種を残すこともなく…」
芦田陽介の呟きが、夜の街に消えていく。大手総合食品加工会社「ハッピーフーズ」の菓子パン大宮工場で働く40歳の男。馬のような長い顔と人懐っこい笑顔が特徴だったが、今はその顔も疲れ切っていた。
2024年3月13日、水曜日の夜。工場からの帰り道、強烈な眩暈に襲われた。
「うっ…!」
視界がぐるぐると回り、意識が遠のいていく。最後に聞こえたのは、遠くから響く馬のいななきだった。
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同じ頃、千葉県のアパートで、19歳の青年が血を流して倒れていた。
田中蓮斗。歌舞伎町のホストクラブ「GALAXY」でナンバー1を目指していた男。
「もう限界よ!あなたのせいで私は人生狂ったのよ!」
愛人関係にあった40代の人妻・美香子が、嫉妬と絶望でナイフを握りしめていた。彼女は蓮斗に本気で恋をしていたが、蓮斗にとっては金づるの一人でしかなかった。
「俺は…本当に人を愛したことがあったのか…」
それが蓮斗の最後の想いだった。
不思議なことに、この日、日本全国で2頭の競走馬が同時刻に誕生した。まるで何かの意志が働いているかのように。
第二章 新しい命の始まり
「おお、生まれたぞ!でも…なんだこの長い脚は!」
北海道の日高地方、小さな個人牧場。芦田は馬として生まれ変わっていた。
父はハッピースプリントという地方競馬出身の種牡馬、母は牧場から逃げ出したキリンとの交配で生まれた奇跡の産駒だった。
普通の馬の1.7倍も手脚が長い、驚異的な体型の競走馬の誕生。名前は「ハッピーライフ」。
「僕、前世の記憶があるんです」
生後まもなく、ハッピーライフは牧場主の四ツ木さんに話しかけた。あの特徴的な首の上げ下げと共に。
「うわあああああ!馬がしゃべった!」
「落ち着いてください。僕は芦田陽介という人間でした。菓子パン工場で40年間…あ、いや40歳まで働いていて…気が付いたら、馬に生まれ変わってました」
四ツ木さんは腰を抜かしたが、持ち前の大らかさで受け入れた。
「まあ、キリンの血が入ってる馬だしな。何があっても不思議じゃないか。その長い脚は武器だ。競走馬を目指そう」
第三章 もう一つの転生
同じ頃、栗東の名門牧場では、もう一頭の特別な馬が生まれていた。
父はロードカナロア、母はアフリカから輸入されたチーターの血を引く、背の低い小柄な馬。名前は「チータースマイル」。
「僕、前世の記憶があります」
生後間もなく、チータースマイルは牧場主に話しかけた。完璧な発音と、どこか冷たい響きを持つ声で。
「チーターの血が入ってるから、何があっても不思議じゃないな」牧場主は意外にも冷静だった。
「前世では…歌舞伎町でホストをしていました。努力を重ね、月500万を稼ぐトップクラスの男でした」
チータースマイルの目には、既に強い野心の光が宿っていた。
「今度こそ、真の頂点に立ちます」
第四章 工場の仲間たち
生後6ヶ月の頃、牧場にハッピーフーズの代表取締役社長、田村清一郎がやってきた。
「四ツ木さん、これがその馬ですか」
「ありがとうございます、田村社長!前世で僕はあなたの会社で働いていました」
ハッピーライフが特徴的な首振りで話しかけると、田村社長は驚いた。
「君は…芦田君なのか?あの馬面の…いや、失礼」
「はい!工場の皆さんは元気ですか?山中さんと佐藤さんには、僕が元気でやってることを伝えてください」
田村社長の目に涙が浮かんだ。
「みんな君のことを心配している。君が突然倒れた日から、工場の雰囲気が変わったんだ。君がどれだけみんなに愛されていたか…」
こうして、ハッピーライフは田村社長の所有馬となり、浦和競馬場へと向かった。
第五章 浦和での新生活
浦和競馬場の厩舎で、ハッピーライフは調教を開始した。
「すげぇストライドだな…」調教師の石川一郎が驚いた。
ハッピーライフの一完歩は通常の馬の1.7倍。約12メートルもの距離を一歩で進む驚異的な能力だった。
「普通に走ってるだけで、他の馬の倍の距離進んでるよ」坂田厩務員が興奮した。
そして、運命的な出会いが待っていた。
厩舎を訪れた矢沢勇気は、ハッピーライフを見た瞬間、不思議な親近感を覚えた。
「矢沢さん、僕です。芦田陽介です」
「え?芦田さん?浦和競馬場によく来てくれてた…」
「はい!いつも矢沢さんを応援してました。この1年間1勝もないって聞いて、心配してたんです」
矢沢の目に涙が浮かんだ。
「芦田さん…ありがとうございます。今度は一緒に勝利を目指しましょう」
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