第9話 文化祭実行委員

 10月。野球部の大会は終わったけれど、学校の行事は部活と関係なく訪れる。

 浮風高校の文化祭は11月、文化の日前後の土日に行われる。

 そんなに規模は大きくないので、準備は結構直前で、実行委員の仕事も10月に入って中間試験が終わってから始まる。

 文化祭実行委員。がらにもない委員をわたしがやるはめになったのは、単純にじゃんけんで負けたから。

 見かねた眞希ちゃんがペアを買って出てくれたので、1年2組の文化祭実行委員は、わたしと眞希ちゃんの2人。

 今日は文化祭実行委員、最初の顔合わせだった。

 放課後に集合場所の教室に行くと、既に何人か集まっている。

 その中に、見知った顔を見つけた。


「時嶋くん?」

「……宮崎」


 1年3組の席に座っていたのは、時嶋くんだった。もう1人は、知らない男子。

 1年2組の席は隣なので、おずおずと席につく。

 元々そんな頻繁に話す方じゃなかったけど、あの日から、なんとなく気まずい。

 でも気にしているとも思われたくなくて、わたしは無理して笑顔を作った。


「時嶋くん、実行委員だったんだ。なんか意外」

「ああ……。定期的に活動する委員より、短期間で終わるから。ちょうど秋大と神宮大会の間だし」

「そっか」


 その神宮大会は、なくなってしまった。

 そのことには触れられなくて、わたしは小さく返事をして黙った。

 沈黙している内に、全員揃ったのか、実行委員の顔合わせが始まった。

 各クラス委員が挨拶をして、それからプリントが配られる。

 飲食物を扱うクラスは数が決まっていたり、許可が必要だったりするから早めに申告するように。ステージを使うクラスは部活動との兼ね合いもあり、こちらも早めに申告するように、などの注意事項が説明される。

 とりあえず出し物は早く決めてってことなんだろう。

 教室でやる展示系とかならぎりぎりでも大丈夫そうだけど。

 初回は顔合わせと説明だけで、比較的早く終わった。


「宮崎!」


 廊下に出たわたしを、時嶋くんが呼び止めた。


「ちょっと話せるか」


 ちらりと眞希ちゃんを窺うと、「先帰るね」と手を振って教室に行ってしまった。

 わたしと時島くんは、廊下の隅に寄って話した。


「その……悪かった。この前、嫌な言い方して」

「……うん」


 迷ったけど、否定はしなかった。だって、実際悲しかったし、あれはみっちゃんにもひどかった。

 それにここで否定したら、翔悟先輩と仲良くしてることが悪いってことにもなる。


「宮崎は野球部じゃないんだし、そもそも交友関係に口出すようなことじゃないよな。試合前でピリピリしてたってのもあるけど……いや、言い訳か。とにかく、俺が悪かった。ごめん」

「うん、もういいよ。大事な試合の前じゃ、不安にもなるよね」


 そう、時嶋くんは、不安だったんだ。

 浮風が不利になる要素が、ひとつでも無いように。


「あのね。わたし、翔悟先輩と友達なの」

「……ああ」

「これからも、友達でいたいと思ってるの。でもそれは、向こうに味方するってことじゃない。浮風の野球部が好きだし、勝ってほしいと思ってるし、西岩地と当たったら、わたしは浮風の応援をするよ」

「……うん」

「浮風のみんなの不利になることは絶対しない。だけど、わたしが他校と繋がりがあることで不安にさせるなら……あんまり、野球部に、関わらないようにする」

「いやっ! それは……」


 時嶋くんはうろたえて、言葉を探していた。

 ちょっといじわるな言い方だったかもしれない。でも、翔悟先輩と縁を切らないなら、こっちの野球部と距離を取るしかない。

 練習を覗いてるとか、みっちゃんから情報を得てるとか、そういう勘ぐりされたくないから。

 時嶋くんは、苛立ったように頭をかいた。でもその苛立ちは、わたしに向いている感じじゃなかった。

 黙って見ていると、時嶋くんは大きく息を吸って、長く吐いた。


「……宮崎のこと、疑ってないよ。夏から俺たちのこと応援してくれてたの、知ってるし。あんまり裏でこそこそ動けるタイプだとも思ってないし」


 それは、褒めているのか、貶しているのか、どっちだろう。

 ちょっと微妙な気分だ。


「だから、これからも応援してくれたら嬉しい。関わらないとか、言うなよ。俺たちだって……友達、だろ」


 少し照れたように告げられた言葉に、わたしは気分が高揚した。

 友達。友達!?

 わたし、ずっとみっちゃんのオマケみたいに見られてると思ってた。

 時嶋くん、わたしのこと、友達だって思ってくれてたんだ。

 それだけで、全部許せちゃいそうだった。

 ――全部。なかったことにできそうなくらい、嬉しいはずなのに。

 どうしてか、前のようなきらきらは、見えなかった。


「あの……さ。一応、確認したいんだけど」

「うん?」

「高遠とは……本当にただの、友達なんだよな?」

「うん、友達」

「そっか」


 ほっとしたように笑った時嶋くんにつられて、わたしも笑った。

 だって翔悟先輩は、わたしが時嶋くんのこと好きなの知ってるし。ただの友達以上に、なりようがない。

 友達くらいならよくても、彼女となると、また話は別だろう。

 時嶋くんも安心したみたいで良かった。


「じゃ、これから実行委員同士、よろしくな」

「うん。またね」


 手を振って、時嶋くんは教室に戻っていった。

 試合に負けても、練習は続く。大変だけど、大事なことだ。


(わたしも実行委員、頑張ろう)


 大したことはできないけど。

 高校生だもん。思い出作り、したいよね。



 ☆



『へえ、浮風は来月文化祭なんだ』

「西岩地はいつなんですか?」

『うち隔年だからさ、今年はねーの』

「それだとちょっと不公平な感じしません?」

『でも3年はほぼ参加しないからなー。実質1年か2年の1回だけ』

「それもちょっと寂しいですね」


 相変わらず通話が好きな翔悟先輩と、夜のお喋り。

 通話は切り時が難しくて長引いちゃうから、わたしはいつもメッセージを送るだけなんだけど、翔悟先輩はよく通話してくる。

 忙しいだろうに、わたしに時間使ってて大丈夫なんだろうか。


『文化祭はないけど、2年は今月修学旅行あるぜ』

「わ! いいですね。どこ行くんですか?」

『京都。ガチガチのド定番。もーちょっとひねってほしいよなー』

「いいじゃないですか、京都。わたし好きですよ」

『どのへんが?』

「神社とか好きな方ですし、パワースポットも多いですよね」

『女子は好きだよな、そういうの』

「男子はどこが好きなんですか?」

『オレの班に新選組好きがいるから、その辺回る予定』

「ああ、ファン多いですよね。旅行のテンションで木刀買ったりして」

『それやる奴が多すぎてウチ禁止』

「あはは、残念ですね」


 気安い会話に、力が抜けてベッドに転がる。

 野球の話をしなければ、ほんとに、ただの高校生なんだな。

 時嶋くんも、きっと、そうなんだろう。

 野球の話をしなければ、もっと早く仲良くなれたかも。

 でも、彼の大半は、野球でできているから。


『なあ、土産は何がいい?』

「え?」


 思わず目を瞬かせる。

 お土産。わたしに?


「くれるんですか?」

『なんだよ。いらない?』

「いえ、嬉しいです。ありがとうございます」


 お土産を買って帰るくらい仲のいいカテゴリに入ってると思わなくて、ちょっと驚いた。

 翔悟先輩なら野球部のみんなに買ってくるだろうし、そのついでなのかもしれない。


「何でもいいですよ。部員の皆さんと同じもので」


 配る用ならだいたい大箱を買うし、その余りで十分だ。それなら定番のお菓子だろうし。

 気をつかったつもりが、なぜか翔悟先輩はつまらなそうにした。


『なんだよ、あげがいのない奴だな。なんかもーちょっとないの』

「ええ……だって、わざわざわたしだけ別のもの、というのも」

『ロシアンルーレット激辛八ツ橋とかにするかもしんないけど』

「もう! だったら、翔悟先輩のセンスで、なにか小物でも見繕ってください」

『小物ぉ?』

「そっちが言い出したんですよ。翔悟先輩の抜群のセンスを期待してまーす」


 茶化したわたしに、翔悟先輩は小さく唸った。


『吠え面かかしちゃる』

「それ使い方あってますか。もう……楽しみにしてますね」


 通話を切ったわたしは、思ったよりそのお土産を楽しみにしている自分に気づいた。

 だって、翔悟先輩がどんな顔して女の子向けの小物を選ぶのか。それを想像するだけで既にちょっとおもしろい。

 どんなセンスだったとしても、笑わずに喜んであげよう。

 いや、やっぱり、おもしろかったら笑っちゃうかも。

 そんなことを考えて、ひとりで小さく笑った。

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