第23話 噂話

 私がアルターハーフェンのテオパルド様に領地の話を聞いてみたくなったのは、彼が他の男性たちと全く違ったからだ。この夜私にダンスを誘って来た男性たちは、皆魅力的だった。理性的な顔立ちであり、ダンスをしてみるときちんと体を鍛えていることがわかる。礼儀正しいし、ちょっとした会話でも話題が豊富だった。しかし、何故か私は彼らには心惹かれなかった。それに対してレオパルド様は、お顔こそ端正だしダンスを通しても鍛え上げられた体躯の芯が感じられた。ただ、どうも女性を恐れているというか、腰が引けていた。さらにダンスの間無言で、ただただ私の足を踏まないことだけに集中しているような感じだった。

 曲が終わったとき、レオパルド様はホッとしたように息をついた。私にはそれがなんだか可愛くて、どう考えても私よりは4つ、5つ歳上なように見えるのだけれど、すこしかまってあげたい気持ちになった。


「ダンスにお誘いいただいて、光栄でした」

 私のほうから話しかけてみた。

「こちらこそありがとうございます。ダンスの練習など、最近はほとんどしていなくて……」

「ご領地でのお仕事が、お忙しいのでしょうね」

「ええ、私は領主の三男なので騎士団に在籍していたのですが、今はアルターハーフェンの港の警備に父に呼び戻されました。毎日船で警備に出ているのです」

「ああ、それでとても日焼けされているのですね」

「ええ、お恥ずかしいことで」

「いえいえ、お仕事に精を入れていらっしゃる証拠ですわ。勲章みたいなものですよ」

「勲章だなんて、いいとこ精勤賞というところでしょう」

「ご謙遜を」


 会話しながら私は気づいていた。そもそも領主の三男など、成人してしまえばただの邪魔者である。領地を継ぐのは長男、三男は予備の予備でしかないからだ。テオパルド殿のように領地外で仕事についているのもよくあることだ。その邪魔者の三男が呼び戻されて港の警備に駆り出されている。これは間違いなく、ステファン王子・アン大聖女様ご夫妻の暗殺未遂事件が原因だ。

 秋の初め、帝国の民間輸送船がノルトラントのラーボエという港の近くで座礁した。救援にステファン王子とアン大聖女様が急行したのだが、ヴァルトラント出身の乗組員シモンが暗殺未遂事件を起こしたのだ。この船の船主兼船長は借金まみれであり帝国の工作員がそれにつけこんだ。詳細はシモンが大聖女様により殺されてしまったから不明なままだが、帝国の工作員はこの船をわざと座礁させ、スパイ活動を開始していたのだ。

 シモンは兄たちが先の戦争で戦死していたため、ノルトラント側の実質的な戦争指導者アン大聖女様を恨んでいた。これを気の毒に思われた大聖女様はヴァルトラントにはとくに処罰を求めなかった。ただノルトラント国王は手引した帝国に激怒し、ノルトラントと帝国は国交断絶が継続されている。

 私は許されたとはいえ事件と関係あるヴァルトラントの王女であるから、とても知らんぷりはできなかった。

「テオパルド様、我が国のせいでご迷惑をおかけしております。以前は騎士団にいらしたということは、先の戦争にもご参加なられたのでしょう」

「いえいえ迷惑など。戦争も私は後方支援で終わってしまいました」

「はあ」

「オクタヴィア殿下、少なくとも事件のとき、殿下は女子大でお勉強されていたのでしょう。そんな顔をなさらなくても」

「私個人に責任はなくとも、ある意味私はヴァルトラントを代表しておりますので」

「ご立派ですね。ですがせめて今夜くらい、お気楽になさっては」

「ありがとうございます」

 そのあとは問われるままに、女子大での生活、ヴァルトラントの様子などを語った。私もアルターハーフェンの街の様子、気候、特産物などを聞いた。

「アルターハーフェンは港町ですから、もちろん海産物がおいしいのです。季節によってはカニとか大エビとかも食べられます。ところがですよ、聖女様は海のものがお好きでないということではないですか。残念です。とっても残念です」

「それは私もお聞きしています。でもステファン殿下は海産物もお好みらしいですよ」

「そうですか、では父にそう伝えます」

「そうですね、ステファン殿下がお喜びになれば、大聖女様もお喜びになるでしょう」

「そういえば殿下は聖女様を大聖女様とお呼びになるのですね」

「はい、ヴァルトラントとしては、ヴァルトラントの聖女職も兼任していただきたいと考えているのです」

「ヴァルトラントには聖女様がいらっしゃらないのですか」

「そうなのです。もちろん見習いはいるのですが、彼女自身がアン様にお越しいただきたいと申しているのです。戦争のとき、我が国の戦死者にもお祈りされたと伺っております」

「ヴァルトラントの民は、それで納得されるのでしょうか」

「異論は無いわけではないですが、大聖女様が賠償金の額を制限するよう強く主張されたこと、ヴァルトラントで知らないものはおりません」

「なんか私の噂ですか?」

 そのお声は、大聖女様のものだった。幸い、にこやかにされていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る