第16話 王都での食事

 大使との打ち合わせが終わった私は、お腹が空いてきた。

「殿下、大変失礼とは存じますが、お昼をご一緒にどうですか」

「ええ、助かります。今日は護衛もいないので」

「ははは、では参りましょう。少し歩いたところに美味しいレストランが有るのですよ」

「そうですか、それは楽しみです」

「まあ本国に知られると、私が美しい令嬢と浮気していると言われかねないですがね」

「いえいえ、娘ということで」

「大使の娘ということであれば、光栄ですわ」


 大使館のまわりは事務所が多い。週末であるから人では少ない。その中を歩いていくと商店が立ち並ぶエリアに出た。すると偶然、今朝一緒に女子大を出た学友たちがいた。シルヴィー、マルティナ、シュテフィの3人である。

「みなさん、偶然ですね」

 声をかけると3人が明るい声で挨拶をしてきた。

「殿下、お昼ですか。あ、マクシミリアン大使、ご無沙汰しております」

 大使が会うヴァルトラント人は多いから、私は念の為彼女たちを紹介することにした。

「大使、こちらは理学部でいつも一緒に勉強してくれているシルヴィー嬢、それに神学部のマルティナ嬢、シュテフィ嬢です」

「お久しぶりですね、お会いするのは夏前の夜会以来でしょうか」

 シュテフィ嬢は気軽に応じる。

「大使、私達のこと、覚えていらっしゃるのですか?」

「もちろんですよ、みなさんは将来、オクタヴィア殿下を支えるブレインになるのでしょう。今日はカレン嬢、グリゼルダ嬢はいらっしゃらないのですね」

「ええ、二人は宿題が大変な様子です」

「そうですか、それは残念でしたね」

「はい、ふたりとも悔しがってました」

 マルティナとシュテフィーそしてシルヴィーは明るく笑っていた。その笑顔を受け止めた大使は私に向かって、

「どうでしょう殿下、みなさんとご一緒にお昼というのは」

「それはいいですね、私達あまりこのあたりの美味しいお店に詳しくなくて」

「そうなんですか、みなさん学生ですよね、休日にお出かけとかされないんですか」

「そうしたいところですが、勉学に追いまくられているんですよ」

「ははは、それはいいことなんでしょうけどね」

 大使は私達の前に立って歩き出した。


 休日の王都中心街は、買い物客で賑わっていた。私達のように若い女性が連れ立っているのも多く目にするし、家族連れ、さらにはおばさま同士のグループもいる。中には男女がデートしているのも見える。なんとなくキョロキョロとしながら歩いていると、マルティナが話しかけてきた。

「殿下、楽しそうですね」

「ええ、人々が賑わっているのをみるのは、なんだか楽しいです」

「そうですね、首都もこうなってくれればいいのですけれど」

「ええ、そうですね」

 私は適当に応えざるを得なかった。浮かれかけた気分が、さっとひいてしまった。首都とは祖国ヴァルトラントの首都のことである。私は王女という立場上、休日に買い物に出たことなど無かった。お忍びで平日に出たことはあるにはあるが、そういうときでもガッチリと警備を固められていた。だから今日のように気楽に出歩く経験はほとんどなかった。


 ただそれよりも大事なことは、マルティナの発言内容である。マルティナの発言からすると、我が国の首都では休日の街もここほどの人出はないということだ。経済状況がとても悪く、ヴァルトラント国民は休日にショッピングを楽しむ余裕などないという事実を指摘されてしまった。私自身は王女という立場からショッピングに街に出ることなどほぼなく、まして敗戦後は通常の消耗品購入すら控えめにしている王宮住まいだった。もちろん外出は自粛の対象である。だから街の様子などよくわかっていなかった。


「殿下、どうされましたか? もう着きましたよ」

 シルヴィーに声をかけられた。視線をあげるとたしかに目の前はレストランだった。


 中に入るとそこは、高級店と言うよりは中の上という感じの店である。外光をふんだんに取り入れ、落ち着いた内装が目にやさしい。客層はこぎれいな服装のファミリーが目立った。私達のような若い女性のグループはなぜかまったくいない。

「大使、いつもご利用されているのですか」

「ええ、週2回位ですかね、おいしいんですよ、ここは」

「おすすめはなんですかね?」

「この季節ですと、サケですね」

「ではそれを、みなさんは?」

 学友たちは一も二もなく賛成した。


 しばらく会話しながら待っていると、まず、小皿のサラダが持ってこられた。するとシュテフィが喜んだ。

「あ、マヨネーズ!」

 するとマクシミリアン大使が驚いた。

「シュテフィ嬢、マヨネーズ、ご存知だったのですか?」

「ええ、女子大の食事にはよく出るのです」

「そうなのですか」

「ええ、マヨネーズって、ヘレン先生が考案したらしいですよ」

「ヘレン先生とは、大聖女様のお仲間の?」

「そうです、女子大で美味しいものは、たいていヘレン先生のレシピだってうわさです」

「ほう、では噂通り、女子大の食事は味、量、ともに充実していると」

「そのとおりです」

「なるほど、ということは大聖女様をお迎えするには……」

 大使はそう呟いて、考え事を始めた。


 私は学友たちと楽しく会話していたが、大使の考えていることはわかっていた。ステファン王子をヴァルトラント国王に、そしてアン大聖女様を王妃とするのにまた一つ障害が増えてしまったのだ。我が国は農業国であるので、料理はわりと素朴である。王宮での食事はヴァルトラント料理ではなく、帝国で修行した料理人によるものであった。

 大聖女様は民を愛する。だから我が国の食事に文句をおっしゃることは無いだろう。だからと言って、食事の内容を我慢させるようでは我が国の名折れである。どうすればいいのか、内心私は頭を抱える思いであった。

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