第2話 チーター討伐のために
「とっても嬉しい提案ありがとう!ただ、君まだ何もできないでしょ。チュートリアルぐらいは終えて欲しいかな!」
「…………」
勢いで隣に立ってしまったが、彼女の言葉で我に返る。
このゲームの楽しみにはキャラの育成が挙げられる。そこを解放しなければ奴に勝つことなど不可能だ。
「それもそうだな。行ってくる」
「待ってるよ。
俺たちは互いに逆歩行へ走り出す。
彼女はチーターを倒すため、スキルを発動し太刀を構えて舞い始める。
対して俺はこの場に立つ最低限の準備を整えるために、彼らに背を向けて走り出した。
案内役であるメガネの女性のところまで行くと、何事もなかったかのようにチュートリアルが再開された。
(さて、アイツについて考えよう。彼女がチーターと言ったところによると奴はチーターで確定しているとみていいだろう。つまり、色々と理不尽な攻撃をしてくる)
案内役のキャラが説明しているのを半分聞きながら、ブラウザを開いて俺がすべきことを考えていた。
(このゲームの戦闘の基本はアクションで、ジョブを選択肢して戦闘スタイルを切り替えることができる。ここは一般的なVRMMOと一緒だ。だが他のゲームとは大きく異なる点がある。それは武器とスキルがスロット式であることだ。8個あるスロットに自分の好きな武器とスキルをカスタマイズする。膨大な選択肢から自分の中でも最適解を見つける必要がある)
「ジョブチェンジ『
チュートリアルを終えると、俺はジョブを変えながらチーターのいる場所へ走り出した。
「武器・スキルセット開始」
次に8つの武器とスキルをセットした。
木の剣
ストーレ
エクセル
アームド
MPアップ
素早さアップ
攻撃力アップ
防御力アップ
初期で組める最適解はこれだ。
組んだのは初歩的なステータスアップスキルと補助魔法。
「くそっ」
漏れたのは悔しさだった。今の俺はまだまだ未熟だ。だからこそ彼女を強化、支援する方向で動かなければならない。無理をして前線に出る必要はないと自分に言い聞かせて森を駆け抜けていく。心の内はチーターを倒せるかもしれないという希望6割、今の自分では歯が立たないという悔しさが4割。
感情を燃料として、姿勢を低くして躓かないように足元を見ながら獣のように森を駆ける。
するとすぐに森から抜けて視界は晴れ、あの草原に戻ってきた。
「よし、まだ終わってない」
彼らの戦いはまだ続いていることを確認すると、その戦いの状況を分析し始める。
彼女の剣裁きは舞踊のように美麗だった。一連の動きは洗練されている上に速さにメリハリがあり見ていて飽きない。
刀を振り下ろす速度は早く、誘う隙を晒すときは悠々と、優雅な立ち回りはチーターの雑に剣を振りまわす姿とは対照的に見えた。
しかし、チートによって押されている。
間合いを上手く管理し、長い太刀を器用に使って奴の持つ剣の間合いの外にから攻撃しているのだが、彼女はダメージを受けている。それはチーターの剣の攻撃判定が異常に大きくなっているからだ。物理的な見た目はそのままに、剣の長さが何倍か伸びているとイメージすれば分かりやすい。奴の剣は空を切ったとしても、彼女にダメージを与えている。
「判定を大きくするチートか」
両者の勝負において
それは立ち回りを見れば瞭然だ。
彼女はチートによる攻撃を見切り、何度か隙をついて攻撃できている。
奴の頭上に表示されている体力バーは少しずつではあるが、削られている。
しかし、彼女の体力ゲージの方が早く減っていた。
このままではチートの理不尽により彼女は負ける。
だから歯を食いしばって俺のすべきことを成す。
「スト―レ、アクセル!」
俺は彼女の攻撃力と速度を強化した。
「ナイス少年!」
彼女が強化を受けると、状況がじわじわと変化し始める。
奴の見えない攻撃範囲を見切り、隙間を上手く縫って斬る。
彼女が見えない剣に慣れ、速度が上昇したからこそできる芸当だ。
「くそっ。どうして。どうして。どうしてなんだよ!」
体力の減るペースが早まったチーターは狼狽し始めていた。
より攻撃は雑になり簡単に見切られてしまう。
「どうしてか、教えてあげようか?」
ついには体力が10分の1を示す赤色になったその時、奴は尻もちをついてしまった。
「君は強敵との戦いに逃げてきたからだ」
彼女は弱さの原因を指摘しながら奴の喉元に太刀の先を当て、そのまま押し込んだ。
(強い……!)
彼女の動きに感嘆としていた一秒間。
その一秒で違和感に気づく。
「偉そうにぐちぐち言いやがって」
怯えながらもチーターは諦めていなかった。
「……!?」
奴の体力がゼロにならない。
「ロードスラッシュ!」
動揺している彼女の隙をついた奴はスキルを使って彼女の胴体を横一文字に切った。
出現する青と黄色のエフェクト。
表示されるクリティカルの文字。
低確率で発動し、あらゆるバフを無視して2倍のダメージを与える特殊攻撃。
それがこのゲームのクリティカルだ。
彼女の体力は奴と同じく赤く変色してしまった。
「ははは!運は俺の味方みたいだな!」
「今の体力以上に攻撃を受けないチートだ!俺の体力は残り1!お前の攻撃じゃ俺は死なない!」
奴が高々とチートを語っているその時には、既に身体は走り出していた。
(なんだ、勝てるじゃないか)
そうだ。俺はついに恨みを果たせる。
このゲームには『どんな攻撃でも1ダメージを与えられる仕様』がある。先ほどチーターに一太刀浴びせたところで仮説が生まれた。
この仮説が合っているかどうかなんて関係ない。
検証する暇だってない。
ただ今はチーターを排除する。その目的を実行する。
その思いで剣を走らせた。
俺ならば、奴の体力をゼロにできる。
使命感はさらに足を回転させて、いざ奴の懐に飛び込もうとしたその時、
俺の体力は無くなった。
「ハハハハハ!!!!ざまぁ!!!!」
奴もその弱点に気づいていたようで、剣先を俺に向けて待ち構えていた。
だが、それを読めない俺ではない。
「馬鹿め!」
「ぐぶっ」
奴の頭に木の剣が直撃した。
体力がゼロになる直前、奴の顔めがけて木の剣を投げていたのだ。
表示される1ダメージ。これにより、奴の体力もゼロになった。
この勝負はチーターと俺がゲームオーバーになることで幕を閉じた。
目の前の赤い外面もゲームオーバーの文字も全く悔しくはなかった。
今浸っているのは、チーターを倒せたという達成感だ
(もっと、これを感じたい……)
俺の頭の中にはその感情しかない。
「先ほどは、ありがとうございました」
草原に戻ると、メインで戦っていた彼女が残っていた。
彼女は俺を見ると優しい笑顔で笑って語りかけてきた。
「いやいや、あのままでは私は勝てなかったかもだしね。ありがとう、少年。それにしても、いい判断だったよ。しっかりと状況を見渡せていた」
彼女から褒められていることはもちろん嬉しいものではあるが、俺はもっと他のことにうずうずしていた。
「早速で悪いんですが、貴方はチーター狩り、のようなことをしているんですか?」
「ん、そうだよ。私はこのゲームのチーターを撲滅するつもりだ」
すると彼女は一瞬、目を見開いてから元の笑顔に戻って彼女自身の目標を口にした。
(ああ、やっぱり、そうなのか。そんな人間がいるんだ……!)
希望で胸が高鳴った。
俺はチーターに良くない理不尽に苦しめられた。
できることなら存在ごと根絶したい。
だが、そんなバカげたことを本気でやりたがる仲間は周りにはいなかった。
チーターは理不尽に強く、理不尽に湧く。
それらを倒し続ける作業なんて、ほとんどの人々はやりたがらない。
でも、この人はそんなことをやろうとしている。
「俺も、それに乗らせてください」
彼女という存在に勇気づけられた。
そうだ。チーターの報告だけでは物足りない。
俺は奴らを殲滅しなくてはならない。
「もちろん、私は君を同志として受け入れよう。はじめまして。私はオータム。チート専門のプレイヤーキラーだ。クラン『チートハンターズ』の長を張らせてもらっているよ」
俺の言葉を聞いた彼女はその笑顔を崩さずに手を差し出してきた。
そして表示される彼女からのフレンド申請。
「初めまして、サムです。夢はチーターをぶっ潰し続けることです」
その握手をすぐに、力強く返すと共に申請を承認した。
俺たちの戦いはここから始まったのだ。
「さて、他の仲間にも顔合わせをしに行こうか」
しばらくして、俺たちは別の場所へ
目の前にあるのは、荘厳なギリシャ風の遺跡。中央には魔法陣があり、そこからダンジョンへと行き来することが出来る。
このゲームにおけるダンジョンでは潜入して敵と戦いドロップ品を手に入れられる。
目前のダンジョンは現在のバージョンにおいて最も難関かつ報酬が美味しいもの、らしい。
これらは彼女から移動中に説明を受けた情報だ。
「仲間、何人いるんですか?」
「一人だけ。でも私より強いよ」
俺たちは魔法陣の前に立ってその仲間の帰還を待つこととなった。
辺りには強そうな装備を着用した人々が互いのドロップした報酬を見せ合ったり、効率的な周回方法を議論したりしていた。彼らはチームとしてこのダンジョンを全力で楽しんでいるようだった。
「そろそろ周回から戻ってくると思うんだけど……」
などと彼女が愚痴を漏らしていると、一人の男が魔法陣から現れた。
黒いロングコートを着用した二刀流の剣士、背丈は俺よりも高く、髪は長くも短くもなく黒い。いわば、なんの変哲もない、普通の容姿をしている。
ただ、その目に生気は宿っていない。
「サム君、紹介するよ。我々の最高戦力、キリュウだ」
「はじめまして」
俺が握手をするために手を差し出すと、彼は無言でその手を握り返した。
(二刀流か……。ロマン武器だな)
このゲームを始める前に基本的な情報を調べていた俺は、彼の戦闘スタイルについて気になった点があった。
二刀流はロマンのあるタイプの戦い方だ。
火力を出す手段は二つ。強力なスキルを使うか、クリティカルを出すかだ。
二刀流は手数が多いため瞬間的な火力は非常に高いが、消耗が異常に激しい。スキルを使うためのMPは節約しなければすぐに消し飛んでしまうのだ。周回にいてハメ戦法をするのなら使えそうだが、それは援護する仲間がいることが前提となる。ソロで使えるものではない。
「オータム、その少年は……」
彼は握手を解いた後、かなり落ち着いた声色で俺についてオータムさんへと聞いていた。
「チャットで送ったはずだけど、見てないかな?」
「ああ、悪い。見ていなかった……」
彼はチャット画面を開いて事態を把握するとなるほど、と呟いてからゆっくりと深呼吸をした。それはまるで罪や後悔を告白する罪人のようだった。
「丁度いい。言っておきたいことがある。俺は諦めた」
「「は?」」
思わず、困惑を吐き出した。
その困惑はオータムさんも同じようで、彼の発言に戸惑いを隠せないようだった。
「誘ってもらったところ、本当に悪いが俺には無理だ。このゲームのチーターを殲滅するなんてできやしない」
「ちょーっと待って。貴方、ノリノリだったよね?」
「ああ、そうだ。だが、何人かチーターを倒して確信した。ハイ・チーターには勝てない」
唖然としてしまって、『ハイ・チーター』とは何なのかを聞くこともできない。頭の中を大きな疑問が占有していて、ただ、オータムさんが彼を問い詰める状況を見ることしかできない。
「…………帰ろうか。サム君。先ずはチュートリアルの続きだ」
意外と早く諦めた彼女は俺の肩を掴んで遺跡の外に出ようと催促してきた。
「え、あ、はい」
俺はそれに従うことしかできなかった。
彼女と遺跡を後にする中興味本位で振り返ると、なぜか彼は俺たちに向かって真顔で手を振っていた。
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