第2話
「…」
あの森の中の家の部屋の中。目覚めたルナは包帯で覆われた黒タンクトップ一枚と半ズボンを纏った体をベッドから起こし、しょぼくれただ目を擦る。
セリア基地襲撃作戦から二日、ルナは傷を治する為に療養していた。
包帯でぐるぐると巻かれた左肩と、弾け飛び無くなった右手の指と左耳を触り状態を確かめる。肩は痛まず、動きに支障もない。
吹き飛んだ左耳の唯一無事だった鼓膜は聞こえずらいがしっかりと音を捉えていた。欠損した右手の薬指と小指はどうしようもないので、特に確認しない。
二日しか経っていないと言うのに、恐ろしい程の再生速度を見せた強化人間の体にルナは思わず感心した。
そして色々と傷の治り具合を確認していると、ドアが開いた。
「起きたか、ルナ。
朝飯を作った、早く食べに来い。」
「はい、ランドレー。」
開けたのはランドレーで、ランドレーはルナにそう言い、リビングへ降りて行った。
ルナはランドレーの後を追う。
リビングへ降りると、そこには蜂蜜と香ばしいパンの匂いが漂っていた。
机の上に置いてあった皿の上にはフレンチトーストが乗っていた。
黄金色に焼き上がった表面に贅沢にかけられた蜂蜜は窓から差し込む朝日の光を受け燦々と輝く。
ルナはさっそく席につき、トーストの角をひとかじり。
表面はスナック菓子のようにサクサクとしていて、中はパンの柔らかさや弾力があり、そのパンの中で一体となった蜂蜜とバター、卵の風味が口の中に溶け込み、口の中はフレンチトーストの旨味まみれとなった。
それは一言で表せば絶品というのだろう。
ルナは味わうようにそれを咀嚼し飲み込む。
それから、不思議とルナは二口目三口目とトーストにかじりついていた。そんな少女の様子を見たランドレーは満足そうに微笑み、コーヒーを啜るとルナに言う。
「ルナ、今日はお前に"お遣い"に行ってほしい。」
「おつかひ?」
○□△×
ルナは上から黒のタンクトップ、腰に巻いた暗い緑のジャージ、同色のズボン、黒の靴と言うなんとも地味でみすぼらしい格好をして商店街の中を歩いていた。
(まさか、あの森から少し離れたところにこんな安全な所があるとは…)
そう感心し街中を進んで行く。
道ゆく人々は戦時中とは思えぬ程に明るい顔をしており、また身なりもまた整っていた。その光景からはドゥランゴにはまだまだ余裕があると言う事が伺えた。
ルナは左ポケットに突っ込んでいた町の地図を見ながら、ランドレーとのやり取りを思い出した。
『おつかひ?』
『あぁ、ざっくり言えばそうだ。お前はおとといの戦闘でモジュールを失った。それは強化人間の切り札で、無いと今後俺もお前も困る、買ってこい。
モジュールはあのスコープで最後だったからな。』
「それに予定があるから」と言い、ルナはランドレーにランドレーの口座のキャッシュカードと町の地図を渡された。地図は兎も角、いきなりキャッシュカードを渡すのは流石に用心してなさすぎるとルナは思った。
そう考えながらルナは地図を見ていると、一つの赤い印に目がついた。雑につけられた丸の印の中には、ブリテンという名前があった。
○□△×
あれから町中を離れた印と同じ所の店の前に出ていた。トタン板で作られた店の上にある小さな看板にはブリテンと書かれている。例の"おつかい"の店だ。
年季の入った店の鉄の扉からハーフアップの紺色の髪と青の澄んだ瞳を持った大柄な男が出てきた。営業中のようだ。
ルナは店の中に入る。
そこは薄暗く、入り口すぐ横のレジには作業服を着た青年が立っている。青年はルナに話しかけた。
「いらっしゃ…あれ、ランドレーのじゃん。子供も怪我治るの早いんだ…それで、何しに来たの?」
初対面であるのに自分の素性を知っている青年に対し、なにかもやもやとした歪な感情を抱いたルナは思わず身構えた。すると青年は慌ててルナに注釈をつけた。
「僕だよ僕。ジムだよ!」
「…、ジムさんでしたか、すみません。ランドレーにおつかいを頼まれてまして、新しいモジュールを買いに来ました。」
「ふーん、なるほどね。」
ジムはそう相槌を打つとルナを奥の部屋へ入り、ドアの影からルナを手招きした。
ルナはそれに従い後を追いその部屋に入ると、そこには無数のモジュールらしき兵器が陳列されていた。その一つ一つに値段のタグがついていて、どうやら売り物のようだった。
するとジムはルナにそこにあるモジュール達について説明し始めた。
「基本は好きなの選べばいいと思うけど、君より大きい奴はやめときな。大概敵じゃなく君が吹っ飛ぶようなもんばっかだから。」
ルナはそれに相槌を打ち、早速モジュール達を見て行く。展開型の盾や、武器を装備できるドローン、足が早くなるブーツ、基地襲撃にてお世話になったゴーグルモジュール…あまりのラインナップの多さにルナは困惑し、首を傾げた。ジムはそれを見かねたのか、置いてあるモジュールの内の一つを抱えてルナの元へやって来た。
「ねぇ、これがいいんじゃない?」
「それは?」
それは、ルナの身長と同じ程の大きさの大槌。
柄が全体的に三日月状に曲がっており、打撃部位がとても大きい。シルバはそれをルナに手渡すと、口を開いた。
「それは、ライコウってとこが作った"ビリッツラグ"って言う組み立て型のハンマーモジュール。
相手に打ち付けると中の仕込み火薬が爆発するから、対戦車の時とか、壁を破壊する時とかにも使えるよ。組み立てめんど臭いけど。」
「いいですね。それで、私も吹き飛びませんか?それ。」
そう疑いの目をジムに向ける。
ジムはそれに対して笑顔で
「大丈夫。君、強化人間だから」
と力強く答えた。
ルナはそんな説得力皆無の返答に思わず苦笑いした。他のを選びたい所だが、モジュールについての知識が「なんか凄い武器とか装備」で終わっているため、どれが自身に合うのかも分からなかった。渋々ルナは
「それに、しておきます。」
と、それを受け取った。
○□△×
まもなく日が暮れる頃。
ルナはドアを開け、森の家の中に手ぶらで入った。それまで暇そうに本を読みながら珈琲を啜っていたランドレーは、ルナを見ると歓迎する。
「おや、ルナ。おかえり。」
「はい、ただいまです。」
ルナはキャッシュカードをランドレーに渡し口を開いた。
「ありがとうございました、ランドレー。」
「あぁ、構わん。
それで、新しいモジュールは?」
「今日発送で、明日の夜明け前には届くそうです。」
「なるほど、間に合うな。」
そう呟きランドレーはルナに寝るように指示を出した。明らかに何か含んだ言い方や命令を疑問に思いつつも、ルナはそれに従った。
○□△×
窓からは月の光が差し込んでいた。
ランドレーは森の中の家の屋根裏に入る、
そこにあるデスクには二台のモニターと、やや大きめのPC、キーボードがあった。
デスク前の椅子に座る。そして慣れた手つきでPCを起動し、通信アプリケーションを開く。
そして、通信回線のパスワードを入力し所謂リモート式の通信部屋に入った。
片方の画面には黒い線で隔てられた二つの長方形があり、その中にはランドレーの顔と、ドゥランゴの国旗が映っていた。通信相手は、ドゥランゴ国軍のようだ。
するとモニターに内蔵されていたスピーカーから
『では、"商談"を始めましょうか。』
と、男性の声が聞こえた。
ランドレーは「あぁ。」と返す。
すると、それとは違うモニターに3枚の写真が写った。
1枚目は、ハーフアップにした紺色の髪と青の澄んだ瞳を持つ強化人間らしき男の写真。
2枚目は、途中に一枚の防壁が建てられている橋の写真。
3枚目は、複数の歩兵と6台ほどいる戦車、そしてその写真の所どこにはモジュールを装備した強化人間が写っていた。
すると、3枚目の写真が拡大される。
『マイラ地区北部のロッドウェル・ブリッジの防衛です。』
その言葉と同時に、2枚目の写真も拡大された。
『情報によると、そこへ侵攻軍の歩兵約300、戦車6、強化人間6体が接近しているとの事です。』
さらに、1枚目の強化人間の写真が拡大された。
ランドレーはそれを縮小し、橋の写真の左上へ片づける。
『そして、主な依頼はこれらの排除。
我軍からは歩兵250、戦車5を。そして、あの"狩人のフォルティス"が友軍として参戦するとの事です。』
「ほう…報酬は?」
そう聞くと、新たに画像が画面に現れる。
その画像内には多数のモジュールや、武器、そして、開けられたスーツケース一杯に入った現金が写っていた。
「我々が所蔵している武器、弾薬、モジュール、そして現金です。あのイージスの強化人間シルバを倒したルナ殿の腕前を信じ、依頼します。」
ランドレーはそれを聞くと、コップに入ったコーヒーを啜る。一呼吸ほど置くと、返答を送った。
「いいだろう、受けてやる。ただ一つ報酬を付け加えてくれ。」
『…まぁ、いいでしょう。どんな報酬ですか?』
「俺たちに、今後優先的に依頼を回す事だ。」
『ふむ…承りました。
"商談成立"です。作戦開始は明後日。
今後とも、国家ドゥランゴをよろしくお願いします。』
○□△×
ルナは小石や礫で揺れるトラックの荷台に積まれた荷物の横で目を覚ました。ルナは体を起こし、辺りを見回す。
建造物や構造物の姿は無く、真昼の日差しによって煌めく緩やかな丘陵が続いていた。
「おはよう。もうすぐ着くから、まだ寝てても良いよ。」
あくびをするルナに防護服に身を包んだジムは気を遣いそう言葉をかけるが、ルナは「大丈夫です」とそっけなく返す。
ルナのそれまでを一言で表せば"大忙し"。まずランドレーが受けたロッドウェル・ブリッジ防衛作戦の依頼の準備があった。
セリア基地の時と違い、長距離地での作戦となるため1日では往復できず現地で一時的に滞在する事になり、そのための荷造りが一つ。
ジムから発送された例の新型モジュール…ビリッツラグの組み立てがあった。
ジムの言った通りビリッツラグの組み立ては"面倒臭い"の一言に尽きる。
何せビリッツラグの合計パーツ数は2万3千強。荷造りする時間と合わせても、とてもじゃないがまともに休める時間など無かった。
強化人間で無ければ、きっと泣き叫んでいただろう。
ルナは再度あくびをし、辺りを見渡していると、トラックの進行方向に巨大な2枚の壁が建てられている巨大な橋と、その横の軍事基地が見えた。
『ふぁ〜…ルナ、聞こえるか?』
すると、耳につけた通信機から腑抜けたあくびと共にランドレーの声が聞こえた。
「聞こえます。ランドレー。」
『よし、そろそろロッドウェル・ブリッジに着く頃合いだろう。
作戦の総復習だ。』
ルナはそれを聞きながら車から降りる準備を始める。
『今、向かっているロッドウェル・ブリッジの防衛が目標だ。ドゥランゴからは歩兵250、戦車5、戦闘爆撃機3、そして俺達の他に依頼を受けた強化人間が1だ。敵の侵攻軍は、歩兵300、戦車2、戦闘機2、強化人間が6。
大規模な戦闘だ、誤射に気をつけろ。
胸ポケットの中継カメラもオンにしておけ。』
「了解、ランドレー。」
○□△×
「貴様らか?あの新たに雇った強化人間の2人と言うのは。」
ロッドウェルブリッジ前の軍事基地に無事に到着し、ルナとジムで滞在するための荷物をトラックから下ろしていた時だった。
兵士のテント側からやって来たランドレーよりも老けている軍服姿の白髪の老人がルナに話しかけた。
「いえ、僕は違います。ただの付き添いです。」
「と言う事は貴様か?まだ子供では無いか…」
老人はそう言い、顔を歪めた。
ルナは11歳の少女で、そんな少女がランドレーと言う大人の手によって戦場に駆り出され、不憫だと思ったのか、それとも子供なので頼りないと思ったのか。
「おっと、自己紹介が忘れていたな。
私はドゥランゴ陸軍曹長、ブリッジだ。ドゥランゴ陸軍の現場指揮を担当している。ひとまず作戦本部まで案内してやる、ついて来い!」
鬼軍曹とでも言うのだろうか。やや荒々しい口調をしているブリッジ曹長にジムはちょっと怯えているようだった。曰く、「死んだ親父が化けて出た」との事。
そして武器庫近くを通っていた時、ブリッジ曹長は口を開き2人に問う。
「そういえば貴様ら、もう1人の強化人間の行方は知らんのか?」
「はい。ランドレーも、私も"狩人のフォルティス"とは繋がっておりませんので。」
ルナはそう答えた。それを聞くとブリッジ曹長は、情けない毛量の頭頂部をかいた。
恐らくまだ"狩人のフォルティス"は、ロッドウェルに到着していないのだろう。何か用事でもあるのだろうか。
それから程なくして、大きな六角型テントの前に、3人は出た。恐らくここが作戦本部という所なのだろう。
「レック上級曹長殿、例の強化人間の1人とその飼い主の仲間を連れて来た!」
中に入ると大きなテーブルと地図、複数の護衛らしき銃を持った人物たちと、レック上級曹長と呼ばれた茶髪の中年の男性が立っていた。
ルナはブリッジ曹長の後に続き中へ入る。
すると、レック上級曹長と目が合った。
「おや、話に聞いていたよりもずっと若い。子供とは。」
「強化人間の、ルナ・ルシオです。よろしくお願いします。」
「と、その保護者のジム・ラーバンです…よろしく、お願いします。」
レック上級曹長は2人を何故か見下すような、冷ややかな目で見つめながら、
「遅い…これだから傭兵というものは…」
そう言いため息をついた。
すると、ブリッジ曹長がその言葉で悪くなった空気感を変えたかったのか、それに半ば被るように喋る。
「レック上級曹長殿、あの"狩人のフォルティス"の姿が見えぬのですが?」
「…どうせ、前金の持ち逃げでもしたのでしょう。傭兵など、その程度のものです…。」
そう上級曹長は言うと、ルナの背後から足音がした。ルナは何だと思い振り返るとそこには、武器ショップブリテンで見かけたあの大柄なハーフアップの紺色の髪と、青の澄んだ瞳を持った男が、戦闘装備を身につけた状態で立っていた。
「申し訳ない、遅れました。フォルティスです。」
そう言いテント内へ入った、フォルティス。
フォルティスはルナの横に何食わぬ顔で立った。
「…では状況の説明を。現在、我がドゥランゴ中隊が防衛しているこのロッドウェル・ブリッジに、侵攻軍の中隊規模が進軍しています。恐らくこれは我が国の首都への_」
「とにかく、ここへ進軍中の侵攻軍を撃退する。規模自体は問題では無いが、問題はその構成だ!情報によると、あの民間傭兵企業イージスの強化人間が6体も参加している!」
曹長はそう言い、6枚の写真を卓上に並べた。
その6枚全部が強化人間の顔写真のようだ。
「…つまり俺たちは、その強化人間を狩る役目を任された訳だ。」
「察しがいいようだな、"狩人のフォルティス"!」
レックは割って入った曹長と"狩人のフォルティス"に自身の崇高な考察を遮られ、怨念のこもった眼差しを2人に向ける。その様子を見て、ジムは呆れたように苦笑いした。
○□△×
真昼の太陽が肌を焼くようにぎらぎらと煌めく。それからルナは、橋の上にそびえ立つ壁の2枚目。先程いた基地とは反対側の壁の上で、橋の向こうに広がる、森に囲まれた荒野を見つめている。いわゆる"黄昏る"というやつだ。
その横には座り込みタバコを吹かす杭打ち機型モジュールを腰に装備したフォルティスがいた。ルナはフォルティスが吐いた副流煙を少し吸い込んだため、むせる。するとフォルティスは
「あぁ、すまない、今すぐ消すよ。」
と謝り、地面にタバコの先を押し付け消化した。するとルナの通信機から
『"狩人のフォルティス"、副流煙には注意しろ。』
と、周りに気を遣わないタバコの吸い方をしているフォルティスに怒り心頭に発するランドレーの声が。
「ん、その声は……すまない。」
「ランドレー、私は大丈夫ですから。」
そう言うとランドレーは『分かった』とだけ言い通信を切った。ランドレーのルナに対する入れ込みは、兵器に対するそれではない。
"仲が良くなった"と取れば良いのか、それとも"孫娘と自身を重ねている"と取れば良いのか。それらを知り得ぬルナには何も分からなかった。
「そういえば、あのイージスのシルバを倒したそうだな。子供にしては、やけに強い。
親が軍人だったりでもするのか?」
「いえ…昔お世話になった孤児院で少し習わされていました。」
「…ベルトラ孤児院か。」
ルナのいたベルトラ孤児院は孤児院としても、少年強化人間の販売業者の仕入れ先としても有名であった。ベルトラ孤児院は戦争孤児などの行く宛の無い孤児達を社会福祉という名目でかき集め、無理やり強化人間手術を施し、団体・企業・業者に売り捌いていた。劣悪な環境で行われる手術だからか、粗製の少年強化人間が多く、稀に手術の負荷に耐えきれず死亡する事も多いそうだ。
売り捌く取引は、裏で内密に行われる為、その非道や行為は決して表に出る事は無いだろう。
「…フォルティスさんは、人間について知っていますか?」
今度はルナが聞き返した。
「抽象的な事を聞くな。そうだな…一言でいえば、それは"時の火種"だと俺は考えている。」
「時の火種?」
「ああ。人間は争いの火種を起こし続けなければ、歩む歴史を進めることのできない生き物。今までも、これからもずっとそうだ。何かの革新の裏では、必ず争いが、火種がある。
"時の火種"だ。」
そして、ルナはその火種を大きくするための薪だった。
「…なるほど、ありがとうございます。」
ルナはそう感謝した。
もし争いでしか人間はその歴史の歩みを進めれないのなら、争いが無くなった時…薪がなくなった時、人間は果たしてどう未来へ歩むのか。
そうルナは疑問を抱いた。
「ん?」
途端、通信が繋がれた。
『こちら、ドゥランゴ陸軍中隊。
敵強化人間6体を確認、予定通り排除して下さい。』
どうやら侵攻軍が動き始めたらしい。
ルナは「了解」と返し、壁から飛び降りた。
フォルティスもそれに続く。
壁を這うように壁に手をつきながら滑り降りて行く。そして壁の中腹よりもやや下の辺りで壁を蹴り、地面に着地した。
「左から2つ、右から4つ、俺は4つをやる。お前は2の方へ行け。」
「はい。」
ルナとフォルティスは交差するように駆け出し、敵強化人間の元へ迫った。
敵強化人間は全部で6、その全てが同じアサルトライフルを持っているが、モジュールは違った。
左から赤髪のシールド型モジュールを背負った女。
プラズマカッター型モジュールを腰にさす黒髪の男。
巨大なガトリング型モジュールを構えるブロンドカラーの髪の男。
フォルティスよりも大柄なグローブ型モジュールを持つ男。
ゴーグル型モジュールを装備する女。
唯一人間が持つことのできるモジュール、ナイフ型モジュールを装備する男。
ルナはシールド型モジュールを背負う女に向けて発砲。女の強化人間はそれを伏せて回避。
「黒髪に赤目…ランバ、コイツあのシルバ先輩をぶっ殺したってガキだよ!」
「クレス、今は戦いに集中しろ。」
クレスと呼ばれた女はそれを聞くとルナに向けてアサルトライフルを連射。ルナは左にステップしそれを回避。牽制程度にライフルを発砲し今度はランバと呼ばれたプラズマカッター型の強化人間へ迫る。
ルナの狙いとしては、倒すのが酷く面倒臭いシールド持ちよりも、全ての攻撃が致命傷となるプラズマカッター持ちを先に排除したかった。
プラズマカッター持ちの強化人間ランバはアサルトライフルを投げ捨て、ハンドガンを使いルナを牽制しながらプラズマカッターモジュールを抜き、ハンドガンすらも捨て去った。
どうやら射撃が苦手なようで、邪魔な装備を捨てて完全な肉弾戦に持ち込みたいらしい。
「ふん!」
ランバはルナに対し横一文字に振るう。
ルナは背後は大きく飛び躱し、反撃にアサルトライフルを見舞うが、横から割って入ったクリスのシールドモジュールによって全て防がれ失敗に終わった。
「ランバ、前に出過ぎ!」
「了解!」
今度はクリスによるシールドバッシュ。ルナはそれを上へ飛び躱し、頭を踏みつける。
そしてすれ違いのような状態になった。
そのまま体を丸め、空中で逆さとなる。
そのままの状態でルナはクリスに向けて発砲した。防弾チョッキを着用していたとしても、防ぎきれないだろう。
「くっ」
「!」
___だが、ランバがクリスを庇った為それは避けられた。
クリスは再びランバを守る形で前に出る。
「ご、ごめん。やっぱコイツ、強い!」
「当然だ…あのシルバ先輩を、倒したの、だからな…」
息絶え絶えにクリスにそう答えるランバ。
被弾する直前、致命傷を避けるために動脈近くの部位や箇所を守るようにプラズマカッターを構えたのが功を奏したのか、本当に致命傷となる傷はないようだった。
たが、ダメージがない訳では無いだろう。
例え防弾着を着ていたとしても防げるのは銃弾そのもの。衝撃やスピードまでは防げぬし、殺せぬのだ。
ランバはふらつきながら立ち上がる。
銃弾によって壊れたプラズマカッターを握る左手からは血が滴っていた。
ルナもまた、アサルトライフルを構える。
途端___
「うっ」
___ナイフが、ランバのこめかみに突き刺さった。ランバは地面にへたり込みそれを抜こうとナイフに手を伸ばした途端ランバの頭が、破裂する。そのナイフは、敵強化人間のモジュールだった。
「手を出さない方が良かったか?」
そう言いながら横から現れたのは"狩人のフォルティス"。彼は頭部の無くなったランバを見て、突然の事だったからか心身喪失状態のクリスの眉間に向けて持っていたカービンライフルを突きつけ発砲。クリスは声も上げる間もなく、ランバと同じように脳漿をあたりに飛び散らしながら声を立てる事なく死んだ。
フォルティスは地面に突き刺さったランバの脳漿がべっとりと付いたナイフモジュールを抜き取る。
「…いえ、助かりました。」
ルナはそう返し、フォルティスの相手をしていた4人の強化人間の方を見る。
もれなく4人全員死んでいた。体が上と下で泣き別れになっていたり、胸部に穴が空いていたり、どれも酷い死に方をしている。
「動きがどれも大袈裟。まだ強化人間になったばかりで、感覚慣れをしてないようだ。
つまりまだ"新兵"だな。いやしかし、なぜ新兵を…?」
そう疑問を浮かべるフォルティスを一瞥しながらルナはその死因の数々を見て、何か心の奥底にもやっとする物を覚えた。ルナは胸に手を当てて、それの正体を探ろうとしていた。
すると、様子のおかしいルナにフォルティスが具合を聞く。
「…どうした?」
「いえ、なんでも。ただ、フォルティスさんが倒したあの強化人間達を見ていると、胸の奥がもやっとして、"もし自分がこうなったら"と否が応でも考えてしまうのです。」
「そうか…そうだな、それはおそらく"恐怖"だな。」
「"恐怖"、ですか。」
「ああ、"自分はこうなりたくない"とお前は心の奥底で思っている。その"もやっとする"という感覚は、その恐怖の片鱗だろうな。」
「なるほど…これが、"恐怖"…」
ルナはその"恐怖"を、人間に一歩近づいた証を、噛み締めるように、味わうように胸をさすった。
一方、フォルティスは森に囲まれた荒野に向かって身構えていた。途端、ドゥランゴ軍から通信が入る。
『こちらドゥランゴ軍中隊。
敵本軍が第一防壁に向かい進軍しているのを目視で確認。強化人間部隊は速やかに先行しドゥランゴ中隊と共に敵本軍を排除して下さい。』
強化人間部隊というのはルナとフォルティスの事だろう。2人しかいない部隊というのは、果たして部隊と言っていいのだろうか。
その言葉と共に、防壁に内蔵されていたゲートが開き、50人余りの歩兵と1台の戦車が出てきた。ドゥランゴ軍小隊だ。
対して平原からは隊列を組んだ300人間余りの歩兵たちと6台の戦車がこちらに向かって進軍していた。
『…なんだ、友軍の様子がおかしい。
出てくる数があまりにも少ない。』
敵侵攻軍本軍の歩兵300、戦車6と相対するための戦力としては、ドゥランゴ軍小隊分のあの数はあまりにも少なすぎのだ。
ドゥランゴ軍小隊は橋の向こうの草原に向かって進軍し始めた。どうも正面からぶつかるらしい。
ランドレーはそれに気づいたのかそう呟いた。
すると新たに通信が入った。
『こちらドゥランゴ軍中隊。敵情報を更新、新たに敵戦車が西部から3台接近との事。いずれもこの3台の戦車は光学迷彩搭載型である事を確認、侵攻軍特殊迷彩戦隊"BDL"と断定します。』
「…面倒なのが来たな。」
フォルティスは「やれやれ」と言わんばかりにそう呟くがその額からは汗が一滴、滴っており、それが強がりである事がわかった。あの北西最強と言われた"狩人のフォルティス"は恐れていたのだ、BDLを。
「…っ…」
それはルナも同じようだった。
頼りない自身の友軍たちと目の前の大軍を前に、胸の奥のモヤを感じ取っていたからだ。
『ルナ、気をつけろ。BDLは侵攻軍の厳しく選抜された兵士たちで構成された精鋭戦隊。
正面からマトモに相手をするな、そういう仕事はそこのがやる仕事だ。』
「俺の扱いが少し雑じゃないか?」
ランドレーの言葉に大変遺憾といった態度を示した。
『…それで、殺せるか?』
「それが"血を流すもの"なら、"
○□△×
『ふむふむ、"ターゲット"が動き始めたましたね。ではみなさんプランA、ステップ1の開始です。』
光学迷彩搭載型戦車の中から、赤外線カメラを用いりこちらに向かうフォルティスを見ながら、BDL隊長のマカモフはそう周りへ命令した。
するとマカモフ以外の戦車の中から3人の強化人間が降りて来た。
顔に大きなクロスした切り傷の入った無性髭を生やした大柄な黒毛の男。
ルナほどではないが、かなり小柄な赤髪の女。
目深にローブのフードを被った男。
その全員が戦闘服に民間傭兵企業イージスの一員であることを示す銀の盾の紋章が入っている。
それを見たフォルティスはそこでやっと気がついた。あと最初の6人の新兵強化人間がいた意味を。
(なるほどな、あの6人は少しでも俺にダメージを予め入れておくための"使い捨ての投げ槍"。
本命はこの3人か。)
全員が降り終わると、BDLの戦車達は再び光学迷彩を使い透明となった。
「俺の相手はそっちかよ。」
拍子抜けした様にフォルティスは呟く。
「さて、たしか北西最強の傭兵と聞いた。
"狩人のフォルティス"…どの程度のものか…手合わせ願おう!」
大柄な男はそういった。
「ロイド、格好付けてる場合じゃないよ。
そのバケモンは単騎で戦車20両を壊滅さたやつだ。」
小柄な女はそう注意した。
すると、ロイドと呼ばれた男は不服そうにフンと鼻息を吐いた。
「……………ロイド……………レルト…………やるぞ…………」
フードを被る男はそう言った。
「ルーパー、アンタも格好付けてるでしょ。
普段そんなに喋らないし。」
レルトと呼ばれた小柄な女はフードの男、ルーパーをそうあしらった。フォルティスはそんな3人の掛け合いなど気にも留めず、カービンライフルをロイドに向けて三発発砲した。
ロイドは装備していた大型のガスバーナーモジュールのバーナー部分を引き抜き起動し、その三発全てを焼き落とした。
「さすが狩人、"獲物"には容赦無し!」
そう叫びながら右手に持つショットガンをフォルティスに向け、撃つがフォルティスは大きく上へ飛びそれを回避。
そこへレルトがこちらにアサルトライフルを向けた。空中なので回避が困難であるため、フォルティスはレルトのアサルトライフルの銃身をカービンライフルで撃ち抜いた。
「くそ、銃がやられた!」
アサルトライフルは銃身が曲がり、もはや射撃できる状態では無い。レルトはそう悪態をついた。
「……………!」
今度はルーパーが未だ空中にいるフォルティスに向かって走り出した。
ルーパーは左腕につけられた大型のアーム型モジュールを盾の様にフォルティスにかざしながら迫った。アームモジュールの指先は鋭利で、強化人間の体など容易く引き裂き、貫くだろう。
カービンライフルをルーパーに向けて乱射するが、防弾性のアームモジュールによってそのすべての銃弾は容易く弾かれた。ルーパーはフォルティスを裂き殺さんと上に大きく飛ぶ。
フォルティスは瞬間的に腰の杭打ち型のモジュールを腕に装備。
そして、ついにルーパーはアームモジュールをフォルティスに向かって振りかぶる。フォルティスもそれに応じてパイルモジュールを振りかぶる。
振り下ろすまでのスピードはほぼ同時だった。
ルーパーはフォルティスの胴体に、フォルティスはルーパーのアームモジュールに向けて振り下ろす。
途端、空中で苛烈な炎と黒煙が入り乱れる。
「…………何っ……!」
「危なかった。」
2人は衝撃で前後に別れた。フォルティスのモジュールの先からは、杭のような物が飛び出しており、ルーパーのアームモジュールは人差し指と中指、薬指の先が欠損していた。
「……………………お前……そのモジュール……」
「気づかれたか。」
何か勘付いたようなルーパーに見せびらかすよつに顔の前でそのモジュールを盾にかまえる。そして、腕の上下に動すと、その動きにモジュールが応じ突き出た杭が戻り、下端部の穴からは薬莢のような金属の筒が飛び出した。
「砲身内に装填された火薬筒により、特殊な合金でできた杭を高速で射出し相手を刺し貫く…
所謂"パイルモジュール"だろう、"狩人のフォルティス"。」
そのモジュール、"パイルモジュール"の正体を見抜いたロイドがそうフォルティスに言う。
「ご明察だ。ただコイツに使われてる火薬は値段が恐ろしく高い、あまり使わせるなよ。」
「言われなくても、すぐ殺してやるさ!」
レルトはそう吠えた。
横にいるルーパーはアームモジュールを構え、同じくやる気のようだ。
闘気に満ち溢れた3人を前に、フォルティスは冷や汗を垂らす。
「アーリマンの教え子の力…見せてもらおう。」
だが、その顔は笑顔であった。
○□△×
『こちらアルファワン、シールドを展開する!』
ドゥランゴ小隊の左側面に居た戦車のうちの一つからそう通信が入った。すると、その戦車の側面から折り畳まれた鉄の板のような物が飛び出した。兵士たちがそれを展開すると、T字の鉄の遮蔽物ができ上がる。小隊の歩兵の一部は厚い弾幕から逃れるべくそこへ集まって行く。
戦況は極めて劣勢であった。
理由は圧倒的な数的不利。何せ100以上もの差が空いている。
どんなに連携しようとも守りきれないだろう。
小隊達は薄く半円状に広がり、正面に固まっていた侵攻軍を包囲する形で攻撃し火力の一極集中を阻止し、その危機を凌いでいた。
だがこれは気休めにもならない。
前述した通り100以上もの差が空いている。
突破されるのも時間の問題だろう。
あれからルナは友軍を援護すべく遊撃して回る事となった。
「ランドレー、モジュールを使用します…!」
『了解した』
ルナは背負っていたハンマー型モジュール、"ビリッツラグ"を抜き両手で構える。
目標は側面から大きく回り友軍の歩兵を叩こうとしている戦車二台とそれを盾にしながら同行する少数の歩兵。
向こうもこちらに気づいた様で、これで近づけまいと言わんばかりに歩兵達が銃を乱射してきた。
ルナは姿勢を低くし、頭を守る様にビリッツラグを顔の前で構える。被弾した時、少しでも行動不能レベルの致命傷を避けるためだった。
強化人間といえども所詮元は人間。
ただ以上なまでの身体能力を発揮するだけの超人だ。銃弾には敵わない。
乱射された弾はルナの頬や肩、横腹に太ももなどを掠めて抜けて行く。
どれも致命傷には及ばないものだった。
だがそれも所詮は遠距離の話。近づけば近づくほどに弾幕は厚く、濃ゆくなって行った。
やがて、はっきりと太ももや二の腕を捉えるまでに銃弾は正確性を上げて行く。
が、顔を守る構え方をしたお陰なのか、行動不能・移動不能の致命傷レベルの物は無かった。
そして戦車二台が近くなって行った。
ルナは肩からホルスターで提げていたブルパック式のアサルトライフルを片手で構え、フルオートでマガジン内の弾が尽きるまで発砲した。
片手で撃ったためか照準が合わずほぼ当たらなかったが、威嚇程度には機能した様で少数の歩兵達の一部は戦車の裏に隠れるなど、射撃を止める者が多かった。
ルナはこの好奇を逃さまいと一気に距離を詰めた。戦車との距離は5m、弾幕はより一層厚く濃くなったが、この距離ではもはや関係なかった。
ルナは大きく跳躍し、空中から戦車の砲塔に向けて全力でビリッツラグを振り下ろした。
打ち付けられた金槌の頭は爆ぜる。
砲塔は凄まじい轟音と共にその形を歪に変形させながら黒煙と火薬の匂いに紛れる。
ルナはビリッツラグが爆ぜた反動を利用しながら後ろへ大きく身を引き戦車の様子を一瞥。
戦車の砲塔は天井部分が大きく凹み、その凹んだ部分からは黒い煙が巻き上がっていた。
その戦車を盾としていた歩兵達は爆風で吹き飛ばされたり、破片で致命傷を負ったり、炎を纏い地面を転がったりと、さまざまな死に様を晒していた。
ルナは身を左へ翻し、もう一台の戦車へ迫る。
あたりの生きている歩兵たちは先ほどの戦車の破壊で戦意を失った物が大半で、あとは威嚇程度にしか銃を撃って来なかった。
「クソ、化け物め!
右に旋回しろ、早く!!」
二台目の戦車の上から顔を出している兵士がそう下の操縦士達に急かすがもう遅い。
行動し始めた時には既に危機は回避不能な位置にあった。
ルナはビリッツラグをもう一度戦車に打ちつけた。今度は右側面に。
戦車はビリッツラグの火薬に再び轟音と言う断末魔をあげながらキャタピラーを震わせながら沈默する。反動で体を飛ばされぬよう踏ん張り、なんとか耐え戦車を一瞥する。
戦車は途轍もない被害を被っていた。
ビリッツラグのあまりの衝撃に、砲塔部が半分飛び出し、打ち付けられた右キャタピラーは千切れ、炎と共に黒煙をあげている。
周りの歩兵たちも似通った状況だった。
生き残っている者は大半が逃げ、逃げなかった者全てが負傷している。
爆風と高熱、破片により体を切り開かれ内臓を露出させながら絶命の時をただ待つ者、身に炎を纏いながらも生にしがみつこうと必死に転がる者。
ルナはそれをみると、顔についていた返り血を手で拭いながら、ハンドガンをその歩兵達の1人に押し付け引き金を引こうとした。
だが、その時。
「…?」
なぜか自分の指が震えていた。
ルナはそれでも引き金を引こうとするが、引き金はびくともしない。
いや違う_____________
_____________私の指が動かない…?
ルナは必死に引き金を引こうと力を入れるが、片手ではどうにも力が抜けてしまう。
それと同時にやってくる胸の奥底にある確かな"。モヤ"原因は負傷でも緊張から来るものでも無かった。
「怖いの…?」
それは、人を殺すことに対する"恐怖"だった。
○□△×
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