新宿デストロイヤー
心の鬱憤を解き放つのは、破壊による爽快感だ。
大学卒業後、なんとなくで勤めていた会社の帰り道に、社畜の男は突如空が輝いたことに目を見張った。
光は多くの人々の命と生活を奪った。
男の勤務する会社にも当然何名か欠員が出ることになった。そもそもこんなご時世、会社の株を買ってくれる人間など粗方あの世に飛んでしまったため、運営困難でリストラを食らうのは時間の問題だった。
誰もが世のなかに絶望し、連日あらゆる原因の死がテレビやラジオで放送され続けた。
そんな中、廃棄された新宿のスラム街でとある事件が起きたと、各地のメディアは引っ張りだこになった。
男は難民キャンプでその放送をキャッチしていた。
新宿のスラム街。
かつては新宿三丁目で名を連ねた、日本の中枢である東京、その地区の一つである。
この街も、当然光の影響を受けていた。治安は悪化し、法律など無意味だと示すかのような虐殺と略奪行為が今も繰り返されている都市。
そんな世紀末な新宿に突如として現れた異分子。
「な、なんだありゃ……ビルが」
スラム街の一角。無人の廃ビルが突如倒壊し、ガラガラと崩落していく様を周囲に見せつけていた。
その頂上。後光に月光を携えた人影が、目撃者たちの目に色濃く映った。
月明りを反射し、銀色に輝く金属バッド。
昭和後期に流行ったとされる真っ白な特攻服ファッションの背中には、「Fucking Apocaripse」の英文字。
孤高の狼を思わせる寂しさと清らかさを併せ持った男はこれ以降、金属バッドと世間の間でそう呼ばれるようになる。
金属バッドは真夜中の新宿区のどこにでも現れた。
その至るところに立ち並んだ廃ビルをバッド一本で難なく破壊する姿はメディアと国民をいろんな意味でくぎ付けにした。
こうなるともう、男の瞳には明らかだった。
金蔵バッドの出現はあの地区の犯罪率を上昇させていくだろう。
元々が法外な行いを許容していた場所だ。目的が犯罪率上昇だの終末で頭がイかれただのいろいろあるが、未来は予測できていた。
しかし予想は大きく外れた。
男が想像していたよりも金属バッドの影響力は凄まじかった。
どれくらいすごいかというと、テレビのライブ放送を心待ちにテレビ台の前へと群がる人の数が、どこのキャンプでも目立つほどの人気ぶりだ。
さらに事態は思わぬ方向へと進んだ。
彼の勇姿を見習い、世の中のために何かしようと新事業や復旧活動に乗り出す者が多く表れ、それは新宿を中心に世界中へと伝播していった。
――あんなことがあった後だ。少しくらい休んでもいいじゃないか。
男は人の少なくなった難民キャンプで、一人ベッドに縮こまっていた。
何が終末クソ喰らえだ。
男は金属バッドの真意が分からなかった。
地球も悲鳴を上げるほどの大量虐殺。
誰もが復旧を諦め、緩やかに死を待つだけだったはずの世界が、今再び復活への糸を手繰ろうとしている。
それはとても微笑ましいことだが、男の計算ではあと三年ほど先の話だった。
それが金属バッドの出現により二年ほど縮まり、わずか一年足らずで、新たな居住区や一軒家を持つ者が現れる程度には景気が回復していた。
すると、男の傍にあった携帯が鳴る。
こんな終末後の世界に誰かと思えば、彼唯一の友人からだった。
『なあ、昔みたいに集まらねーか? 今さ、新宿ですっげー熱いイベントいろいろやってんのよ! 特に金属バッド関連。場所は――』
その後一方的に所定の日時を約束され、電話を切られる。
男は友人とのつながりを誰よりも大事にしていたため、例え今流行りの金属バッドが憎いからと言って相手との約束を切ろうなどとは一ミリも思わなかった。
「おう来たな、久しぶり!」
言われた通り純白の特攻服と、すでに見飽きたバッド片手に、お祭り騒ぎの新宿へと男は足を運んだ。
内容はいたってシンプル。
真夜中の新宿区内を徘徊し、運よく金属バッドを拝めればラッキーというだけのイベントだ。
友人が衣装にこだわっている理由は、オタクが推しへの愛を表現するのと同じ状態に近い。
街中では至るところに、バッドを片手にビルの壁やガラス窓を破壊してハイになっている者、果てには乱闘に発展し、熱く語り合う者など様々だった。
何がそんなに彼らを熱くしているのか。その要因はひとつだけだ。
「あ、おい見ろ!」
海外ドラマに登場する、槍のような外観を持った新宿のシンボルマーク、旧代々木ビル。
その天辺。月を突くかのような背景に映りこむ、新宿の
男はそれを見て一瞬だけ微笑むと、人々の熱狂する声をビルの崩壊音と共に聞いた。
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