[短編集]神への挑戦

Zaku

神への挑戦

 夢だと思っていた強い憧れも、手に取ってしまえば案外あっけないものだと気づいた。

 こんな思いをするのなら、最強など目指さなければよかった。


 ◇


「はあ……」


 とある辺境の地。


 その大地にポツンと孤独にたたずむ塔の寝室のベッドにて、私は一人ため息を吐く。


 寝室の窓から覗ける階下には、銀色、金色、虹色にかがやく色とりどりの花が所狭しと植えられた庭園の景色が広がっている。


 この地の開拓をする際、魔力を栄養価にする古代の花を育成しようと、花の苗に魔力を混ぜた水を毎日与えた。


 結果として、それはこの世界ではとうに失われてしまった消失大陸ロストテクスチャに群生したという花々をこの土地に再び芽吹かせた。


 天井を見やる。


 望遠鏡のように夜空を一点に見つめられるよう、私の大好きなとある一等星を観察するためだけに穴を穿ち、遥か夜空を見通すためだけの天井。


 そこから垣間見える夜空を、吸血姫ヴァンパイアクィーンを討伐した際に奪った魔眼で凝視する。


 そこには人間の一生では絶対に見ることができない、極上の景色が広がっていた。

 神代。神々は戦争の末、死者たちを弔うべく彼らの魂を夜空へと放った。


 それらは天上に昇っていき、やがて幾千万もの星となって輝く。


 その魂たちの総量は計り知れない。


 神代が終わり人間の時代となった今でも、ある一定の時期に夜空は物語の輝きを取り戻す。それも百、数千年単位の周期だといわれている。


 そんな一夜限りの奇跡が、私のこの塔の頭上では毎夜毎夜観測できる。


 簡単なことだ。

 神代の血を引く吸血鬼の姫が悪事を働いていた。


 それを討伐という大義名分を掲げて屠り、ギルドは大手を振って好きにしろと一言だけ私に添えた。


 彼女の瞳を抉り抜き、慣れてない手つきでかじった程度の知識と技量を駆使し、移植縫合を済ませるとその瞳の輝きは私のものとなった。


 あとは目を凝らすことで、鬱屈とした日々を紛らわせるだけの奇跡の光景が視界一杯に広がるというわけである。


 そんな運命と必然の境界のような場所で私は何をしているのかというと、特に何も。という回答が最も適切なものだろう。


 恐ろしいまでに味気のない、退屈であっけない人生だと、この世界に来た頃には思いもしなかった。


「どうしてこうなっちゃったんだろう」


 天井を見上げる。


 空の上で胡坐あぐらをかく神様の気持ちに共感しながら、私はここまでの道のりを遡った。


 ◇

 

「ありがとうございました~」


 フードを深々と被りながら、明るい光が鬱陶しく感じるコンビニを後にする。

 とりあえず向こう一週間は楽できるであろう大量の食品が入ったビニール袋片手に、私はゆったりと帰路につく。


 しばらくはこの外界の空気と関わらずに済みそうだ。


 胸を撫で下ろし、真夜中の誰もいない車道を横断する。


 横断歩道など誰が利用してやるものか。

 この世界のルールに縛られるなど考えられない。


 私は自宅周辺の車道を堂々と渡ろうとした。


 その時だった。


 私自身の影が足元一杯に広がる。

 どうやら背後から光を当てられているようだ。


 ブルーライト以上にまばゆい輝きを夜間に目にするとは思いもしなかった。


 真夜中の太陽など聞いたことがない。

 むしろそれこそ――私が虚構世界へと潜行している際に体験するおとぎ話のような光景である。


 しかし背後の太陽はけたたましいサイレンの音をまき散らしていた。


 太陽が接近する時はこのような耳障りな騒音をまき散らすのかと、私は潜行にしてはリアルな体験を味わう。


 もはや現実がどちらかもわからなくなると、私の意識はそこで途絶した。


 ◇


 そこから先のことは、おそらく私の人生で最も長く、それでいて一生味わい尽くせない魅力の日々だった。


 謎の異空間――おそらくあの世であろう――にて、とある一柱の神と幾千年もの間語りあった。


 私は彼女から数えきれないほどの贈り物を受け取った。


 その中でも指折りなのは、オールカンストした最高級のスキル群である。その数およそ百種。当然のごとくすべて極めてしまった。


 感覚強化。身体技能値全強化。恩人であり友人でもある神からのギフトは、この世界にやってきた私の窮地を何度も救ってくれた。


 私はスキルの鍛錬をある程度修めると、そのまま旅に出ることにした。


 旅の道中、独学で魔法の研究を始めたりもした。


 やがて自力で魔法の研究が難しくなると、魔法大学へと入学。


 大学での講義の日々は忘れ難く、現実では味わえなかった青臭い日々を送った。

 やがて学生の身分でありながら、私は王立魔法協会に呼び出された。

 図が高いと椅子にドカッと腰掛けた連中から、面倒な雑務を押し付けられる職位を与えられそうになったが、現実にいたころと変わらず、私は規律と相性が悪いらしい。それらはきっぱりとお断りさせてもらった。


 そのせいでいくらか面倒事に巻き込まれたが、学生時代のいい身の上話として、今では重宝している。


 その後も私の持つ魔法の知識を突け狙う盗賊とやりあったり、謎の組織と諜報戦を繰り広げて国家の運命を決める重要な局面に立つなど、それら壮絶な冒険を繰り広げつつも魔法の研究に励んだ。


 やがて人間の一生では確実に探求の時間が足りない課題に直面すると、私は時間と空間の解析を始めた。


 人間の限界を決める世界のルール。人間を蝕むそれらをある日壊したいと思うようになると、自身の範疇にとどめるという条件付きで、それらの研究を推し進めた。


 やがて齢八十に達する頃。息も絶え絶えになりながらとある魔法の詠唱を完了させた。


 体に満ち渡る生命エネルギーを実感し、私は心の底から喜びを覚える。


「やった、ついにやった!」


 姿見の前で私は狂喜乱舞した。


 まさか、本当に成功してしまうとは思わなかった。

 世界のルールを、私は自身の体を使ってとうとう超克したのだ。


 やがてその噂を諜報ギルドに嗅ぎつけられた私は、世界各地をあてもなくのらりくらりと彷徨い歩き、人類未踏の地を探し求めた。


 やがて幻想の地とも呼べる世界の裏側に辿り着く。永遠の命を持つ辺境伯。それが私の辿り着いた人生の終着点と肩書だった。


 ここはとても静かで、吐く息も身も心も、何もかもが心地よい。


 まるで俗世間から隔絶された離島のような理想郷。


 私はここで永遠に在住することを望んだ。


 ◇


 だが永遠の命といえど、メンタルの頑強さは無限なのかと問われれば言葉に詰まる。


 永遠に時間が続くということは、永遠に思考し続けるということだ。


 私は寝室のベッドに横臥しながら、塔の周りの花園と、天井に空いた神代の空を眺める。

 それらを仰ぎ見て、こう思った。


「私は星になれない」


 お伽話の中で語られる英雄はこう語った。


 人生は自分で作るからこそ面白い。

 シャワー室で水に打たれながらその言葉を頭の中で反芻する。


 そしてとある疑問が生まれた。


 すべてをその手にした私が次にやるべきこと。


 それは挑戦だった。


 不老の研究を続けていた数百年前の資料を取り出すべく、私はスキル『永劫文書館』を発動。


 はだけた腹部からいくつもの資料が次々と飛び出した。


 現実にいた頃の金曜日の夕刻を物語るポンコツ青だぬきよろしくの光景を俯瞰してみたが、本当に馬鹿らしいと思いながらその視点を即座に脳のゴミ箱へと放り投げる。


 私の神への挑戦は始まったばかりだ。

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