第19話 隠れ家で死にそう

 流石に死んだろう、と思っていたが。

私はまた目が覚めた。

周囲に人気はなく、

目を開いて見渡しても誰もいない。

 そして、何故か私は『怪盗ノーフェイス』の格好になっていた。

両腕は後ろ手に手錠か何かで縛られている。

薬がまだ残っているようで、

身体がだるく動かしづらい。


 そして、となりに寝転がされている二階堂。


 こっちは死体だ。

あの日あの夜、鉄骨でつぶれた方の二階堂だろう。

 良く見ると、

ここは私の隠れ家だ。


「私の隠れ家だが、こんな物は置いてなかったぞ。」


 私の目の前にあるのは、巨大な装置。

ご丁寧にフラップ式表示で数字が表示されている。

どう見ても時限装置、タイマーだ。

数値は三百。

『秒』なら五分か。

『分』なら良いが、

流石にそこまで時間はくれないだろう。

 まだタイマーは動いていないが、動けば何かが起きる。


「十中八九、爆発するだろうなぁ。」


 仕方がないので、私は今得ている情報を精査する。

第一は、あの女の二階堂だ。

共犯者が共にいたので、

確実に私を『ノーフェイス』を知っている。

 それ以外は、完全に不明。

あの女自身で言っていた『種明かし』は、

正直信用していない。

 明確にわかっていることは、

私の敵だあることだけだ。


「あの女一体何だ?

何が目的なんだ?」


 次は、あの女の言っていたことだ。

ここで死んでる二階堂。


「コイツの目的はなんだったんだ?」


 元々女の二階堂が探偵をしていたと言う。

これを、後から来たここで死んでる二階堂が乗っ取った。

その話の真偽は置いておいて、

この乗っ取りの話が気になる。

 何故、乗っ取りに来た?

有名になる前の二階堂探偵事務所だ。

金銭的にも潤っていたとは思えない。

 なら、何を目的に乗っ取った?

何を目的に探偵に成り代わった?

 女の二階堂を脚本家にしてまで、そこまでして、だ。

なにか理由がある。


「なんで田舎から出てきて、

しかも、売れもしてない探偵をやる?

 その上、逆らえないと言っていたあの女の二階堂。

逆らえないとは?

……絶対に何がある、な。」


 もっと飛躍して考えよう。


「まず、千田だ。

多分、殺したのはあの女たち。

 理由は、私と四葉をあそこに連れ出すためだ。」


 そして、待ち伏せさせていたトラックで追い詰める。

私の身柄を拘束。

可能なら、四葉も拘束するつもりだったのだろう。

そうでなければ、あそこまで大がかりな仕掛けは用意できない。


「次に、どういう理由かは知らんが、

例の宗教団体は、あの女二階堂と手を組んでいる。」


 トラックの運転手たちは、

何の躊躇いもなく私の運転する車に突っ込んだ。

自分の命の危険も省みず。

ノーブレーキでだ。

もしかすると、

あのトラックの運転手は既に死んでるかもしれない。

 そんな鉄砲玉みたいな人材を沢山用意できるのは、

ヤクザでもなかなかない。

だが、あの宗教団体なら、

自殺すら厭わない狂信者を数名用意できる。

ついでに、

宗教団体の生き残りについて調べていた千田を消せる。


「女二階堂が作を練り、

宗教団体が駒を用意して。

私を囮になにかをするつもりか。

さらに、死んでる二階堂を私が殺した体にする。

 何故?

誰が何の得をする?

あの女は、男の二階堂に恨みがあるとしても、

『男の二階堂はもう死んでる』。

私を巻き添えにして、公に殺害する訳は?」


 まだ私の身体は動きそうにない。

だが、このままではアイツらの思う壺だ。

それは、許せん。


「アイツらの作戦を台無しにしてくれよう。

良いように転がされるのだけは、許せん。」


 そのために一番良いのは、

私がここから生還することだ。

手錠は見えないが、触感は金属。

ワイヤーではなく、

塊なので手枷か手錠のどちらかだろう。

 指を伸ばしたり曲げたりして、何とか触る。

手錠だ。

これなら、抜け出せる。

動かしづらい身体をなんとかして、

もう少し手錠を確かめる。


「……なんだこれは?」


 手錠になにかが付いている。

関節を外せば手錠を抜けることは容易いが、

見えない何かが気になってできない。

 周囲を見渡すが、

私の隠れ家であることは間違いない。

だが、見覚えのないオブジェと資料の束が机に置いてある。


「オブジェは例の宗教団体のシンボルだな。

なるほど。

ノーフェイスは宗教団体の手先だと言うことにするのか。

下らん。

不愉快きわまりない。」


 資料は見えないが、

おそらく証拠品になるものだろう。

棚の中や机にもにたようなものを仕込まれているとして、

私の屋敷にも手が及んでるかが気になる。

 一応、ノーフェイスとして色々やるために、

この部屋には工具や薬品も揃えてある。

どれもこれも、この場所からは遠い。

もう少し身体が動けば立ち上がれるだろうが、

念のため手で自分の尻の辺りを探る。

 私は床に寝転がされている。

右肩を下に、横倒しの状態だ。

右の尻の下辺りにも何かある。

触感からして、カバーのされたケーブル。

 私の今踏んでいる床板の下に、

何か仕掛けられているかもしれない。

これでは安易に立ち上がることもできない。


「まったくもって、

これだから凡人どもは。」


 いつものノーフェイスの服にはいろんな仕掛けが仕込まれている。

ワイヤーフックや、小拳銃。

ナイフ等の工具も隠している。

 だが、今着ている服は普通の服だ。

なにも仕込まれておらず、普通の洋服だ。


「この服は綿だな。

私なら、シルクで作るぞ。」


 そう言って、

私は袖口を付かんで縫い目を探す。

無理矢理縫い目を破いて、糸を伸ばす。


「縫合が甘い。

安物だな、この服。」


 ノーフェイスの衣装は、

デザインはタキシードを元にしたもので、

ジャケット、フリル付きシャツ、スラックス、

革靴の構成だ。

 今着せられているのは、

デザインが似ているがスーツのジャケット。

普通の白いシャツ。

ズボンは綿のズボン。

革靴も安物。


「手錠がどうなっているか見たい。

とりあえず、ここから移動できるようにしよう。」


 床を調べると、感圧板のようだ。

どのくらいの重さで稼動するかわからないが、

私は縫合を解いてバラバラにしたジャケットを脱いで、

尻の辺りに敷く。

同じようにシャツもほどいて、

尻に敷く。

 靴も脱ぎ、スラックスもなんとか脱いで、尻に敷いた。

今私は全裸の状態だ。

重さが足りないと困るので、

私は迷いなく脱いだ服へ向かって放尿する。

水を含んだ布は重い。

放尿のお陰か、身体も動かせるようになってきた。

 私は慎重に身体を持ち上げて、

脱いだ服から離れた。

うまく行ったようで、何も反応がない。

 私はそのまま腹筋と背筋で立ち上がり、

近くの三面鏡のあるところまで急いだ。


「手錠には……。

なんだこれは。」


 鏡で見ると、

手錠からもケーブルが延びている。

ケーブルはさっき私が寝転がっていた床に繋がっている。


「手錠を外すか、移動したら床が関知して、

なにかが起きる。

十中八九あのタイマーが動き出すんだろうな。」


 私は三面鏡のそばに置いてあった櫛を手に持ち、

手早くケーブルを外す。

もちろん、安全に外した。

鏡越しだろうが、この程度の装置ならどうと言うことはない。

 手錠も外して、

さっきの床に適当なガラクタを私の体重分くらい置いて、

身体を綺麗に拭いてから私のノーフェイスの服を着た。


「情報が足りないな。

情報を集めて、ここから脱出。」


 私は顔をノーフェイスのものへ変えてから、

いつもの仮面を被る。


「俺が今からそっちへ行こう。」


 本物の怪盗のお出ましだ。

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