第8話 帰り道に死にそう

 疲れ果てた。

早く帰りたい。

あの事務所ではなく、私の家の私の部屋にだ。

 私は四葉をつれて車へ向かう。

四葉は私の脇をつついた。


「やるじゃないか。

事件を解決した。

怪盗の癖に。」

「今は探偵だ。

助手の癖に何もしない誰かよりいいだろ。」


 四葉は私の脇腹をつねった。

肉が引きちぎれたかと思うほど痛い!


「ばっ!

取り繕え!」

「誰もいない。

車へ乗れ。」

「私に命令するなっ。」


 コイツは本当に腹が立つ。

私は舌打ちをして車に乗り込んだ。

四葉も車に乗り込んで、

苦々しげに言う。


「次は生皮を剥ぐぞ。」

「なんでお前が私を脅すんだよ。

無能なのは今に始まったことじゃないだろ。」

「皮を剥がれたいか?」


 私をにらみながら四葉が言う。

本当にコイツ、嫌いだ。


「暴力猿めが。

八つ当たりするくらいなら、働け。」

「今もちゃんと働いているぞ?

お前のことをノーフェイス、

と呼ばないようにしている。」

「揚げ足をとりおって、

このじゃりんこめ。」


 私は助手席の四葉を憎らしげに見つつ、

車を発車した。


「私は今度こそ帰るぞ。」

「その間、先生は別件の依頼で出掛けた、

って言えば良いのか?」


 四葉が確認するように言った。

私は肯定して続ける。


「あぁ。

二階堂の容態も確認したい。

三日で戻るつもりだ。

 戻る前に事務所に電話する。

ちゃんと電話に出ろよ?」

「電話に出ることはできる。

電話をかけるのはできない。」


 胸を張って言う四葉を鼻で笑って、

私は言い放つ。


「受話器をあげて、

交換のおばちゃんにどこの誰宛か言えば繋がるだろ。」

「ノーフェイスに繋いでください、

って言えばいいのか?」


 真顔でそう言う四葉。

私はあきれ果てる。


「ど阿呆。

それで繋がったら、

私はあっという間に逮捕されるわ。

 とにかく、電話に出ろ。

電話なんて持ってるのは、

警察と財閥のお偉方だけだ。

滅多にかかってくることはないだろう。」


 私は車を二階堂探偵事務所へ向けて進める。

四葉が突然手を付き出した。


「その三日の間の食費をくれ。」

「無駄遣いされるわけにいかない。

私からマスターに先渡ししておくから、

カフェーヒポポタマスで食べろ。」


 ついでに、マスターに出掛けると伝えておけば、

一石二鳥だ。


「お前、ケチだな。

怪盗業が赤字なのは本当なのか。」

「お前、

小遣い貯めて活動写真に行くのが楽しみだろう?

食費をちょろまかして、

活動写真を観に行かれちゃ困るんだよ。」


 最近事務所の近所にできた劇場で活動写真が上映される。

四葉は活動写真の大ファンだ。

四葉が顔を赤らめて、大声を出す。


「なっ!

何故それを?」

「いざとなったらお前にも変装できるように、

下調べしている。」

「ど変態! えんがちょ!」


 四葉が顔を真っ赤にして罵詈雑言をぶつけてきた。


「うるさい!

水飴片手に弁士へ向かって、

がんばれーって叫ぶな。

声がでかすぎでお前の声しか聞こえんのだ!

お前、弁士にも注意されただろ!?」

「お前! それは! 何故知って!?

くそっ! 生皮よこせっ!」

「運転中に暴れるな!

危ない!」

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