第34話:まい先輩の一歩
「要先輩、おはようございます!」
「おはようっス」
「おはよう、茉莉ちゃんに朔君」
ついに一学期が終わりを迎えようとしている。その頃にはすっかり私も朔も生徒会に馴染んでいた。
荒川さんが引き連れた二人の能力者が暴走した事件以来、私が大人しくしているのもあってか、何事もなく過ごしている。その間に要先輩も退院。それに不本意だけどあの事件で要先輩と仲良くなれたこともあって、今では芥川先輩のことを「要先輩」と呼び、先輩は私のことを「茉莉ちゃん」と呼ぶようになった。
まい先輩に未来空先輩、篠原先輩に要先輩。今思うと、入学当初から随分先輩達と仲良くなれたような……。このまま、何事もなく先輩達と楽しい学園生活を過ごせるといいんだけどね。
今日の生徒会活動も順調に終わった。帰りの支度をしようとすると、ちょんちょんと誰かに服の裾を引っ張られる。それはまい先輩だった。
「まい先輩? どうかしたんですか?」
「その、今度の日曜日空いてる? 遊びに行かない?」
もじもじしながらそう言う先輩に私は不思議な気持ちだ。
「いいですけど。どうしてそんなにもじもじしてるんですか? いつもみたいに堂々と誘ってくださいよ」
「いや、今回は……その、ずっとこのままでもダメだと思って、僕の本当の姿で、茉莉と遊んでみたいなって……」
まい先輩がこそこそ小声でそんなことを言いだす。私はそんな先輩の勇気に笑みがこぼれた。
ついに一歩踏み出せたんだ、まい先輩! それならなおさら断る理由がない。
「勿論、どこでもお供しますとも」
「……ありがと」
照れたように頬を染めるまい先輩。私はさっそく次の日曜日が待ち遠しくなった。
***
──日曜日。
「……おはよ」
私は、まい先輩を唖然と見上げていた。
見上げていたということは──まい先輩の身長は高くなっているということで。
短いツンツン頭に、太い腕、逞しい胸板、低い声──いつものまい先輩とは正反対の高身長で筋肉質な先輩だ。
──先輩は本当の自分自身の姿で、私の前に現れてくれたのだ。
先輩は挙動不審でどこか不安げ。私はそんな先輩に頬を緩めてしまう。
「……先輩。とっても素敵ですよ」
「!!」
私がそう言うと、先輩は泣きそうな顔になっていた。
こんなに逞しい見た目なのに……可愛いのは変わってないんだなってちょっと思ったり。
「……さんきゅ」
それだけいうと、先輩はそっとぷいっと顔を背けて先を歩いていく。
いつもの先輩なら「可愛い? 当たり前じゃん!」と胸を張るはずだけど……自分の本当の姿を褒められるのはどうやらまだ慣れていないようだ。
ほんのりと赤みが浮かぶ先輩の頬に私は思わず声を出さずに笑ってしまう。
中心街に行くと、私達は一言もしゃべることができずにブラブラと歩いていた。
しまった。今日、何して遊ぶか決めてない!
映画、カラオケ、レジャー施設……頭の中で色々と案を用意して、先輩に声をかけようとすると──。
「あ」
まい先輩が声を上げる。
先輩の視線の先を見ると、そこは本屋だった。
「茉莉。ちょっといい?」
「え? あ、はい!」
先輩は本屋に近寄ると、店頭に置いてある少年漫画を手に取った。
先輩が持っている少年漫画はやっぱりヒーローものだった。
「好きなんですか? その漫画」
「うん。主人公の能力が特殊で苦労するんだけど。ヒロインを救うために一人で敵の陣地に飛び込んでヒロインを攫って行くところ、王道だけどやっぱりかっこいいんだよね。……こんなヒーローに、なってみたいとは、思っちゃうよ」
眉を下げて微笑む先輩にふと疑問が残る。
──先輩はなんで、いつもお人形のような美少女の姿に変化しているんだろう。あの姿は先輩の理想像とはかけ離れているような気がするのに……。
何か、意味があるんだろうか。先輩は自分の本当の姿が嫌いっていうよりも、誰かに見せるの怖いって感じがするんだけど。
……過去に、何かあったとか?
聞きたかったけれど、勿論聞けるはずはない。
「茉莉?」
「っは! あ、すみません」
「ごめんね。それじゃあ、これからどうしよう? 何するか決めてなくてごめん」
「いえ、私は……先輩といるだけで楽しいですし……!」
するとまい先輩は大きな手のひらで自分の顔を隠す。
私も思わず「あっ」と言ってしまった。
「……茉莉、あんま、そういう事言うなよな。照れる」
「ご、ごごごごめんなさい……。いつものノリで、つい!」
「──あの、すみません!!」
突然話しかけられ、驚くまい先輩と私。
話しかけてきた男性は懇願するようにまい先輩に縋り付いていた。
「──体格がとてもよい、そこの君!! ヒーローになってみる気はありませんか!!!?」
……えっ??
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