第29話:疑問


「おらっ! なんか能力使ってみろよ!」

「あはははは! 泣いてやがるぜこいつ!」


 学校の校門に向かうと本当に雷雨学園の生徒二人が青空学園の生徒を一人虐げていた。

 一人は氷を操る能力なのか、青空学園の生徒が逃げないように足を凍らせている。

 そして逃げない所を二人で殴ったり蹴ったり……虐げられている生徒はボロボロだ。

 酷すぎる!


 校門前には青空学園の生徒達が集まっている。虐げられている生徒を助けたいけれど、手が出せないでいるようだ。

 芥川先輩はその人混みを掻き分け、雷雨学園の生徒達に近寄った。


「──あ? なんだてめぇ」

「こんな堂々とよくそんな卑劣な事が出来るね。うちの生徒を離してもらえるかな」

「嫌だね。力づくでやってみろよ」

「……困ったな」


 芥川先輩は苦笑すると、そっと両手を上げる。


「よし。じゃあこうしよう。その子の代わりに僕を殴ってくれて構わないよ。それで君達の気が済むなら」

「先輩!? 何言ってるんですか!?」

「警察にはもう連絡しているからね。それまで時間稼ぎだ」


 芥川先輩はそう私に囁くと、雷雨学園の生徒達の目の前まで歩く。


「ほら、僕は無防備だ。能力も持ってないと言ってもいい。逃げもしない」

「っ! てめぇ、なんのつもりだ!」

「僕は生徒会長だ。生徒を守る義務がある」

「生徒会長……!? お前が? ふふ、あははは! 青空学園の生徒会長はこんなにひょろっちいのかよ! うちの明さんとは大違いだ!」

「まぁ所詮は青空学園。俺達雷雨学園のようなエリートの玩具になるしか能のねぇ奴らの巣窟だ」


 雷雨学園の生徒達が芥川先輩を嘲笑している。その様子を見て私は悔しさで歯を食いしばる。でも、何もできない。

 ……っていうか明さんって未来空先輩のお兄さんだよね!? まさかあの人が雷雨学園の生徒会長なの?


「……この学園は素晴らしい学校だよ。この学園の生徒達も。君達が何と言おうとそれは変わらない」

「あぁ!? そういうの、うぜぇんだよ! いい子ちゃんがよぉ!!」


 その時、苛立った雷雨学園の生徒が芥川先輩の顔を思い切り殴った。周りから悲鳴が上がる。

 先輩は一歩後ずさり、頬を押さえていた。


「はっ! てめぇ能力者なんだろ? なんか使ってみろよ、おい」

「……僕は能力を使うつもりはない。能力で人を傷つける事はしたくない」

「はぁ~? とんだ腑抜け野郎だな」


 すると男子生徒の手からボタボタと何かが滲み、地面に落ちる。

 何? あれは……?

 

 そのまま男子生徒が芥川先輩の制服を掴んだ。すると、みるみる芥川先輩の制服が溶けていくではないか。


「俺の能力はあらゆるものを溶かす能力。てめぇを素っ裸にして辱めてやろうか? 生徒会長が無様だと、この学園の奴らも自分達の立場が分かるだろうよ」

「せ、先輩! 逃げて!」


 私の声に答えず、芥川先輩は動かない。じっと男子生徒を見つめるだけ。

 先輩、なんで能力を使わないの……!?

 そうしている間にも先輩の服はどんどん溶けていく。先輩の上半身が晒されようとした時、もう見てられないと私は勇気を出して、雷雨生徒の腕を掴んだ。


「もうやめてください!!」

「あ?」

「無抵抗の人に能力を使って虐げるなんて最低です! 警察のお世話になりたくないならさっさと帰ってください!」

「さ、桜さん! 僕はいい! すぐに下がって!」

「いいえ、引きません。私も生徒会メンバーです! それに、こんな奴らにされるがままなんておかしい!無能力者はあなた達の玩具じゃありません! 今までもこれからも!」

「はははは! じゃあ、なんだっつうんだよ? 抵抗するにも抵抗する力がない奴らじゃねぇか! 玩具以外なんにもならねぇ! いいぜ、お前から溶かしてやるよ! その顔溶かしてやる!」

「っ!!」


 雷雨生徒が、反対に私の腕を掴んでくる。触れられた制服が溶けていき、液体となって地面に滴り落ちる。

 熱い痛みが、皮膚に走った。


「──いっ!」


 男の、私の腕を掴んでいる反対の腕が私の顔面に迫ってきた。その手がスローモーションのように感じる。

 この人、私の顔も本気で溶かす気!? でも、腕を掴まれて避けられない……!


 反射的に目を瞑ってしまったその時、腕に感じる皮膚が溶ける違和感が消えた。

 すぐに目を開けると、芥川先輩の背中が見える。


 周りの生徒達から歓声が上がった。

 私に襲い掛かってきた男子生徒はいつの間にか数メートル先の校内にあった木の根元で気絶している。


 まさか──あそこまで芥川先輩があいつを吹っ飛ばしたの!?


「…………」


 芥川先輩は自分の手の平をじっと見つめた。その横顔は──とても悲しそうだった。


「桜さん。怪我はない?」

「あ……せ、先輩、すみません……私……なんにも役に立てず……」

「ううん。迷惑なんかじゃない。桜さんの言葉は正しいし、正しいと思う事をあんなにはっきり言えるのは凄い事だよ。でも、無茶はしないでね」

「は、はい」


 すると私は先輩の上半身が目に入る。溶かされた制服の下の先輩の身体は──言葉を失う程傷だらけだった。

 なに、これ……。


「要!」


 篠原先輩がこちらに駆けてくる。そして芥川先輩に自分の学ランを渡した。


「要。これで前を隠せ。肌が見えている」

「っ! あ、あぁ。ありがとう結城」

「せ、先輩……その身体……」


 私の言葉に、芥川先輩は困ったように笑う。


「──ごめん。言えない」


 私はそれ以上、何も言えなかった。

 結局、男子生徒二人とも、駆けつけてくれた警察の人に連れていかれた。

 私の腕も少し皮がむけていたくらいで、怪我という程でもなかった。芥川先輩も服以外はほぼ無傷だった。あんなに勢いよく殴られたのに、先輩の頬は腫れもしない。それが少しだけ不思議だったけれど、先輩の触れちゃいけない何かのように思えて、敢えて追及しなかった。

 先輩の能力は多分、人間とは思えない程の怪力。とても凄い能力なのに、先輩は何故その能力を使おうとしないのだろう。


 私はその一件以来、芥川先輩の事が妙に気になるようになってしまった。

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