第22話:説得
「修さん、ここって……」
「人気のない廃ビル。いかにもって感じでしょ?」
「修さんはなんでここに結城先輩がいるのを知っているんですか?」
「ふふ。言ったでしょ? 俺、顔が広いって。ほら、入ろう。何かあったら俺が守ってあげる」
廃ビルの裏口の鍵は開いており、あっさり侵入できた。
恐る恐る歩いて、階段を上ると──男女の話し声が聞こえてくる。
──篠原先輩の声だ。
音を立てないように声が聞こえる部屋をこっそり覗きこんだ。
「こんな所まできて、貴方は何がしたいの?」
「分かっているくせに。ここは元休憩室。ベッドもありますよ」
「──ふふ、手が早いのね。でも普通に私はホテルがいいんだけど?」
あの女の人……この間、篠原先輩が口説いてた人とはまた別の人だ。
篠原先輩はなんだか色っぽく女の人を抱きしめる。
そうして耳元でボソボソと何かを囁き、女の人は頬を赤らめていた。
映画のラブシーンを見ているような気分になる。
「彼、相当慣れているね。俺も負けられないな」
「何を競ってるんですか。っていうか、やっぱりただの逢引じゃないんですか?」
「まぁみてて。すぐに現れるよ」
私は仕方なく、先輩と女の人を観察すると──先輩は女の人にキスをしようとしている。
思わず目を抑えた。しかしやっぱり気になるので、指の間から覗く。
……あれ?
「出たね」
修さんが息を呑む。私も目を見張った。
よく見ると、篠原先輩の背中から何本かの太い触手のようなものが生えてきているのだ。女の人は目を瞑っているのか、気付かない。
「修さん、あれ……」
「そう。あの触手が能力喰い。あれで能力を食べるみたい」
そんな! 私は唇を噛みしめる。
篠原先輩の触手が女の人に迫っている。
もう、見てられない! 気付けば私は思いっきり部屋のドアを開けた。
「!? なっ!? 君は、」
「先輩! こんな事もうやめてください!」
「!? ちょっと結城君!? あの子誰なの!?」
私は篠原先輩の腕を掴む。
「先輩。帰りましょう。お話があります!」
「な、なんなんですか! まさか貴女、一人でここまで来たんですか? 大馬鹿なんですか!?」
「それは誤解しないでほしいな? 俺がここまで案内しました~」
修さんが私を後ろから抱きしめて、篠原先輩にピースをする。
「……雷雨の副生徒会長、加藤修か」
「おっ。俺の事、知ってるんだ? 俺も、死神サンの事はよぉく知ってるよ? うちの生徒が何人か君にお世話になったみたいだしね?」
「何の用だ。何故、貴方が桜さんと一緒にいる」
「茉莉ちゃんとはたまたまそこで会ってね? この子、君を探してたみたいだよ?」
篠原先輩の視線が私に向けられる。
「……。……はぁ。今日はここで帰ります。桜さん、行きますよ」
「え。ちょ、ちょっと結城君! その女の子は誰なの!?」
「だーめ。君、茉莉ちゃんのおかげで命拾いしたんだからね? あんな地味な眼鏡君より俺とお茶しよ?」
「え……」
「──おい、篠原結城。一言言っておこう」
篠原先輩の足がピタリと止まる。
「これ以上ウチの生徒を喰い散らかすつもりなら──こっちも黙ってないよ? うちの学園長、相当ご立腹なんだから。俺だってそう。うちの生徒の未来を潰して、タダですむと思うなよ」
「…………行きますよ。桜さん」
篠原先輩は私の腕を掴んで廃ビルを出る。廃ビルに出た途端、大きなため息が降ってきた。
「全く、貴女という人間を見くびっていました。まさかここまで馬鹿だとは!! 俺に近づくなと言ったはずですが!? 日本語も理解できないのですか?」
「す、すみません! でも篠原先輩が学校を出て行くのを見て、もしかして中心街に行くんじゃないかって思って。……先輩が何故死神って呼ばれているのか、知りたくて」
「俺が必ずしも中心街に行くとは限らないでしょう。それなのに一人で飛び出してきたんですよね? もしその間に貴女を狙う人間に連れ去られたらどうするつもりだったんですか」
「そ、それは……でも、危険な事をしているのは、先輩も同じでしょう!」
私は先輩を強く見上げる。
そうだ。私だって、先輩のしている事には反対だ!
「能力者狩りなんてやめてください! 危険ですよ! この間だって先輩に復讐しようとして襲われたじゃないですか!! 芥川先輩にも学園長にもやめろって言われているんですよね!?」
「…………」
「いくら先輩が能力者喰いの能力を持っていても、他人の能力を食べる権利なんてあるとは言えませんよ! お願いですからやめてください! どんな人間であれ、その人の未来を潰すことなんて到底、」
「貴女には関係ないでしょうッッ!」
いつも冷静な先輩の怒声に身体が震える。
「いい機会です。アンポンタンな貴女にも分かるように教えてあげます。この世にはですね、能力を持っていない方がいい人種もいるんですよ。雷雨学園の生徒の大半がそのいい例です。自分の能力に調子に乗って、他者を虐げるその低能さ。そう言った奴らが俺は大嫌いなんですよ。吐き気がするほどに! 貴女だって、そういう奴らに苦しめられてきたんじゃありませんか!!?」
「……!」
「……分かったならこの事を口外しないでください。今回の事を邪魔したのはそれで水に流します」
「嫌です」
「なっ!」
「先輩にあんな事、もう二度とさせるわけにはいきません。能力を食べるなんて、犯罪ですよ……?」
「その時は大人しく捕まります。それが俺にはお似合いだ」
「駄目です! 先輩はなんだか……自暴自棄になっています。先輩が能力者狩りをやめないというのなら、私にも手があります」
「一応聞きますが、それはなんですか?」
「先輩が参ったって言うまで、ずっとずっと先輩を尾行します! 何かあったら要先輩か学園長に報告します!」
「…………。なんて単純な手だ……だが一番効果的なのが腹立ちますね」
「先輩、私は本気です。私、先輩の事、放っておけないんです!」
篠原先輩はその時、少しだけ泣きそうな表情をした。
私は──そんな先輩の顔に呼吸を忘れる。
「せ、先輩?」
「貴女
「え?」
「……今日は帰りましょう。女子寮まで送りますよ」
先輩はそれっきり、一言を話さなかった。その後、女子寮まで本当に送り届けてくれる。
「いいですか。俺はこれから本当に寮に帰りますので。貴女も学校を出ないように」
「……はい」
そう言い残して、男子寮へ歩いていく先輩の背中は、どこか寂しそうだった。
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