第17話:パトロール中に現れたのは

 翌日も未来空先輩は定期パトロールに来てくれた。どうやら学園長にしつこく行けと催促されたらしい。流石の未来空先輩は学園長には逆らえないようだ。


 そうして、次の日も、またその次も未来空先輩は学園長の命令で一緒にパトロールをしてくれた。


 泥水やコーヒーが入った缶、様々なものが頭上に落ちてくる日々を送り──このパトロールはついに十四日目に突入したのだ。


 未来空先輩は相変わらず素っ気ないが、少しは返事もしてくれるようにもなった。

 そして私は泥水対策や落下物対策に傘を持ち歩くことにした。この間みたいに花瓶が落ちてきたら多分意味はないけれど……ないよりはマシだろうから。


「よし! 今日もパトロール頑張りましょう! そろそろ犯人も諦めてくれるといいですね!」

「てめぇはなんでそんなに逞しいんだよ」


 未来空先輩は呆れているようだ。私はにっこり笑う。


「だって悔しいじゃないですか。こんなに嫌がらせされて、パトロールやめたらそれこそ負けだし。実際このパトロールで何人か生徒助ける事も出来ましたし!」

「……はぁ。お前は俺が一番苦手なタイプだ」


 未来空先輩はそう言うけど、なんだかんだいって、毎回パトロールに付き合ってくれる。


 すると頭上に雫の冷たさを感じた。


 ──きた!!

 瞬間、私は素早く傘を開く。バシャリ、と泥水がかかった。

 私は未来空先輩に身を寄せ、見上げる。


「無事ですか? 先輩」

「っ! 俺まで守らなくていいだろうが……!」

「でも先日未来空先輩は私を助けてくれましたよ? なら私も守ります!」


 未来空先輩はいつものように舌打ちをする。

 しかしこの舌打ちは満更でもない時のものだ。多分。


 私は少しだけ得意げになりながら傘を閉じると、前方に見慣れない金髪の男性がこちらを見ていることに気づいた。

 男性はその端正な顔を不気味に歪ませながら、こちらに歩いてくる。


 あれ、あの人──誰かに──?


「よぉ。久しぶりだな、輝」

「お知り合いですか? 未来空せんぱ……!?」

「あ、あ、ああぁ、ああ!!」


 突然未来空先輩の様子が豹変する。今まで平然としていたのに、今はどっと汗を掻き、身体がブルブル震えていた。明らかに普通ではない。


 これは──初めてパトロールをした時にもあった──!!


「先輩! しっかり!」

「あ、あ、あ、にきっ!!!!」


 絞りだされたその声には憎しみが籠っていた。

 兄貴? ってことは未来空先輩のお兄さん!!?


 未来空先輩のお兄さんは私の事を値踏みするように見ていた。


「あ? んだよ。輝。可愛い恋人できてんじゃねーか。兄ちゃんにも味見させてくれよ。なぁ?」

「あ、あぁ、くるな、来るな! 俺にもう近づくんじゃねぇ!!」

「なんだよつれねーなー? 前は毎日毎日遊んでやったじゃねーかよ。輝ぅ!!」


 未来空先輩のお兄さんがさらにこちらに歩いてくる。私は未来空先輩を守るように立ちはだかった。


「あ?」

「先輩に近づかないで!!! 怖がっています!」


 そう叫ぶと、未来空先輩のお兄さんはお腹をかかえて笑う。


「ふ、ふふ、ふはははははははは!! てめぇなに女に守られてんだよ! だっせぇ!!! さすが俺の弟!!!!! あははははははは!」


 ひとしきり笑った後、未来空先輩のお兄さんは「あー、おもしれー」と言いつつ、私の腕を強く掴む。


「俺は明。なぁ、お前の名前は? 輝なんてやめちまえ。俺の女になれよ」

「は、離してください!!!!」


 振りほどこうにも力が強くて離せない。明さんは私の顔を掴むと、舌なめずりをした。


「輝、てめぇの彼女を目の前で奪ってやってもいいんだぞぉ?!」

「っっっ!!!? あ、あぁ、う、触るな!!」


 未来空先輩は明さんに突進し、その隙に私の腕をつかんで走った。


「先輩?!」

「逃げろ! 逃げなきゃ!!! 殺される!!」


 ダメだ。私の声、全然先輩に聞こえてない!

 すると突然私達の目の前に得体のしれない闇が現れた。それは言葉の通り、楕円形の闇だ。未来空先輩は私の腕を掴んだまま、その中に飛び込んだ。


 私は何もできず、先輩とその闇に飲み込まれ──消えた。

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