第3話 看板の矜持



ホワイトボードに、太い字が並んだ。

〈A案:テンポ重視(無音ナシ)〉/〈B案:間=一拍(技術)〉


マーカーを置いた榊颯真が、くるりと振り返る。

「比較テスト、やろう。お昼の放送を二パターン録って、各クラスに短尺で流す。票を取る。——明快でしょ」


放送室の蛍光灯が小さく唸る。

ぼくはフェーダーのキャップを指先で転がし、一拍置いてうなずく。

「……まあ。やってみれば、いい」


南條ほのかは台本を抱え、目線だけこちらに寄越す。

「すみません、私、どっちを読めば」

「両方。準備すれば、いい」


伊達実がスイッチをカチカチやりながら笑う。

「地味王と看板王の代理戦だな。俺は回線と録音回す。ノイズ出たらすぐ言って」


颯真は胸を張り、A案の台本を掲げた。

「じゃ、まず俺の見本を録る。南條は後で同じ型で読んでみて」


ON AIRの赤が点る。

颯真の声は流れる水みたいに滑って、句読点を跳び越える。

献立、連絡、告知——一気呵成。

BGMの上を軽やかに走り抜けて、最後はジングルと同時に締まる。


「こういうこと」

赤が落ち、颯真はウィンク。

伊達がメーターを覗き込む。「ノイズなし。テンポは確かに映える。——次、B案」


ぼくはほのかの隣に立った。

「台本、見ない。窓。距離、拳一つ」

「はい。……整えてから入ります」


フェーダーに触れる前に、指を止める。

「三、二——」

ほのかの肩が上がり、下がる。

「——一」


ON AIR。

献立の前に、一拍。

言葉は急がない。BGMが薄く沈み、声の輪郭がはっきり立つ。

連絡の切り目にも、短い呼吸。

最後はジングルの手前で一拍置いて——「以上、放送部でした」。


赤が落ちる。

颯真が腕を組んだ。「止まって聞こえる、って、ほら言われるやつ」

「派手より、まず安定」

「便利な言葉だよね、“安定”。——投票で決めよう」



昼休み。

二パターンの短尺が各クラスに流れ、生徒たちが無造作に丸をつけていく。

A案はノリがいい。B案は落ち着く。

教室の空気が、それぞれの丸で少しだけ色を変える。


廊下の掲示前では、西園寺が集計箱を受け取りながら「体裁上はAが正」と小声で言った。

伊達は肩をすくめる。「耳の体裁ってのもあるのよ、広報長」


放送室に戻ると、ほのかが息を吐いた。

「私、どっちも緊張しました。すみま——……もう一回お願いします、練習」

「後で。今は結果」


颯真が箱を開け、色の違う票を左右に分ける。

紙の擦れる音が続いて、やがて止んだ。

「……ふーん」


「どう」

「拮抗。Aが一枚だけ多い。誤差だね」


伊達が集計票をのぞき込む。「A:テンポが良い、楽しい。B:聴きやすい、落ち着く。……想定通りだな」

颯真はマーカーを回し、ホワイトボードの間に小さく等号も不等号も書けずに止めた。

「じゃ、当面はAベースで。学祭は見栄え重視。Bの“間”は……必要なときに最小限」

ぼくは一拍置いてから答える。

「必要だと思ってる」


颯真が眉を上げる。「そこまで言うなら、根拠、見せて。数字とか、仕様とか」

「……まあ。資料にする」


点検ノートのページが、心の中で一枚だけ重くなる。

“三秒置くとザザッが消える”。誰かの走り書き。

それだけで、世界を説得するには足りない。足りないけれど——。


ほのかが小さく手を挙げた。

「私、Bで読んだとき、怖くなかったです。Aも楽しいです。でも、Bの一拍、すごく安心します。……やってみます、どっちでも」


颯真は笑って肩をすくめる。

「いいね、その柔軟さ。じゃ、学祭まではA八割、B二割。状況で切り替え。西園寺にもそう言っとく」


伊達が指でスイッチをカチ、と鳴らす。

「票は割れ。決着は持ち越し。——物語っぽくて、いいじゃん」



放課後。

ぼくはノートの新しいページに、線を一本引いた。

『A=テンポ/B=一拍。状況切替。根拠の可視化:要』


机の端で、ほのかが台本を閉じる。

「明日、もう一回、お願いします」

「うん」

窓の外に、夕方の光。

ぼくはフェーダーの側で指を止め、目だけで合図した。

三、二——。

——一。


小さな無言が、放送室の空気を澄ませた。"

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