カルテ5:心を閉ざした職人

 診察室の扉が開き、一人の男が入ってきた。

 がっしりした体つきで、眉間にシワを寄せている。松葉杖をつき、足を引きずりながら、イスに腰かけた。

 リアナが朗らかに口火を切る。


「こんにちは」

「……ああ」


 低く、どこか疲れがにじんだ声。

 リアナは「ん?」という顔つきをした。

 今のが挨拶だろうか?

 簡潔というより、そっけない。


「今日はどうされました?」


 めげずにリアナが対話を試みる。

 男は口を開かない。オレたちをじろりと見て、無言で足を指差した。


「足が不調なんですね。お仕事中に痛めたのですか?」

「大工の作業中……足場から落ちた」


 片言の返事。多くを語りたくないらしい。

 大工職人であることしか情報を得られなかった。

 それから、待てど暮らせど言葉を発さない。


「ケガの具合は、どの程度ですか?」


 リアナが重ねて問いかける。

 彼女も重症でないことは承知済み。もし骨折していたら、コルヴィナ医院の範疇を超えているから。

 あくまで患者に寄り添うポーズだ。

 職人は、まるで聞かれたことが億劫であるかのように、けげんな表情をする。


「大したことない」


 それだけつぶやき、また沈黙。

 オレは内心でツッコミを入れた。

 だったら松葉杖なんて大仰だろう、と。


 とにかく彼は、リアナの治療に非協力的だった。

 唯一口にしたのは、「早く職場復帰させてくれ」だけ。

 オレは魔導機に視線を向けた。

 興奮度は緊張状態の『60以上』を保ち続けている。

 当然、リアナの魔法は発動しない。


 状況は完全に膠着していた。

 前の担当医も、これでは手の施しようがなかったのだろう。

 リアナは沈思黙考したあと、息を吐いた。


「……今日はやめましょうか。また明日来てください。もちろん、お代もいりません」


 治療を中断すると、職人は予期せぬ反応をした。


「薬代がタダなのは道理だ。しかし、あんたが時間を費やした分まで、まけてもらうのはおかしい」


 無料でいいと提案しているのに、それを突っぱねるとは……

 生真面目というか、頭が硬いというか、判断が難しい。


「ではお言葉に甘えて、診察代だけいただきます」


 リアナに向かって、職人は首肯した。


「最後にちょっといいですか? 治療と直接関係ないんですけど、いくつか教えてもらいたくて」


 職人は逡巡したあと、うなずいた。


「今回の治療、どこが不満でしたか? 率直なご意見で構いません」


 リアナも直球な質問をする。彼に、からめ手が通じるとも思えないけど。


「特に不満はない。強いて言えば、今日で完治したかった」


 え? 怒ってないの?

 終始仏頂面だったから、てっきり不機嫌なんだと決めつけていた。


「なるほどですね。職場の同僚やご家族にも、誤解されやすかったりしませんか? たとえば『気難しい』って勘違いされることが多々あったり」


 職人の眉間のシワが、一層深くなった。


「ああ……慣れてる。だが、俺は俺だから気にしてない」


 揺るぎない意思を感じた。

 自分を曲げるつもりは、みじんもないらしい。


 リアナは微笑した。


「分かりました。ありがとうございます」


 リアナと異なり、オレにはヒントすらつかめなかった。

 職人は、松葉杖をつきながら診察室を出ていく。

 彼がいなくなったあとで──


「リアナ、治す目処がたったのか?」

「…………」


 考え込むリアナは、先の職人よろしく、何も答えなかった。


💊 💊 💊 💊 💊


 翌日、職人が再び診察室にやってきた。

 リアナは昨日と打って変わって、友好的に話しかける。


「こんにちは! 今日は雑談から始めましょう」


 職人は戸惑ったように、リアナを凝視する。


「何を食べているときが幸せですか? 答えたくなかったら、拒否して結構ですよ」


 彼は天井を仰いで──


「……酒」


 ポツリと漏らした。

 リアナは、パッと顔を輝かせる。


「おつまみとかも好きだったり?」

「枝豆は……よく食うな」

「うんうん。つい、お酒が進んじゃいますよね!」

「医者が飲酒を勧めちゃ、マズいだろう」


 同意する。オレにはリアナの意図が読めない。

 彼の人となりから、突破口を模索しているのか?


「あははっ。無礼講ですよ~。景気づけに一杯やります?」


 口からでまかせを。

 診察室で酒席を開いたら、大問題だろう。

 医院長から大目玉を食らうぞ。


「不埒なお医者さんだ」


 職人もジョークであることを把握している模様で、口の端をつり上げた。


「じゃあ次です。最近ハマってることはありますか? お酒以外で」

「……仕事」

「ぶっぶ~。それも禁句です。今は雑談の時間なんだから」


 職人は途方に暮れている。

 リアナは、すかさず助け舟を出した。


「お仕事、大工さんですよね? 趣味で何か作ったりしないんですか? たとえば……誰かのために」


 職人は何かを閃いたらしい。


「……姪に、木のおもちゃを作ってる」


 リアナは満面の笑みを浮かべた。


「わぁ、姪っ子さんのお話、詳しく聞かせてください!」


 オレは魔導機に目をやる。

 興奮度が50を割り、下降していた。

 リアナのおかげか、彼の口調も若干和らいでないか?

 狙い通りの結果であれば、大したものだ。


 やるじゃないか。

 オレは、お手並み拝見させてもらうことにした。


【続く】

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