第17話 ☆基礎の完成と騎士たちの調査

 日の出とともに目を覚ます。パンと野菜スープと肉。バランスのいい美味しい朝食を頂いたあとに、さっそくミアちゃんに案内してもらった。


「この辺りがいいんじゃないかな?」

「お、確かにいい感じ。このスペースを使っていいのか」


 要望を伝えたら予想以上にいい感じの場所に案内してくれた。

 近くに水源もあり周囲も開けている。やりすぎなければ森の木も伐採して大丈夫らしい。

 他の家からは少し離れた場所でここからは見えない。


 ミアちゃんは仕事があるからと、「何か困ったことがあったらいつでも来てね」と言って帰った。

 カスパルさんとマティルダさんも、いつでも来いと言ってくれた。なんていい人たちなんだ。

 他の人たちには今度挨拶に行こう。


 まあそれはさておき。


「いよいよだな」


 シュロスと資材をキリハの空間魔法から取り出して全員を集める。拾ってきた手頃な木の枝を手に地面にしゃがみこむと、みんな不思議そうに俺の手元を覗き込んできた。


「いいかみんな。今からここに俺たちの家を建てる。まずはどんな家にするか説明するぞ」


 この子たちは多分理解できるはずだ。

 俺は地面をキャンバスに見立てる。前世で夢中になって見ていたログハウスの建設ブログや、更に自分で調べた情報を思い出しながら簡易な間取り図を描き始めた。


「大きな家を建てるつもりはない。ここは俺たちが暮らすための最初の拠点。だからシンプルで快適なのが一番いいだろう」


 リビングがあって小さなキッチン。寝室はとりあえず一つでいいか。仲間が増えたりやりたいことが増えたりしたら、その時にまた増築すればいい。


「そういえば風呂だけど、お前たちはどうだ? 風呂はほしいか?」


 当然俺は欲しい。

 問いかけると一斉に声を上げる。


「こんっ! こんっ!」

「キュイッ!」

「キュア!」

「きゅぅん!」


 スズカなんかは尻尾をぶんぶんと振って、早く入りたいと全身で訴えてきている。みんな綺麗好きのようでなにより。



「それじゃあ、始めようか」


 俺がシュロスに命じると心得たとばかりに一歩前に出た。腕のアタッチメントを換装してショベルアームを取り付ける。そのアームで俺が地面に印をつけた基礎の部分を、凄まじい勢いで掘削し始めた。


 手作業なら何日もかかるであろう作業がものの数分で終わってしまう。その光景はあまりにも圧巻だった。


「すごいな、シュロス……」


 さすがアリシャさんが作ったゴーレム。天才の名は伊達ではないらしい。

 掘削が終わると今度はカナメに頼む。


「キュイ!」


 カナメが前足を地面につけると土魔法が発動する。掘られた溝の底がミリ単位の精度で完璧に水平にならされた。


 次に地盤を固める。まるでコンクリートを流し込んだかのように強固な基礎が出来上がった。

 面倒で時間のかかる工程が魔法によって一瞬で終わる。みんな優秀ですぐに形になり楽しい。


「ありがとう。最高の滑り出しだ」


 その間、スズカは現場の周囲に外敵が近づかないよう隠形の結界を張り巡らせて、安全を確保してくれている。

 シズクは俺の服の襟元から顔を出して「きゅぅん!」とみんなに声援を送っていた。


 そして木材の調達。俺たちは近くの森へと足を踏み入れる。ここではキリハに任せた。


「キュアッ!」


 キリハは建築に適した太さや材質の木を瞬時に見抜くと、風の刃を放つ。

 刃はまるで熟練の職人の手によるかのように、狙った木々だけを根本から正確に切り倒していく。

 森にはいい感じで光が差し込むようになり、結果的に間伐のような効果があった。


 キリハは瞬時に木の枝を払い、樹皮を綺麗に剥ぎ取り必要な長さにまで裁断する。完璧なまでの正確性とスピード。

 とはいえこれぐらいできそうだと思っていたし、もう驚かなくなったな。

 俺も手伝うつもりだったけどみんなに任せた方が遥かに速い。


「お見事、キリハ」


 その後をシュロスが追う。巨大な丸太をまるで小枝のように軽々と抱えて建設地まで運ぶ。



 建設地に戻るといよいよ壁の組み上げが始まった。ログハウスの最も象徴的な工程、丸太組構法だ。


「キリハ、コーナーノッチを頼む」


 作り方を簡単に説明するとすぐに理解したようだ。

 風の刃を精密に操り、丸太の端に完璧な曲線を持つ刻み目を入れていく。

 キリハに近い種族の風狸ふうりは風の刃で木材の加工をするらしい。キリハの精度はそれを超えているのではないだろうか。


「シュロス、それを持ち上げてくれ」


 刻み終えた丸太をシュロスがその巨腕で軽々と持ち上げる。


「よし、ゆっくり下ろして……そこだ!」


 俺が位置を指示してシュロスが慎重に丸太を重ねた。キリハが刻んだ凹凸が吸い付くようにぴたりとハマる。まるで一つの部品だったかのように隙間なく組み合わさっていった。


 同じように繰り返していくと、朝にはまだ何もなかった更地に壁が一段、また一段とみるみるうちに組み上がっていった。




 夢中になって作業を続けているといつの間にか空が茜色に染まっていた。


「……今日はここまでだな」


 俺たちは作業の手を止めてその日の成果を眺める。そこにはまだ数段の高さしかないが、間違いなく家と呼べるものの基礎と壁の一部ができていた。

 荒削りな木の壁にそっと手を触れる。伝わってくる木の温もりに達成感が込み上げてきた。


「みんな、本当にありがとう。すごいよお前たちは」


 仲間たちを見渡すと皆どこか誇らしげな顔をしているように見えた。俺たちは未来の我が家のシルエットを背に、いつものように焚き火を囲む。

 シズクが満たしてくれた鍋をスズカの狐火が温め、ぐつぐつと音を立てていた。


 今日はテントで一泊。明日一気に屋根まで取り付けてしまおう。



 ◇◇◇◇◇◇




 その頃、プルソの街では一人の騎士が部下からの報告に眉をひそめていた。


「アイアンランクのテイマーだと?」


 クリフォード侯爵家騎士団、副団長のダリウスは街の酒場の個室で部下の言葉を繰り返した。バジリスク討伐者の調査は、予想外の方向へと転がっていった。


「は、はい。名前はリオ。年齢は二十歳にも満たないような黒髪の青年です。件のバジリスクと遭遇した冒険者パーティーに話を聞いたのですが、本人は名誉に興味がないようで、できればそっとしておいてほしいと念を押されました。ソロのテイマーだそうです」


 報告を聞きながらダリウスは脳内で情報を整理する。ソロ。アイアンランク。テイマー。そしてバジリスクを討伐する。どれ一つとっても結びつかない要素ばかりだ。


「ソロでバジリスクを討伐するほどの腕前……。ということは、あのバジリスクの首を刎ねた一撃はそのリオという者によるものか。にわかには信じられんな」

「見たことがない魔物を連れているということで、街では結構有名なようです。何人かに裏を取りましたので間違いありません」


 ダリウスは軽く首を振り、今は考え込むのはやめると決めた。直接会って確かめるのが一番早い。


「そのリオ殿はどこにいる?」

「それが、昨日街を出たところを目撃されています。最初にバジリスクを発見したイアンという冒険者に聞いたところ、バジリスクの素材の売却先としてこの街で有名な天才錬金術師、アリシャという者を紹介したと」

「ふむ。それならまずはその錬金術師の工房へ行ってみるか」


 ダリウスは立ち上がると、部下に後のことを任せて酒場を後にした。



 街外れにある青い屋根の家。庭には様々な薬草が植えられており、煙突からはかすかに薬品の匂いが漂ってくる。ここが目的の場所で間違いないだろう。

 ダリウスは背筋を伸ばして家の扉をノックした。


「クリフォード侯爵家騎士団、副団長のダリウスと申します。お尋ねしたいことがあるのですが、少しよろしいでしょうか」


 しばらく待つとガチャリと音を立てて扉が開いた。現れたのはダリウスの腰ほどの高さしかない、メイド服を着た小さな人影だった。


「……ゴーレムか? 変わったゴーレムだな」


 岩や鉄で作られた無骨なそれとは全く違う。白く滑らかな素材で作られた、まるで精巧な人形のようなゴーレムだった。


 ダリウスが感心しているとゴーレムがどき、その奥から幼い少女がひょっこりと顔を出した。アリシャの弟子だろうか。


「何の用よ……」

「私はダリウス。錬金術師のアリシャ殿に話があるので会いたいのだが、呼んできてもらえないだろうか」


 その瞬間少女の表情がわずかに変わった。


「へえ、錬金術師のアリシャと話ねえ。ざーんねん。今のアリシャさんは錬金術で忙しいみたいよ。一応聞くけど用件は?」

「リオという冒気者からバジリスクの素材を購入したそうなので、その者の情報を少しばかり聞きたいのだが」

「理由は?」


 探るような少女の視線に、ダリウスはどこまで話すべきか逡巡する。


「クリフォード領の脅威を排除した青年だからな。大変栄誉な事だ。領主であるクリフォード侯爵閣下が、その青年に興味をお持ちなのだ」


 侯爵の名を出せば無下には扱えまい。ダリウスの言葉には騎士団副団長としての自負が滲んでいた。しかし少女は表情一つ変えずに言い放った。


「……そう。悪いけど、その青年はここでバジリスクの素材を売っただけみたいだよ。アリシャさんに聞いてもそれ以上のことはわからないから。そういうわけで会うのは忙しいから諦めて」


 言うなりスノウと呼ばれたゴーレムが扉を閉めようとする。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。いつならアリシャ殿に会えるだろうか!?」


 ダリウスの焦った声もむなしく扉は無情にも閉ざされた。

 扉は開かない。声も当然聞こえない。いくら忙しいとはいえこちらは侯爵家の騎士団副団長だ。さすがに無礼だとダリウスの眉間に深い皺が刻まれる。


「……しかたがない。どこへ向かったかまでは錬金術師もさすがに知らんだろう。街へリオ殿が戻ってくるのを部下が発見するのを待つしかないか」


 ダリウスは苦々しい表情で踵を返した。

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