第10話 ☆騎士ロジャーの調査

 クリフォード侯爵家に仕える騎士として、ロジャーはこれまで数多の戦場や魔物の討伐現場を見てきた。しかし眼前に広がる光景は、そのどれとも一線を画す異様さに満ちていた。


「これは……なんという有様だ」


 ロジャーの呟きに部下の一人が息を呑んだ。


 領内の外れでバジリスクが目撃されたとの報を受け、ロジャーたち追跡チームは慎重にその足跡を追ってきた。亜成体とはいえ、街に現れれば甚大な被害は免れない危険な魔物だ。

 緊張を強いられる探索になるはずだった。この凄惨な死骸を発見するまでは。


 地面は抉れ周囲の木々はなぎ倒されている。バジリスクが暴れた痕跡だろう。問題はその中心に鎮座するバジリスクの亡骸にあった。


「首が……一撃で断ち切られている。この断面、よほど鋭利な刃物でなければ不可能だぞ」


 傍らで検分していた副団長のダリウスが唸るように言った。彼の言う通り、巨大なトカゲの首はまるでバターでも切ったかのように滑らかな断面を見せ、胴体から離れた場所に転がっている。


 それだけではない。岩石のように硬い外皮を持つ胴体には大規模な焼灼痕があった。


「強力な火属性魔法の痕跡も見られます。これほどの威力を出せる魔術師は領内でも数えるほどしか……」

「凄腕の剣士と高位の魔術師。少なくともAランクの冒険者パーティーによるものと見るべきか」


 ロジャーはなにか腑に落ちないものを感じていた。この周辺を拠点とする高ランクの冒険者はほとんど顔と名前が一致している。これほどの腕を持つ者たちに全く心当たりがなかった。


「団長! こちらに奇妙なものが!」


 少し離れた場所を調べていた部下の声に、ロジャーとダリウスは顔を見合わせ駆け寄った。彼が指さす地面には見たこともない艶やかな毛が数本落ちていた。


「なんだこの毛は……?」


 魔物の知識に長けたダリウスがその一本を慎重に拾い上げる。長さや太さは風狸ふうりのものと大差ないが、その質感は明らかに異なっていた。


「信じられんほど滑らかで、それでいて強靭だ。私の剣でも容易には切れないぞ」


 ダリウスは腰の剣を抜き軽く刃を当ててみせるが、毛は傷ひとつつかない。


「間違いなく上質な防具が作れるだろう。これほどの素材価値を持つ魔物がいたとは。……しかしバジリスク以外の死骸が見当たらない」

「つまりこの毛の持ち主が、バジリスクを討伐した冒険者と共にいたと?」

「その可能性が高そうだと考える。だが団長。現場の状況はさらに不可解だ」


 ダリウスは周囲を指し示した。


「火属性魔法の他にも、鋭い斬撃の跡や衝撃波で抉れた地面……風や土の魔法も使われたかのようだ。バジリスクの弱点を熟知したパーティーであれば、これほど多彩な魔法を非効率に使うだろうか?」

「パーティーに複数の魔術師がいたとは考えにくいか」

「むしろ……この未知の魔物自身が、その力を行使したと考える方が自然かと」

「……テイマーか」


 ロジャーの口から出た言葉にその場の誰もが眉をひそめた。これほど強力な、それも未知の魔物を従えるテイマーなど聞いたことがない。


「まずはトビアス様にご報告を。ダリウス、この件は貴様に任せる。徹底的に調べてくれ」

「はっ。バジリスクの素材がギルドに持ち込まれれば話は早いのですが。腕利きの錬金術師などに直接売却されなければ良いのですがな」





「――以上が、今回の件に関する報告となります」


 クリフォード邸の執務室。ロジャーの報告を聞き終えた主君、トビアス様はこめかみを揉みながら深く息を吐いた。


「ご苦労だった、ロジャー。まずはバジリスクの脅威が未然に防がれたことを喜ぶとしよう。ギルドへの緊急依頼は不要になったか。しかし……その冒険者パーティーは実に興味深いな」

「はっ。ダリウスが既に身元の調査を開始しております。さほど時間を要さず何らかの報せが届くかと」

「流石だな、仕事が早い。調査は任せるが接触はくれぐれも慎重に行え。もしクリフォード領にとって脅威とならぬ人物であれば、可能なら召し抱えたい」

「かしこまりました。強引な勧誘は避け、まずは友好的な関係を築くことを念頭に置きます」

「頼んだぞ」


 トビアス様の声には、いつになく切実な響きが籠っていた。


「近頃、ヴィンロラン帝国の動きがどうにもきな臭い。加えて領内の深部では、本来魔王領に生息するはずの魔物の目撃報告も増えている。……使える駒は、一つでも多く確保しておきたいのだ」


 主君の心労を思い、ロジャーはただ、深く頭を下げることしかできなかった。


 執務室を辞して騎士団の詰所へ向かう廊下を歩いていると、前方から軽やかな足音が聞こえてきた。


「ロジャー!」


 声をかけてきたのはトビアス様のご息女、エレナ様だった。まだ十六歳という若さながら、その聡明さと魔術の才能は領内でも広く知られている。

 幼さを残した顔立ちの中にも、将来を嘱望される美貌の片鱗がうかがえた。

 ただ一つ欠点というべきか……その旺盛すぎる好奇心と行動力は、時として騎士団を悩ませる。


「エレナ様。このような場所でいかがなさいましたか」

「お父様への報告が終わった頃かと思って。バジリスクの件、どうでした?」

「はっ、既に討伐され問題は解決いたしました」

「それはよかったわ。あなたたちが討伐したのですか?」

「いえ、それが……」


 ロジャーはつい、現場に到着した時には既に正体不明の冒険者パーティーの手によって討伐されていたこと、そしてダリウスですら知らない未知の魔物の痕跡があったことを、かいつまんで話してしまった。


 しまった、とロジャーは思ったがもう遅かった。

 エレナ様の瞳はニヤリ、とでもいうような、いい話を聞いたという悪戯っぽい表情になる。これは普段領民にはまず見せない表情だ。


「面白そうな話ね! その冒険者パーティーと魔物のこと、もっと詳しく教えていただけませんか!」


 これから起こるであろう面倒事を予感して、ロジャーは内心で深いため息をつくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る