第7話 バジリスク

 宿屋のベッドから差し込む朝日が心地よく俺の顔を照らす。隣で丸くなって眠っていたスズカが、もぞもぞと身じろぎをして俺の腕の中に潜り込んできた。


「ん……おはよう、スズカ」


 挨拶をすると、「くぅん」と小さな返事が返ってきた。その琥珀色の毛並みを優しく撫でながら、魔物と共にする生活の素晴らしさを嚙み締める。


 宿の食堂で温かいスープとパンの朝食を済ませた後で、俺は腕の中のスズカに向かって宣言した。


「よし、家を建てるための準備をしよう」

「くぅん?」


 スズカは不思議そうに小首を傾げる。いちいち可愛いやつだな。


「いつまでも宿屋暮らしやテント生活ってわけにもいかないから、俺たちの拠点を作るんだ。中立領で誰にも邪魔されない場所を」


 ふと、前世でよく海外のサイトを見ていたのを思い出す。鬱蒼とした森林地帯で相棒の犬と一緒に、たった一人で一から立派なログハウスを建てていく話。

 昔は憧れて徹底的に調べていただけだった……まさか自分がそれを実践する側に回るとは。


 今の俺にはスズカという最高に可愛い相棒もいる。あんな感じで、自給自足の生活をこの手で築いてみたい。


 他にもテイムしたい魔物として卵を産む魔物や、ミルクを絞れる魔物。騎乗できる魔物。農耕用の魔物がいる。

 俺にテイムできる魔物がいるかはわからないが、もしできるなら生活の質が向上すること間違いなし。今後が楽しみである。


 テント生活も非日常感があって楽しいが、それはキャンプだからだ。俺が求めているのは腰を据えて暮らせる安定した拠点。

 そのためにはまず家が必要不可欠。とはいえ俺一人で一から家を建てるなんて、どれだけ時間がかかるか見当もつかない。


 そこで建築を手伝ってくれる仲間がほしい。ターゲットはシルフィード・アーミン。ジェーンさんに聞いた、詳しい話がもらった紙にまとめられている。


 三匹で行動していると思われる特殊な魔物。それぞれテンペスト、ゼファー、ブリーズと名付けられたらしい。


 似てるとされている魔物、風狸ふうりは風魔法を使う。しつけて育てれば木材をかなりの精度で加工することができてテイマーに人気だ。生産活動の補助にもってこいな魔物といえる。


 シルフィード・アーミンも風魔法を使うようなので、同じことができるだろう。

 更に小さくて雑食なので食事の手間もかからないというおまけつき。


 そして何より重要なのがその見た目。もふもふの毛並みは非常に愛らしい。能力、可愛さ、どちらも申し分なかった。是非とも次のペット……いや仲間としてテイムしたいものだ。


 問題はどうやって見つけるか。スズカのように狭い範囲で目撃されたわけではなく、とにかくすばしっこいらしい。風が強く吹く高原のあっちこっちの岩場に巣を作り活動範囲も広いようだ。

 その辺りに彼らが好む植物が生えているらしい。長期戦を覚悟する必要がありそうだな。


「というわけでスズカ、次の仲間を探しに行くぞ! シルフィード・アーミンをテイムしに行くんだ!」

「こんっ!」


 俺の意気込みが伝わったのか、スズカも力強く一声鳴いてくれる。頼もしい相棒だった。



 再び旅支度を整えてプルソの街を後にする。目指すはここから数日歩いた先にある風の強い高地。


 道中はひとりきりと違い快適だった。弱い魔物はスズカが放つ狐火で一掃してくれるし、面倒そうな相手は幻術で惑わしている間にやり過ごせる。


 夜は隠形の結界を張ってくれるので、魔物の襲撃を心配することなくぐっすり眠れた。スズカがいるだけで旅の安全性は段違いになった。

 その度にスズカを褒める。やはり褒めて伸ばすのが飼い主としての責任だ。



 目的地である高原地帯に到着してからは本格的な捜索が始まった。地図を元にシルフィード・アーミンが好みそうな風が吹き抜ける尾根や、彼らの食料となる鉱物が含まれていそうな岩場を重点的に探して回る。


 残念ながら彼らの姿は一向に見つからない。見つかるのは鋭い何かで加工された岩の痕跡や、木の実が散らばった食べかすばかり。

 すぐ近くにいるはずなのに姿を捉えることすらできないまま、無情にも時間だけが過ぎていった。




 捜索開始から一週間以上が経った日の傾きかけた夕暮れ時。

 諦めて今日も野営の準備をしようかと思っていた、その時だった。


 首にかけていた勾玉がふいに熱を帯び始めた。

 スズカを探し当てた時と同じ手応え。


 勾玉は特定の方向を指し示すかのように、ぼんやりと光って脈動している。

 俺がそちらへ向かって歩き始めると、点滅の間隔が少しずつ短くなっていくのが分かった。


「スズカ、この先にいるかもしれないぞ!」

「こんっ!」


 勾玉が示す方角へと慎重に進んでいく。

 いよいよ点滅が激しくなってきたころ。


 ゴゴゴゴゴッ……!



 遠くの岩陰から獣の咆哮とも岩が砕ける音ともつかない、凄まじい轟音が響き渡った。空気がビリビリと震えるのを感じる。

 俺が身構えるのとほぼ同時に、音のした方角から四人の人影が転がるように飛び出してきた。


「うおっ!?」


 剣士、重戦士、魔術師に神官かな。いかにもバランスの取れた冒険者パーティーに見えた。彼らは必死の形相でこちらに駆け寄ってくる。


「おい、そこのお前! 早く逃げろ! あっちにバジリスクが出たぞ! なにかと戦ってる!」

「石化させられたら終わりよ! 早く街に戻ってギルドに知らせないと!」


 リーダー格らしい剣士と魔術師の女性が、立て続けに警告を発してくれた。


「ありがとうございます! この子が幻惑魔法を使えるので、逃げることは出来ると思います!」


 俺が腕の中のスズカを示すと、彼らは少しだけ安堵の表情を浮かべた。


「そうか、ならいいが……気を付けろよ。俺たちは先を行くぞ!」


 パーティーはあっという間に俺の横を駆け抜けて、街の方角へと去っていった。


 嵐のように現れ去っていった彼らの言葉を考える。

 バジリスク。図鑑で見た。邪眼によって相手を石化させる極めて危険な魔物らしい。更に猛毒を吐く。

 滅多に姿を現さないが、遭遇すればAランクパーティーでも苦戦は免れない。様々な魔物を捕食する肉食性で、中でも確か……風狸ふうりが好物だったか。


(……もしかして)


 バジリスクと戦っている魔物。そしてこの場所にいるということ。それはつまり俺が探し求めている風狸に似ている、シルフィード・アーミンである可能性があるのではないだろうか。


 危険だが本当に目当ての魔物なら、俺のもふもふを食べさせるわけにはいかない。

 俺は腕の中のスズカの顔を覗き込む。テイムしてからというもの、スズカは俺の言葉を理解しているように感じるのだ。


「様子を見に行きたい。スズカ、いけると思うか?」


 俺の問いに、スズカは迷うことなく「こんっ!」と力強く一声鳴いた。


「そうか……よし。様子を見て、危険を感じたらすぐに逃げよう」


 俺が決意を固めると、スズカは心得たとばかりにふわりと地面に降り立つ。

 俺たちの周囲に深い霧が立ち込めていく。スズカのスキル、惑わしの霧の効果だった。これなら気配を完全に遮断できるはず。


 霧に身を隠しながら轟音の響く岩陰へと、そっと近づく。


 身を潜めてこっそり向こう側を覗き込む。

 そこに広がっていたのは、絶体絶命としかいえないような光景だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る