第六話 初めての戦闘

 草原に出ると、街の喧騒は嘘みたいに遠ざかった。

 一面に広がる緑の波が風に揺れ、空はどこまでも高い。

 母狼は距離を取り、俺とルナの後ろをゆったりと歩いている。まるで「見守っている」と言わんばかりだ。


 胸当ての革がきしみ、腰の短剣の重みが妙に気になる。

 「……これ、本当に使うことになるのか」

 息を吐いても緊張は抜けなかった。


 しばらく進むと、草むらの奥でカサリと音がした。

 俺は思わず足を止める。

 「……ルナ」

 小声で呼ぶと、ルナの耳がぴんと立ち、低く唸り声を漏らす。


 次の瞬間、茂みから小さな獣が飛び出した。

 丸っこい体に鋭い角――角ウサギだ。

 「……これが、魔物」

 想像していたより小さい。けれど、その目は真っ赤で、ただの動物とは明らかに違う。


 角ウサギは一気に距離を詰めてきた。

 「うっ――!」

 反応できない俺より先に、ルナが飛びかかって押さえ込む。

 白い牙を剥き、唸りながら魔物を地面に縫い止める。


 「……っ」

 俺は震える手で短剣を抜いた。

 鋭い光を帯びた刃が陽光を反射する。

 「いくら魔物って言われても、実際に刃を向けるのは初めてだ……」

 喉が渇き、心臓がうるさいほど鳴っている。


 角ウサギは必死に暴れていたが、ルナは余裕で押さえ込んでいた。

 そして、ちらりと俺に視線を向ける。

 「……やれ、ってことか」

 俺はごくりと唾を飲み込んだ。



 短剣を握る手に汗がにじむ。

 「……っ!」

 思い切って振り下ろそうとした、その時だった。


 茂みから、もう一匹の角ウサギが飛び出した。

 狙いは、立ちすくむ俺。

 「うわっ――!」

 迫る影に、反射的に手を突き出した。


 頭の中で「火!」と強くイメージする。

 次の瞬間、掌から小さな火花が弾け飛び、角ウサギの目の前で閃光のように弾けた。

 「っ……!?」

 魔物が怯んで足を止める。


 「……出た!? 本当に……」

 驚きで思考が止まったが、今しかない。

 震える腕に力を込め、短剣を振り抜いた。


 鋭い感触が手に伝わり、角ウサギが倒れる。

 荒い息を吐きながら、地面に突き刺さった短剣を見下ろす。

「……やった、のか」


 横ではルナが押さえていた角ウサギを仕留めていた。

 血に濡れた牙を見せつつも、尻尾を振り、俺に駆け寄ってくる。

 「きゃふっ!」

 まるで「やったな!」と言っているみたいに。


 その様子を見て、遠くから母狼が歩いてきた。

 大きな影が俺たちを見下ろし、低く鼻を鳴らす。

 怒りでも失望でもない。ただ静かに見届けたという風に。


 俺は荒い息を吐きながら、ふっと笑った。

 「……俺でも、やれるかもしれない」

 ルナが嬉しそうに飛びつき、胸に顔を埋める。

 その温もりが、緊張で固まった体をゆっくりと解きほぐしてくれた。


 倒した魔物の素材を袋に詰める。

 これをギルドに持ち帰れば報酬になる。

 草原の風が汗を乾かし、胸の奥に小さな自信が芽生えていくのを感じた。

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