第10話 霊安室

この話は、私が小学生の頃、親戚のお見舞いに行ったときの話だ。


その病院はとても広く、駐車場の端に車を停めてしまったため、入り口までかなり歩かなければならなかった。

母は面倒になり、病院の正面入口ではなく、端にある別の扉から入ることにした。


そこには薄暗く、長い廊下が続いていた。

母は入ってすぐのベンチに私たち姉妹を座らせ、

「ちょっと奥の方、見てくるから待っててね」

そう言って、廊下の奥へ歩いていった。


残された私たちは、少し不安な気持ちであたりを見回していた。

すると、すぐ目の前の扉に目がとまる。

扉の上にはプレートが掛けられていた。


「れい……あん……しつ? 霊安室!!」


小学生だった私でも、その部屋がどんな部屋なのかは理解できた。

恐怖が一気に押し寄せてくる。

「なんでこんな場所に座らせたんだろう…」と心の中でつぶやいた、その時――。


ガチャリ。


目の前の扉が開いた。

体が一瞬、固まる。


中から出てきたのは、作業着姿のおじさんだった。

オバケかと思った……と胸をなでおろした瞬間、そのおじさんは私たちに声をかけてきた。


「この部屋、知ってる? 死んだ人を寝かせとく部屋なんだよ。

 もうすぐ君たちも、ここに入るんだ。」


「え……?」


意味が理解できず、ぽかんとした私たちを見て、おじさんはニヤッと笑うと、ゆっくりと廊下の奥へ歩き去っていった。


その背中を見つめていると、母が戻ってくるのが見えた。


「ごめんごめん、まだずーっと向こうだった。車停める場所、間違えちゃったみたい。」


私は慌てて口を開いた。

「さっきのおじさんがね、『もうすぐ君たちもここに入るんだ』って言って、すごく怖かったんだよ。」


すると母は怪訝な顔をして、こう言った。

「……おじさん? どこに?」


「さっきすれ違ったおじさんだよ!」


「すれ違ってないよ。怖いこと言わないで。」


「え!? いたんだって!」


母は青ざめた表情で私たちの手を強く握ると、

「もう車に戻るよ!」

そう言って走り出した。


――母も怖かったのだろう。


年月が過ぎ、私はもうずいぶん年を取った。

けれど、あの時の「霊安室」には、今でも一度も入ったことがない。

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