図書室のぬしは辞書が読めない

倉田星呑

0.プロローグ

学校の図書室が好きだ。閑散として静寂が満たす空間に、紙とインクが放つ独特の匂いが微かに香る生徒の憩いの場。静寂を破るたまの喧騒も、それはそれで風情が有って好し。


「貸し出し、お願いします……」


 遠慮がちに手渡される文庫本を受け取り、貸し出しの手続きをする。他所の学校ではパソコンが使われていたりするらしいけど、私は貸し出しカードに記名してそれを管理台帳に記録する手間もまた好きだ。貸し出しカードを見て以前借りた人の名前に思いを馳せる、そんな時間も心の癒し。


「返却期限は1週間です。延長される場合も一度図書室までお越しください」


 そんな定型文を口にして本を手渡す。その物語が貴女にとって良き物でありますように。


 基本的に図書室を愛する私たち図書委員の仕事は、主に貸し出しの手続きと返却された本のチェック、本棚の整理整頓だ。稀に司書教諭の思い付きで特定ジャンルの特集に伴うポップ作りもするけれど、それについては月に一度かもっと少ないくらいなので基本業務かと言われれば首を傾げるところ。


「……さて」


 そんな基本業務のほとんどをほぼ毎日自主的に行い授業以外のほとんどの時間を図書室で過ごし周囲から「図書室のぬし」なんてあだ名で呼ばれることもある私だけど、もう1人似たような生徒がいる。貸し出しカウンターに常駐し表立って図書委員として過ごす私と違って準備室でひたすら返却図書のチェックを行う、少し変わり者のクラスメイト。


「調辺さん、チェックは終わりましたか?」


「うん、そこに積んでるのがチェック済みだよ黒川さん」


 読書を愛するがゆえにあらゆる知識をその頭に宿した「人の形をした辞書」とまで呼ばれる天才、調辺とも。これは彼女と私、黒川めぐむの日常を書いた日記帳のような物語である。

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