瑞穂國奇譚
@H_Mujinagawa
きさらぎ駅
8月の終わり。私はとある私鉄の始発から電車に乗り、12分程揺られて目的地の無人駅に着く筈だった。
確かに「その電車」だった「筈」だったのだ。
私は不覚にも車内でうたた寝をしていた。それすらも「滅多に無い」状況である。
そして
私が降りた(下ろされた?)
駅には
「きさらぎ駅」と書かれていた。
私は少し間を置いてから思考を巡らせた。
きさらぎ駅。これはネットロアのあれか?でも手順が違うような?
そう、私はこの手のネットロアに限らず、民間伝承等の研究を趣味にしていた。これに関しては生まれ育ちが関係しているから、いずれ語れる時に語ろう。
ここが本当の「きさらぎ駅」なら、私の趣味と思考が此処を生み出す共通概念にリンクしたのかも知れない等と思考しつつ、周囲を丹念に観察する。
駅内はざっと見て無人だ。駅の外にトイレと小さな食料品店があるが、車は止まってない。
というか人の気配が無いのだ。
次に所持品。スマホは圏外、いや変に文字化けしている。
腰のポーチに入れてある小型LEDライトは点くが、単三電池一本分では大して持たないだろう。
他には無人ではあまり意味がないホイッスル機能があるパラコードブレスレットと、耳かきに爪切り。
そしてディバッグにシステム手帳とシャーペン。
水筒にドリンクが少々と、帰り際にかった菓子が一箱。
イザとなれば店から物色するかと考えて、気持ちを切り替える為に合掌して御真言を唱える。
このメンタルスイッチは生まれた家で身につけて、母校の教育と武道の鍛錬の中でカスタマイズしたやり方だ。
そして目を開けたら「居なかった筈の娘」が居た。
「どうかしたか?」
と黒髪を後で束ねた紺絣(こんかすり)の着物を着た、見た目二十歳くらいの娘が話しかけてきた。
「誰でしたっけ?」
と私も答える。こんな状況でも一応敬語を使うくらいの分別はある。
「なんじゃお主が小さい頃から一緒に居たのに連れないよう。」
と娘は悪戯っぽい笑みを浮かべながら答える。
「ますます分からん。」
私も地が出た。見覚えは無いようで有るような妙な感覚。
「さっき呼んだじゃろ?」
と聞いて来て、怪訝な顔をされた娘は少し不機嫌になる。
「だから、さっき、私の御真言を唱えたであろう。しっかり御影まで観相しよって、知らぬとは何であるか!」
と怒鳴られた。
「ひょっとして、お稲荷様?」
「の眷属じゃ。」
聞き返したら即答された。
ん~~っと、きさらぎ駅らしき場所に来て、いつものメンタルスイッチの御真言を唱えたら、実体化したのか?
となると、きさらぎ駅が共通概念の世界って仮説が正鵠を得ていて、私が物心ついてからずっと守護神だと暗に教わっていた、お稲荷様の共通概念からこの娘を呼び出したって事か?
と思考を巡らせていたら、娘が顔を覗き込んでいた。
「カナ。」
「は?」
「名が無ければ認識し辛いじゃろ。仮の名だが私はカナと呼べばよいぞ。」
「あ、はい。カナさん。」
「カナと呼ぶ事を特別に許可する。」
なんか強引かつ傲慢な物言いについ承諾する。
「ところで此処は何処なのだ?」
と聞かれて私は絶句した。呼び出されて自信満々だから、さぞかし凄い策を持ってきたかと思いきや、実は何も分かって無い。
まあ私も分かって無いのだから、呼ばれた方も分かって無いのは当然か。そして私は状況を簡単に伝え、きさらぎ駅の話も簡易的に教えたのだ。
「つまりは迷い家の様なものか。」
とカナは一人で納得する。
迷い家は山中で迷った際に遭遇する家屋であり、中から一つだけ物を持ち出しても良く、持ち出した者が強くなら恩恵を得られるが、きさらぎ駅はそのような事はない。
それを話すとカナは少し考えてから、私と似たような事を話し始める。
「どちらにしても此処は多くの人が『きさらぎ駅』とやらを知っているから存在しとるのだろう?私がお主の認識から呼び出されたのと同じだろうな。」
要するに思うから存在している感覚なんだな。
「つまり、私と貴女、もとい、カナの認識は同じって訳だね。となると、カナも私が思っているから現れたとなるかな?」
と問いかけると、またカナは話し始める。
「大体同じだが少し違うな。私が稲荷の眷属で紺絣の着物を着ている娘に化けるのは、私の伝承を知るものならよく知っておるから私はその姿で現れるが、私の顔立ちや容姿は呼び出した者の自我に反映される。分かるか?」
つまり、カナの容姿は私の好みがそのまま反映されていると言うことになる。
そう考えると納得しつつ、なんとなく性癖を暴露されようでバツが悪い。
「とりあえず腹ごなしじゃな。」
とカナが切り出す。
「時間が経てばお囃子が聞こえるのであろう?ならば腹が減っては何とやらじゃ。」
と言われて、私とカナは食料品店に向かった。
食料品店に入るまでに試したが、駅の敷地内と表のトイレと店と自転車置き場までは自由に行き来出来るが、それより外は景色は見えるが壁のような抵抗があって進めない。
カナと話をしつつ、田舎駅のイメージとして駅舎とトイレと食料品店はセットになるから、そこまでは共通概念として存在するのだろうと言う結論になる。
そして食料品店は無人だが、パンやサンドイッチやおにぎりと、お茶等のドリンクが有るのが不思議である。
これも共通概念とやらなら、減らないんだろうなとおにぎりと小さなサラダを取ってみる。少量でも野菜が有るのは有り難い。
実際、駅に居るよりは店に陣取る方が良さそうだと話がまとまり、潜む事に決定し食事をしておく。
「ところでお主、黄泉戸契(よもつへぐい)を知っているか?」
おにぎりを一つ食べ終わった時にナオが話しかけてきた。
黄泉戸契は古事記にある話で、簡単に説明するなら黄泉の国で出された物を食べると、現世(うつしよ)に帰れなけなると言う話。それを聞いて私は固まった。
「その顔は知っておるようじゃな。」
とカナはニヤリと笑う。
「あのさ、そういうのは食べる前に言わんかな?」
「もっともな抗議じゃが、ここは黄泉の国とは限らんからのう。まあ、ここに居れば食うのは困らんし私もおる。覚悟はしとけよ。」
とニタァと悪戯っぽく笑った。と、不意にナオの頭頂部から狐耳が生える。
「来たようじゃな。」
たしかに遠くから太鼓と鐘を鳴らしながら、合いの手の声を上げるのが聞こえて来た。
「まるでちんどん屋じゃな。」
「カナは楽しそうだな。」
「楽しそう?私はお主の心を感じただけじゃ。」
「つまり、楽しそうなのは僕か?」
「良い面構えになっておるぞ。良いか、思うから形が作られ、認識するから干渉出来る。これを覚えておけ。」
カナの言葉は抽象的だが、なんとなく理解した。
きさらぎ駅の横を走る小川にかかる橋を、チンドン太鼓を打ち鳴らしながら8体程の人形のナニカが渡る。
私達は向こうには行けないが、向こうからはこちらに来れるとするなら、向こうからの認識力が強いのか、単に奴等がきさらぎ駅の話とセットとして認識されているからか。
話とセットならば奴等は単なるイベントであり、私達には何もしないのだが、奴等が独自のナニカなら私達に干渉してくる可能性がある。
きさらぎ駅の話でのお囃子は正体が分からないままだから、対策の立てようが無いわけだから達が悪い。
「なんか面倒くさいのう。悪いが少しだけ私に対しての認識を緩めてくれんか?」
カナが唐突に提案する。
「つまり容姿をぼやけさせれば良い?」
「話が早いのう。どうも迂遠なものは嫌いでな。」
とナオは少し怖い笑みを浮かぶ。
私はなんとなく考えて、良いよと答えた。
すると、カナの身体がフワリと霧状になり、次第に四本の尾を持っ人間大の狐になる。
こうなると言葉が話せないらしく、狐は私に目配せすると表に行き、奴等の前に出る。
奴等はチンドンと奏でながら、八人で等間隔になり狐を囲む。
何をする気だと考える内に狐は顎を開くと、一瞬有り得ない大きさになり、いきなり目の前のナニカに飛びつくと飲み込んでしまい、続いて他の奴等も瞬く間に飲み込んでしまった。
そして私は狐と目が合い、思わずカナの容姿を思い浮かべたら、また狐はゆっくりと紺絣の黒髪の娘に戻った。
「怖いか?」
とカナが問いかける。
「いや、圧倒的だなと思って。」
「私とて三百五十年存在しておるのじゃ。たかが二十年ごときの怪異では話にならぬよ。」
さて当面の危機は去ったが、きさらぎ駅からは脱出出来るのだろうか。
ふと黄泉戸契の話を思い浮かべてからナオを見て、「まあなるようにしかならんか」と考える私が居た。
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