観測二十四日目 連休の観測

 土曜日。校舎のチャイムは鳴らないけれど、観測は止めない。わたしは、教室の外で“静穏と幸福度◎が保てるかどうか”だけを確かめる。


 朝、部屋でクラウド連絡ノートを開いた。『連休ログ』というページを作る。欄は四つ——『会話ログ(屋外)』『噂ログ(外部)』『幸福度チェック』『主観』。公開は象徴、記録は詳細。教室のホワイトボードは使えないから、札も矢印も掲げない。代わりに、ふたりの足音を小さくする。


 駅の改札前で待ち合わせる。人の流れは思ったより緩やかで、床のガラスに薄い空が映っている。レンが近づいて、いつもの合図。

「三分、歩きながら」

「了解。境界線は手まで、維持」

 タイマーを三分に設定して、画面を伏せる。歩き始めると、通路の風が言葉の角を少し丸くした。


 一分目。話題は昨日の“返却前”から。

「噂、少ない」「視線、小」

「安心は○」「緊張は×」

 短く言い合って、わたしは『会話ログ:1min→静穏/指標=視線小・ひそひそ=0/主観=安心○・緊張×』と打つ。★は置かない。増やさない。


 二分目。理由の三語を今日もそろえる。

「“空・声・距離”のまま?」

「まま。屋外の“距離”に、場所の揺れも含める」

「わかる」

 わたしは『理由=空・声・距離(屋外)』と置いた。三語の内側で、増やさない。


 三分目。境界線の確認。

「手まで」

「手まで」

 同じ長さで返すだけなのに、温度が落ち着く。タイマーの音が小さく鳴る。『会話ログ:3min→静穏(歩行)』と追記。人の流れに混ざりながら、矢印を太くしないことだけを守る。


 カフェの前で立ち止まると、同じクラスの子と目が合った。「連休、何してるの?」

「観測中。公開は象徴、記録は詳細」——息を整えて短く答える。

「境界線は?」

「手まで。合意で守ってる」

 それで足りた。『第三者発言:連休Q→回答=観測・境界線(短)』とだけ置く。説明は短いほど、安心は長く残る。


 公園へ移動して、ベンチに並ぶ。次の三分は座って試す。

「始める」

「始める」

 一分目。昨日の不安の形を、短く言葉に直す。「“返却までの空白”、少しだけ揺れ」

「“待つ”を記録にする」——レンの要約はいつも速い。

 二分目。今日の“◎”の条件を合わせる。「夕方まで残る安心」「理由は三語」「比喩は一文」

 三分目。境界線は繰り返し。「手まで」「手まで」。タイマーが鳴る。『会話ログ:3min→静穏(座)/主観=安心○・期待○』。座っても、落ち着く。


 ベンチの端で紙の飛行機がコトンと止まった。さっき遠くから飛ばされてきたものらしい。拾って、膝の上でそっと返すと、紙の折り目が夕方の光みたいにやわらかかった。比喩に使えるかどうか考えて、まだ早いと消す。比喩は一度でいい。一度だから残る。


 午後。いったん別れて、それぞれの用事へ。わたしは家に戻り、幸福度欄の“○”にカーソルを合わせたまま、指を止める。夕方まで残るなら“◎”。早書きはしない。かわりに、『噂ログ(外部)』に最小限だけ置く。『視線小×2/ひそひそ=0』。まっすぐな“仲いい”もゼロ。今日は、騒がない日だ。


 チャットに通知が一つ。「駅の前で見たよ。“静か”だったね」——クラスの友だちから。わたしは『第三者発言:静か=肯定(外部)』と記録して、「ありがとう」とだけ返す。噂は角を作らない。今日は、まっすぐだった。


 夕方。窓の光が弱く、部屋の音は薄い。胸の奥に、まだ温度が残っている。わたしは幸福度欄に“◎”を置く。理由は三語、比喩は一文。

『幸福度=◎/理由=空・声・距離』〈連休の安心は、紙飛行機の折り目みたいに、遠くまでほどけない〉

 短いけれど、残る。レンにメッセージを送る。『今日、◎』。すぐ既読がついて、『了解。僕も◎』と返ってきた。二つで一行。必要十分。


 “今日の一行”を置く。

『連休観測:屋外延長3min×2→静穏。幸福度=◎(理由=空・声・距離)。境界線=手まで(維持)』

 送信の前に、もう一行だけ:『外部視線=小/ひそひそ=0→来週要観測』。来週の矢印の始点は、もう小さく見えている。


 夜。履歴を縦に並べる。『雨→傘→距離縮小』『晴→距離維持』『三呼吸→安心』『説明→収束』『延長→静穏』『定義=保留(行動で補う)』『屋外→静穏・◎』。矢印は増えたけれど、どれも細い。騒がないための図は、連休のまんなかでも保たれた。


 保存の前に、“主観”の欄へ一行だけ。

『主観:安心◎/不安△(返却待ち/合意先行)』

 保存。窓の外で電車の音がひとつだけ通り過ぎ、すぐに消えた。消えるのが早い音は、安心を長く残す——そんな気がした。

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