第25話 新しいペット

「ぐべっ……」


 吹っ飛ばされたメイベルは、空中をくるくる回転しながら地面に落ちた。

 ぴくぴくと全身を痙攣させ、恨めしそうな目で私を見つめてくる。


「あ、翼はあるのに飛べないんだね」


「飛べるわよ! 飛べるけど急に攻撃されたら飛べないわよ! 心の準備ができてないんだもん」


 翼が生えてる意味あるのだろうか。

 メイベルは、生まれたての小鹿のような感じで立ち上がった。


「あなた、いったい何者……? そんなに強力な魔法、見たことがないわ……」


「私は魔具師のイトールカ。人間じゃなくてエルフだよ」


「エルフ……? はっ、よく分からないけど死ねえっ!」


 翼が大きく動いた。先ほどと同じように黒い魔力のエネルギーが大量に飛んでくる。


 村人たちが「ルカ様お逃げください!」と悲鳴をあげた。

 すべての礫の矛先は私に向けられているのだ。


 あ、これやばいかもしれない。防御系の魔具を作ってくればよかった。


『主!』


 その瞬間、私の目の前に薄っすらとしたバリアが展開された。


 ズカカカカカカッ!!

 漆黒の礫はものすごい勢いで壁に衝突。それからあらぬ方向へと弾け飛んでいく。私はほっと胸を撫で下ろし、傍らにいる子猫に微笑みを向けた。


「ウィリアム! あ、ありがと~! おかげで助かったよ」


『主に危険が迫っているのだから当然のことだ』


 それにしてもこの障壁、何なんだ?

 魔力が感じられないから魔法ではない気がする。

 ウィリアムは自分のことを聖獣と言っていたから、聖なる不思議パワーか何か?


 駄目だ、全然分からん。今後のためにも調査して体系化しておく必要があるかもしれない。


『む……!』


 あれこれ考えている間に、障壁に異変が生じた。

 ピシピシと罅割れが生じている。相手の攻撃が激しすぎるのだ。

 やばいと思った直後、障壁の一部が割れてエネルギー弾が飛んできた。


「ルカ様! 危ない!」


 脳天に直撃するんじゃないかと思った時、シルトくんが拳を振り抜いた。〈火拳ひけん〉が起動している。


 炎の一撃が叩きつけられ、礫はあっという間に蒸発してしまった。

 顔が火傷するんじゃないかってくらいの威力だ。

 シルトくん、ダイヤル調節ミスってない? でもありがとう、おかげで命拾いした。


「な、何よその魔法! あんたたち、ただの人間じゃないってわけ……!?」


 炎の残滓が棚引く向こう側に、驚愕の表情を浮かべるメイベルが見えた。

 もう攻撃をしてくる様子がない。弾切れだろう。

 このチャンスを逃すわけにはいかない!


「今度こそ、吹っ飛べ」


 私は〈魔風刀まふうとう〉を再び薙いだ。

 耳をつんざくような風音とともに、ソニックブームが高速で飛んでいった。

 メイベルはそのスピードについていくことができず、悲鳴をあげて引っ繰り返るのだった。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※




 イトー工房の庭である。

 私の目の前には、縄でぐるぐる巻きにされたメイベルが横たわっていた。


 あの後、私たちは気絶したメイベルを拾って帰路についた。

 村人たちは「ぶっ殺しましょう!」と息巻いていたが、さすがに人型の魔物を殺すのは気が引けたので事情聴取をすることにしたのである。


「放しなさいよ! このケダモノ!」


 目を覚ましたメイベルは、めちゃくちゃ暴れていた。

 縄で縛られた挙句、ウィリアムの障壁でドーム状に囲われているため、まったく抵抗できないようだ。


「放せって言われてもね。きみは村の子供たちをひどい目に遭わせたわけだし……」


 ちなみに、子供たちは要石かなめいしのすぐ後ろで見つかった。

 ぐっすり眠っているだけで、外傷はなかったので一安心。

 だけどメイベルの行いは、簡単に許していいものではない。


「私は悪魔よ? 下等な人間に何をしようと責められるいわれはいないわ!」


『主、やはり殺してしまうのがいいのではないか?』


「ひいいっ」


 ウィリアムが障壁の空間が狭めていくと(圧死させるつもりらしい)、メイベルは涙目になって悲鳴をあげた。さすがにグロ映像は見たくなかったので、「いいからいいから」とウィリアムを制止する。


 まあ、ここはいったん広く意見を募ってみるとしよう。


「……ガンドゥルさん、どうしますか?」


「ルカ様の選択に従います。悪魔を退治してくださったのは、ルカ様でございますから」


 村人たちはそう言って頭を下げる。

 シルトくんもコクコクと頷いていた。私に判断を任せるらしい。


「うーん。じゃあ殺しちゃおうかな」


「ひいい!? ま、待ってよ!? いくらなんでもそれは早計すぎないかしら?」


「でもさ、村の人たちを困らせてきたわけだし……」


「あんなのは悪戯よ! ちょっとした出来心よ! ま、待って! 本当にやめてったら! 分かった、分かったわよ! 謝るわ、ごめんなさいっ!」


 障壁が迫ってくるにつれ、余裕を失ったメイベルは涙目になって謝罪した。

 もちろん殺すつもりはないけれど、反省の言葉を引き出すためには辛辣な対応をするしかないと思ったのだ。そうしなければファザール村との間に禍根を残すことになる。


「分かった。じゃあ許してあげる」


『よいのか? さすがに無罪放免というのは……』


 メイベルの表情が輝いていった。一方、ウィリアムやシルトくん、村人たちは不安そうに表情を曇らせる。


 だけど心配はご無用である。私にも私なりの考えがあるのだ。


「大丈夫だよ。メイベルには首輪をつけるからね」


 メイベルが、「え?」と目を丸くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る