第24話 公爵の領民講座

朝。

昨日の“水と炎の調和祭”の残骸がまだ中庭に散らばっていた。

地面は黒こげ、花壇は消滅、空気に漂うのは焦げパンの香り。


――おはよう、世界。もう滅んでる。


「若様ぁー! おはようございますっ!」


リリィが元気に登場。

エプロンは小麦粉で白く、髪の毛には花びら。

祭りの後処理なのか、もはや花と粉のハイブリッド生命体だ。


「おはよう、リリィ。昨日は大変だったね」


「はいっ! でも楽しかったです!」


「……どの部分が?」


「パンが飛んで、みんな笑ってて!」


「それ笑いのベクトルが違うやつだから!」


セバスが静かにやってきて、紅茶を差し出す。


「若様、旦那様がお呼びでございます。講義を開かれるとか」


「講義……? まさか父上が勉強する気に?」


「いえ、若様が“教える”側です」


「はあぁぁぁ!?」



執務室に入ると、父上が満面の笑みで立っていた。

その後ろには村人たちがずらりと並んでいる。

まるで新入社員研修のような光景。


「アル、よく来たな!」


「……父上、これは一体?」


「領民に“内政の知識”を教えるのだ!」


「え? なんで僕が!?」


「お前はこの一年でよく学んだ。ならば民にも分け与えよ!」


「学んだっていうか、事故で覚えただけなんだけど!?」


リリィが後ろで拍手している。


「すごいです! 若様が先生ですよ!」


「やめて! 生徒の方が年上なんだよ!」


セバスが静かに帳簿を差し出した。


「講義資料でございます」


「本格的に準備されてるぅぅ!!」



広間には即席の講堂が作られていた。

長机の前に立たされ、僕は人生で初めて“教壇に立つ側”を経験した。


「えっと……みなさん、今日はお集まりいただきありがとうございます」


「若様がしゃべった!」

「かわいい!」

「絶対賢いに決まってる!」


「ハードル上げないで!?」


父上が腕を組み、誇らしげに頷く。


「堂々とせよ、アル! 声を張れ!」


「父上の声がでかすぎて、もう誰も僕の声聞こえてないんだけど!!」


リリィが黒板に何かを書こうとして、チョークを粉砕した。


「わあぁぁ! 粉まみれですー!!」


「リリィ、それ筆圧強すぎる!」


「でも、ちゃんと書けましたよ! “ぜいしゅう”って!」


「“税収”の“税”が“滅”になってるぅぅ!!!」


会場がざわついた。

父上だけが爆笑している。


「はははは! 税が滅する! 民は喜ぶぞ!」


「父上、そんな公言やめてぇぇ!!」



講義が始まった。

僕は頑張って説明した。


「税金っていうのは、みんなの生活を支えるために必要なもので……」


「つまり若様が取るんですね?」


「取るって言い方が極端すぎる!」


「若様、それ全部パン代になりますか?」


「ならないよ!!」


リリィが手を挙げて補足した。


「でも若様、パンを配るのも領民の幸せですよね!」


「うん、でもパンを配るのは父上が勝手にやって破産しかけたから!」


「若様! 講義中に暴露しないでぇぇ!!」


セバスが静かに帳簿を開いた。


「現在の予算状況をスライド代わりに」


「現実見せないで! 子供の夢が壊れる!!」



講義の終盤、僕は思い切って話をまとめた。


「……だから、税金やお金は“みんなで守る”仕組みなんです」


「おおー!」

「若様、わかりやすい!」


父上が立ち上がって拍手する。


「素晴らしい! 感動した! 今の話を祝して祝典を開こう!」


「また!? もう祝う体力ないよぉぉ!!!」


リリィが嬉しそうに走り出す。


「パン焼きますねー!」


「やめろー!! 悪夢の再来だぁぁ!!」


セバスが紅茶を飲みながらつぶやいた。


「本日の講義、大成功ですな」


「セバス、それ成功の定義おかしくない?」


こうして、僕の“公爵領民講座”は混乱と笑いのうちに幕を閉じた。


……そして夜にはもう、「講義の記念祭」が企画されていた。

父上の行動力は、本当に経済の敵だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る