第36話​「友のため」

 ゴブオの「最期さいご挨拶あいさつをしにきた」という言葉に、僕の心臓は激しく波打った。


​「……最期さいごって、どういうこと?」


 僕はたずねた。ゴブオは大きく息を吸い込むとそれをフーッと一息に吐き出してから、重い口調で話し始めた。


​「実はここ数日、ものすごい数の冒険者が俺たちの集落を襲ってきているんだ」


​(ものすごい数の冒険者……コンのオーブを見つけた時にアナウンスされてたワールドクエストの関係かな……?)


​「そんな中で、俺たちの"父ちゃん"に宝物をくれた人から連絡が来たみたいなんだ。それで父ちゃんは『全員でこのオーブを返しに行く』って言ってるんだよ」

「返しに行く……」


 僕がつぶやくと、コンとソロモンさんもその言葉にピクリと反応した。


 きっと、コンとソロモンさんが首に掛けているオーブと同じものなんだろう。二人も真剣な表情で、ゴブオの話に耳を傾けている。


​「里の外には沢山の冒険者がいる。オーブを返しに行くのは命懸いのちがけで……多分、多くのゴブリンが死ぬ。だから俺は皆に、最期の挨拶をしに来たんだ」


​(なるほど……。行かないでと言っても、無駄だろうな……)


 ゴブオの目には、ただならぬ覚悟が宿っていた。


 ゴブリンたちにとってオーブを返すことは、何よりも大切な使命なのだろう。一族がほろぶリスクをとっても、それを成し遂げようとしているのだ。


 ……ゴブオの覚悟が放つ張り詰めた空気に、僕とコンはただ沈黙するしかなかった。


 その息苦しいほどの静寂せいじゃくやぶったのは、いつもの調子を崩さないソロモンさんの飄々ひょうひょうとした声だった


​「なんじゃそんなことか。それならワシがチョチョイと送っていってやろう」


 そのあまりに軽い口調に僕とコン、そしてゴブオも驚いてソロモンさんを見た。


「えっ、あんたは……? 人間くらいバカでかいフクロウ……もしかして『オークの守り神』かっ!?」


 ゴブオが、信じられないものを見るような目でソロモンさんを見つめる。


​「ホッホ、『オークの守り神』か。ワシはゴブリンたちからはそう呼ばれているのか」


 ソロモンさんは愉快ゆかいそうに笑った。


「以前までのワシならゴブリンに手を貸すなどあり得なかったが……これも何かのえんじゃ。マオの友に協力しようではないか」


​ ソロモンさんの言葉を聞いたゴブオはしばらく何かを考え込むように黙り込んだあと、記憶を噛みしめるように話し出した。


​「オークの守り神は空間を自在に操り、どこでも好きな場所に行けると聞いたことがある。……もし本当なら、ゴブリンにとってはとんでもなく良い話だ」


 そしてわずかな間を置き、決意を秘めた表情でソロモンに頭を下げた。


「頼む、オークの守り神さま。俺たちの力になってほしい。"父ちゃん"と話ができるように俺が案内するよ」

「ホッホ、任せなさい。さっそく向かうとしよう」




​ それから僕たちは、ソロモンさんのオーブでゴブリンの集落まで移動した。


 巨大な岩壁に沿って作られた、土と木の匂いが混じり合うゴブリンたちの大きな集落。

 かすかに遠くから、他のゴブリンたちのざわめきが聞こえてくる。


 ゴブオの案内で集落の中を進んでいくと、奥から一際ひときわ大きなゴブリンが姿を現した。ゴブリンの"父ちゃん"だ。


​ 父ちゃんはソロモンさんを見るや否や、ものすごい殺気さっきを放った。


 それは以前にうたげをした時の陽気な姿とは全く違う、歴戦の戦士の迫力だった。その気迫に僕は思わず身を固くする。


​「オークの守り神がこんなところに何の用よ? 昔のケリでもつけに来たんか……?」


 父ちゃんの低い声が巣穴に響き渡る。

 しかしソロモンさんはその威圧感を意に介する様子もなく、楽しげに話し始めた。


「ホッホ、遠い昔にオークの味方をしたこと、あれは世界樹せかいじゅを守るために仕方なかったのじゃ。今日はお前たちと争いをしに来たわけではない」


​ ソロモンさんが言葉を発した途端、父ちゃんは信じられないといった様子で目を見開いた。


「言葉が通じるとはこりゃ驚いたな。これは……マオの仕業しわざだな? まった末恐すえおそろしい奴だこと……。して守り神さん、俺たちゴブリンに一体何の用だい?」


 父ちゃんの視線がチラッと僕へと向けられる。一瞬目が合ってドキッとしたが、その視線はすぐにソロモンさんの方へ戻った。


​「ホッホ、なんてことはない。ワシのオーブでリリスの所に送ってやろうと思っての」


 そう言ってソロモンさんは首に掛けた水色のオーブを見せた。


 父ちゃんはそのオーブを見て、合点がてんがいったかのようにうなづく。


​「空間のオーブ……。やっぱしアンタもリリスヴェルから預かっていたんだな。……しかしな、オークの味方に助けてもらうような筋合すじあいはねぇぞ?」


 父ちゃんは冷たく言い放つ。

 その言葉にソロモンさんは「ホッホ」と楽しそうに笑った。


​「確かにワシはオークの味方じゃ。お主らが命懸いのちがけでオーブを返しに行ったとしても、それでほろびたとしても知ったこっちゃない……今まではな」

「今までは……?」


 父ちゃんが、ソロモンさんの言葉の真意を探るように問い返す。


​「ああ。今日のワシはオークの味方としてではない。としてここに来ている。……手を貸す理由としては、それで十分だと思うが?」


 ソロモンさんの言葉は、父ちゃんは大きく目を見開いた。

 そしてしばらく黙り込んだ後、突然「ハッハッハ!」と豪快ごうかいに笑い出した。


​「そうかい。マオの友かい。確かにそれなら、俺たちの友ってことにもなるなぁ……」


 父ちゃんの顔から殺気さっきが消えて、どこか安堵あんどしたような、以前会った時と同じ柔らかい表情が戻った。

 そして彼は、ソロモンさんに向かって頭を下げた。


「そういうことなら、頼むよ守り神さま。俺もできることなら息子たちを危険にさらしたくねぇんだ。……どうか俺たちゴブリンに、その力を貸してくれ」

「ホッホ、お安い御用ごようじゃ。友のために喜んで手を貸そう」


 ソロモンさんは父ちゃんの呼びかけに、力強く答えた。


(ホッ……うまく和解できたみたいで良かった……)


​ その時。横で成り行きを見つめていたゴブオが僕に話しかけてきた。


「マオ……本当にありがとうな。マオのおかげで一族がほろばずに済みそうだぜ」


 周りを見ると、他のゴブリンたちも皆、安堵あんどの表情を浮かべていた。

 命をけた絶望的な戦いに行くかもしれなかったのだから、当然の反応かもしれない。


(僕はただ、横にいただけなんだけどね……)


 ……でも、僕のスキルが彼らの命を救うきっかけになれたのなら、こんなに嬉しいことはない。


​ そして、ソロモンさんとゴブリンの父ちゃんが僕のことを「友」と呼んでくれたこと。

 それがなんだか、すごく嬉しかった。心の中に温かい光が灯るのを感じた。


「……で、リリスの奴は今どこにおるんじゃ?」

「ああ、それはな……」


 父ちゃんはそう言うと胸元から緑色のオーブを取り出し、ソロモンさんに見せた。


​「ふむふむ……オッケーじゃ。それではさっそく行くとしようか」

「ああ、ゴブリンで行くのは俺だけで良い。よろしく頼む」


 ソロモンさんは、胸の羽毛うもうに隠れた自身の水色のオーブをくちばしくわえ、目を瞑り集中し始める。


​ すると次の瞬間、オーブとソロモンさんがあわい光に包まれた。


 そしてゴブリンの父ちゃん、僕、そしてコンも同じく柔らかな光のまゆに包まれる。


 視界が真っ白に染まり、体がフワッと浮くような感覚に襲われる──。




​ ──そして光が晴れた時、僕たちはさっきまでいたゴブリンの集落とは全く別の場所に立っていた。

 どこかヒンヤリとした、冷たい空気が肌を刺す。


​(ここは……お城の中?)


​ 目の前には、荘厳そうごん玉座ぎょくざの間が広がっていた。

 黒曜石こくようせきでできたような立派な柱が林立りんりつし、深紅しんく絨毯じゅうたんが奥へと続いている。


 そしてその一番奥。

 一段高くなった玉座ぎょくざに、一人の女性がつやめかしく腰を下ろしていた。


​ ──夜空のような漆黒しっこくの髪に、ろうのように白く透き通った肌。

 深紅しんくの瞳はあやしく輝き、魅惑みわく的な笑みをたたえている。


 体にピッタリと沿う黒いドレスはその豊満ほうまん肢体したいを惜しげもなくあらわにし、僕の視線はいつの間にか釘付くぎづけになってしまう。


 圧倒的な存在感とあらがいがたい色香いろかを放つ、まさに魔王と呼ぶに相応しい女性だった。


​「なんじゃなつかしい顔が三人もそろって……。探す手間がはぶけたぞ」


 つややかな女性の声が、玉座ぎょくざの間に響き渡る。


​「ずいぶんご無沙汰ぶさただったな、リリスヴェル」


 ゴブリンの父ちゃんが旧友に会ったかのような口調で挨拶あいさつする。


「そうじゃのう、懐かしいぞゴブヘイ。それにソロモンと九尾もな……ん? その後ろにいるのは……冒険者か?」


 魔王さま――リリスヴェルが僕の存在に気がついた。


 僕の全身を射抜いぬくようなその視線。

 僕は咄嗟とっさに自己紹介をしなくてはと思い、なるべく大きな声で魔王さまに向かって話し出した。


​「はい! 僕はマオと申しま──」

「──死ね」


 自己紹介の声をさえぎるように、魔王さまが突然僕を指さして言った。

 その直後、指先から漆黒しっこくの光線が発射され、僕目掛けて一直線に迫ってきた──。

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