第3話 魔法の森へ

 ティータイムを終えた5人は、魔法の森に向かって歩き出した。

道を歩く中でも、ハクは常に気を張りっぱなしで片時も気の緩みを見せない。

自分の調子が狂っているからこそ、いつもの何倍も周囲を警戒しているようだ。

そんなハクの肩をポンと叩き、デュネルはささやくような、けれどハッキリした声で言った。

「ハク、あんま気ぃ張りすぎんなよ。ずっとそんなんじゃ、疲れちまうだろ。なんかあっても大丈夫だ。オレもグレイシアもいる。だから、肩の力抜け」

「デュネル…。…そうだな。何かあったとしても、全て丸投げして逃げるとするか」

「いやそこは一緒に背負ってくれよ!恨むぞ!」

「悪かった。さすがに冗談だ。…ありがとうな」

「おう。あんま無理すんなよ」

「ハクとデュネル君、仲良いわね〜」

「まぁな」

「なーんか気が合うというかな〜、絶対ツッコんでくれるから安心感があるんだよなぁ」

「ハクは根っからのツッコミ役だからね〜」

「いや、疲れるからここはランディに任せる」

「ハク様ぁ!?この量をぼく1人でさばききれって言うんですか!?」

「あはは!ランディ頑張れ〜」

「ピュートー!他人事すぎるでしょ〜!」

「ははっ、安心してくれ。ちゃんと私もツッコむし、サポートもするからな」

声を上げて笑ったハクの笑顔を見て、グレイシアもこぼれる笑みを抑えることが出来なかった。

「今日のハク、何だかいつもより感情豊かで楽しそうね。見ているこっちまで嬉しくなるわ」

その言葉を聞き、嬉しそうなグレイシアの声とは正反対にハクの表情は曇った。

「すまないな…。いつもはある程度感情制御をしているのだが、最近は色々なことに神経を使わなくてはいけなくて…。そこまで手が回っていないんだ。だから、いつもよりリアクションが大きくなってしまうと思う」

「謝ることじゃないわよ。リアクションが大きい方が、話してる方も楽しいからね。たまにはいいんじゃない?感情も思ったことも全部出しちゃって。ほら、肩の力抜いて。ね?」

グレイシアのニコニコとした笑顔を見て、ハクも頬を緩めた。

「…そうだな。たまには、こういう日があってもいいのかもしれないな。ありがとう。グレイシア」

「えぇ。ハクが笑ってると、私も嬉しいから」

ハクとグレイシアが顔を見合わせて笑っていると、ランディがグレイシアに問いかけた。

「グレイシア様、魔法の森って、どうやって行くんですか?」

「『森に行きたい』と思いながら、悪意を持たずに歩いていれば自然にたどり着くわ」

「…ん?それ、オレ入れなくね?」

「大丈夫だよ!デュネルはぎぞくっていう、悪くないドロボウなんでしょ?優しいから大丈夫だよ!」

「悪意を持って盗みを働いているわけではないだろう?」

「デュネル君は良い存在ひとって知ってるから大丈夫よ!」

「仮にもし森に入れなかったとしても、ぼくも一緒に森の外で待ってますから!」

「…前々から思ってたけど、お前らオレに優しすぎじゃない?オレドロボウだってこと知ってるか?」

「君がドロボウだということも君の生き方も知っている。そもそも、本当の悪人なら誰にでも優しくしたりしないだろう」

「お前らなぁ…いつか詐欺に遭わねぇかマジで心配だわ」

「詐欺に遭っても、デュネル君が全部取り返してきてくれるでしょ?」

「当たり前だろ任せとけ。裏社会の上下関係ぶっ壊してでも取り返してきてやるわ」

「ありがとう!」

「心強いです!」

「お前ら…ホントにオレを困らせる天才だなぁ。そんな顔で感謝されたら、もう悪いことできねぇじゃねぇか」

苦笑いしているデュネルの肩に、ハクは手を置いた。

「君は何も、悪くないだろう?君の優しさも生き方も、分かっているつもりだ。デュネルは、デュネルのままでいい」

「あのなぁ…泣かせにきてんの?ならもうちょいムード作ろうや」

「泣かせるつもりはない。正論だ」

「ドストレートに言ってんじゃねぇよ。こっちが恥ずかしくなるわ」

デュネルが照れ隠しにハクの肩を軽くこづき、ハクが何をするんだ、と口を尖らせる。

そんなハクとデュネルを見ながら、グレイシアたち3人は顔を見合わせ笑った。

そうこうしている内に、いつのまにかハクたちは濃い霧に包まれていた。

「はぐれないよう、手を繋いでおこうか。全員、ちゃんと繋がったか?」

「大丈夫!ランディの手、あったかいね!」

「ピュートもだよ。さすが子供体温」

存在ひとのこと言えないでしょ!」

「久しぶりに子供と手ぇ繋いだわ。ランディって確か10才だろ?子供の手ってこんなに小さいんだなぁ」

「デュネル様の手が大きいんですよ!」

「グレイシアの手は細くて温かいな」

「ハクの手が冷たすぎるのよ!猫って体温高いんじゃないの?」

「普通はな。ただ、私は平均体温が35,8度だから何とも言えない」

「ひっく!普通36,5とかじゃねぇのかよ!」

「前から思ってたけどさ、ハクって全然猫っぽくないよね。猫背じゃないし熱いもの平気だし」

「それは私が1番分かってる」

「ハクも自覚してるのね…」

「…あ!なんか森みたいなのが見えてきました!」

「ついたみたいね。何だかこの感じ、久しぶりだわ〜」

森に足を踏み入れたハクたちは、森の美しさに圧倒された。

実体のない光蝶たちが辺りを飛び回り、木々の間から差し込む木漏れ日が少し荒れた森の小道を照らす。

「綺麗だな…。こんなに美しい場所を見ていると、不安な気持ちも全て忘れられそうだ…」

「言ったでしょう?この場所は本当に綺麗なのよ。…行きましょうか」

グレイシアを先頭に、ハクたちは森の奥に進んだ。

しばらく歩くと、赤茶色の髪色をした、年を取った女性の魔法使いが切り株に腰かけていた。

「こんにちは。私はグレイシアというものです。この森に、運や占いについて詳しい魔法使いはいますか?」

「運に占い…かい?そうねぇ…あぁ、ユムだ。黒髪のユムがいるよ」

「黒髪の、ユム?」

「ユムは15才の魔法使いでね。この森に住む魔法使いの中で、唯一の黒髪の魔法使いなんだ。ユムは、12才の弟と2人暮らしをしているんだよ」

「15才なのにか?親は?いねぇのか?」

「亡くなったんだ。ユムが9才、弟が6才の時に、不幸な事故でね。そこからずっと、ユムは1人で弟を育てているんだ」

それを聞いた瞬間、ハクの目が明らかに見開かれ、気配が大きく揺らいだ。

デュネルとグレイシアだけではなく、ランディとピュートも気がつくほど、大きく。

「ユムの家は、この森の1番奥にあるよ。用があるなら行ってみな」

「ありがとうございます。助かりました。…ハク、行きましょうか」

ハクは無言だった。

情報をくれた魔法使いに深々と一礼し、グレイシアのうしろをついていく。

その顔の感情は全てが消えていて、そこにいるはずなのに気配すらも読み取れない。

何も言わないハクに、グレイシアもデュネルも何を言えばいいのか分からなかった。

ハクは基本真顔でいることが多い。

けれど、少なからずその表情にはほんの少しの感情が出ている。

けれど、今のハクは違った。

意図的にか無意識にか、全ての感情が顔から消えている。

気配も感情も読み取れないせいで、ハクが何を思っているのかが全く掴めないのだ。

グレイシアとデュネルが、目線で相談していたその時だった。

「ハク様…大丈夫ですか?」

「なんか…なんかハク、消えちゃいそうで怖いよ…」

堅く握りしめられていたハクの手を、左右からランディとピュートが握る。

その瞬間、ハクの気配は全て元に戻った。

「ん?あぁ、すまないな。少し、昔のことを思い出していただけなんだ。気にしないでくれ。大丈夫だから」

ハクは笑った。

けれど

「ハク…笑ってないよ」

「え?ピュート、なんで急にそんなこと…ハク様、こんなに笑ってるのに…?」

ランディに問われても、ピュートは不安そうにハクの手を握ったままハクから視線を外さない。

いつもと様子が違うピュートに、ハクは思わずグレイシアの方を見た。

グレイシアも、驚いたような顔をしながらピュートを見つめている。

「絶対笑ってない。ハク…泣きそうな顔してるよ。どうして隠すの?どうして、1人ぼっちで耐えようとするの?」

「…!ピュート…」

心の内を見透かされたような気持ちになり、ハクは驚きを隠せなかった。

そういえば、ピュートは初めて出会った時からこうだった。

普段はとても元気で明るくて小さなことは見落としそうになるのに、ふとした拍子に誰よりも鋭くなる。

これは…そろそろ本腰をいれなければならないな…。

「…心配してくれて、ありがとうな。だが…私は本当に大丈夫だ。だから、そんなに不安そうな顔をしないでくれ。ピュートが悲しい顔をすると、ピュートの主…グレイシアが怒るんだよ」

「失礼ね!そう簡単に怒ったりしないわよ!でもハク…確かにちょっと元気はないように見えるわよ…?」

「気のせいだろう。私は平気だ。ほら、早く行くぞ」

「わー!ちょっとハクー!背中押さないでよ〜!」

「ハク、道分かるの?」

「分かるわけないだろう。ここに来るのは初めてなんだから、土地勘も何もあったものではない」

「平然と言わないでくださいよ!」

「お、おいハク!どこ連れていく気だよ!?」

「気の向くままに散歩というのも、なかなか悪くないだろう?」

「それで迷子になったら元も子もねぇだろうがよー!」

あれやこれやと喋っている間に、4人ともいつのまにかさっきの話題を忘れてしまっていた。

ハクは話をすり替え、話題を変えるのが上手い。

要は、自分のペースに乗せるのが上手いのだ。

今は違えど、ハクは元忍。

相手を自分のペースに乗せる程度なら、誰であろうと問題ない。

(全く…こんなことばかり上達しても、何も嬉しくないんだがなぁ…)

ハクはそんなことを思いながら、狂った調子に身を委ねた。

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