新編 彼女たちの今そこにある危機 (生活シリーズ③) 🅽🅴🆆!

✿モンテ✣クリスト✿

第1話 安藤架純

 千葉県立船橋KM高校は、バスケットボール部が弱小だった。部員は8名しかおらず、控えは3名だけ。しかし、バスケ部1年の野崎有栖(アリス)は、安藤架純に目を付けていた。


 架純は、一見するとただのメガネっ子で科学オタク。眼鏡は度の入っていない伊達メガネで、計算された外見だった。だが、科学オタクは本物で、物理化学部の副部長を務めている。幼馴染のアリスは、架純が優れた運動神経を持っていることを知っていた。


「お願い、かすみん!今日だけ!どうしても人数が足りなくて」


 アリスは嫌がる架純を、半ば強引に控えメンバーに入れた。これで部員は9名。相手はインターハイにも常連で、強豪の県立船橋H高校。だが、KM高校はなぜか善戦していた。


 そして、最後の第4クォーター。疲労でメンバーが続々とベンチに戻る中、部長は残った控えの架純を投入。175cmの長身に最後の望みを賭けた。


 スコアは80対95。コートは汗と熱気で蒸し暑く、バッシュが床をこすれる「キュッ、キュッ」という音が耳に張り付く。ベンチからそんな奮闘を眺めていた有栖は、意を決する。部長!私も出して下さい!架純のサポートします!と自分から名乗り出た。交代したアリス。しかし、架純は、


「はあ、めんどくさ」


 まるで買い物のついでにでも来たかのように、架純は気の抜けた声でつぶやいた。彼女は、当然のようにセンターラインから下がって守備に回ろうとする。だが、そんな彼女の思惑をよそに、有栖はドリブルで切り込み、迷うことなく架純にボールをパスした。


「え、私?」


 パスを受けた架純が戸惑いの表情を浮かべた瞬間、H高校の選手たちが一斉にボールを奪いに殺到した。その目に浮かぶのは、細くてひょろいメガネっ子を嘲笑する色。


(あら、私をバカにしてるの?)


 ムカッと胸の奥が熱くなった。架純は迫りくる選手たちを気にも留めず、ラインの外から無造作にボールを投げた。ふわりと描かれた弧は、吸い込まれるようにネットをくぐった。「バスッ!」という乾いた音が、静まり返った体育館に響き渡る。


「え……?」


 H高校の選手たちが、呆然とゴールを見つめる。まさか、と誰もが顔を見合わせた。だが、その一人が「まぐれじゃない!」と叫び、架純からボールを奪おうと再び殺到する。


「あーあ、しつこいな」


 架純は面倒くさそうに、ボールを奪おうとした選手の手をひらりと避け、後ろ手にパスを出すような動作で、再び3ポイントラインの外からシュートを放った。バスッ!


 今度は、両校のベンチからも「マジかよ……」という声が漏れた。スコアは86対95。まだ、9点差。だが、この奇妙なムードは、点差以上に重い。


 続くプレー。ボールを受けた架純は、まるでバスケのルールに興味がないかのようにドリブルでゴール下に切り込むと、敵選手を跳ね飛ばすようにして跳び上がった。そして、周囲の静寂を切り裂くように、力強いダンクシュートを叩き込んだ。


「ええっ!?」


 ゴールの揺れる音、観客の驚愕の声、そして呆然と立ち尽くすH高校の選手たち。架純の快進撃は止まらなかった。まるで別人のように、彼女は次々とダンクシュートを決めていく。

バスッ、バッシュ、ダンッ!

三本目、四本目。スコアは94対95。点差は、わずか1点。


(もう、これで終わり)


 架純はそう心の中でつぶやくと、無造作にマークを外れていた有栖にボールをトス。有栖は、驚きながらも迷わずシュートを放った。カキン、とリングに当たったボールは、そのままネットに吸い込まれていく。バスッ!


96対95。


 弱小校KM高校が、強豪H高校に勝利した。


 試合後、バスケ部の部長や顧問の先生が、架純を囲んで必死に勧誘した。

「安藤!お前、入部しろ!」

「キミの力を貸してほしい!」


 だが、架純は面倒くさそうに首を横に振ると、

「物理化学部、副部長なんで」

と言って、そそくさと部室へ戻っていった。その後ろ姿を、有栖は笑いながら追いかけていくのだった。

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