6月

6月1週目「取り替えの始まり」

6月2日「このぉ、変態っーー!!」

最近、雨の日になると、俺、一ノ瀬湊の傘はなくなる。

なぜなら――同じクラスの女子が取り間違えるからだ。


そして、今日も案の定、昇降口の傘立てに、俺の薄灰色の傘はなかった。柄の部分が少し削れているやつ。あれが俺の相棒なのに。


「……ほらな」


俺は昇降口を出て、すぐ横を横目で確認する。

やっぱりそこにいた。


飯塚雨音いいづかあまね――。

クラスの中心にいて、男女問わず人気者。俺とは正反対の存在の奴だ。


「……あれ?また湊君の傘だった?」


のほほんとした顔で、俺の傘を手にしている。


「いや、“また”じゃないです。毎回ですよ」


「だって似てるんだもん。ほら、色とか柄とか……。っていうか、私そもそも傘持ってきたっけ?」


「そこからですか!?」


ため息しか出ない。


「まあまあ、いいじゃん。……で?どうする?私の傘、ないけど?」


傘の柄を人差し指にのっけながら、にやりと笑う。


「まさか……」


「そう。相合傘♪」


心臓が一拍、変なリズムで跳ねた。

冗談みたいに軽い口調なのに、俺だけ妙に意識してしまう。


「いや、この前も一緒に帰りましたよね?何が目的なんですか。陰キャいじめ?」


「違うって。むしろ共存を目指してるんだよ?クラス委員として!」


そう言って胸を張る。そう、こいつはクラス委員までしているめちゃすげえ陽キャだ。


「……」


「それにね、もし私の誘い断ったら……。みんなの前で『誘いを断られた~』って騒いじゃうかも」


小悪魔みたいに笑った。


(やば……。あいつの親衛隊に目をつけられたら命が危ない……。てかそれをわかって...。)


「……わかりましたよ。今日だけですからね。」


結局、俺は飯塚雨音とひとつの傘に入ることになった。


肩が触れそうで触れない距離。

雨の匂いに混じって、ほんのりシャンプーの香りが漂う。変なことを考えないようにしているが、この陽キャ美人野郎が隣にいると思うと、変に意識してしまう。


「今日の理科の小テスト、難しくなかった?有効数字とか、マジ意味わかんなかったんだけど〜」


「……そうですね。」


やばい。話が頭に入ってこない。心臓の音がやたらうるさい。


「ねえ、なんかぼーっとしてない?……って、あれ?鼻をクンクンさせて……」


飯塚雨音の目がまん丸になる。


「もしかして……私の匂い嗅いでた!?」


「ち、違います!断じて!」


「このぉ、変態っーー!!」


叫ぶと同時に、飯塚雨音は俺の肩をものすごい勢いでどつき、顔を真っ赤にして駆け足で家に帰っていった。


……最悪だ。完全に変態扱いじゃないか。事実だけど。

梅雨なんて嫌いだ。アイツのことも、嫌いなはずだ。


でも。

あんなふうに感情むき出しで俺にぶつかってきてくれた人は、高校でアイツが初めてかもしれない。

教室ではいつも明るくて人気者の彼女が、今はただの「一人の女子」として俺の前にいた。


――嫌いだと思っているのに。なぜか今日は少しだけ、胸の奥が温かくなるのを感じていた。

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