第9話 ギャラリー

「ギャラリー」


睡蓮池が騒がしい。

こどもが甲高い声出して、池の方を指さしている。


近付いて見ると、テニスボールより小さいくらいの子ガモがいる。

睡蓮の丸い葉の間、上を、子ガモが動き回っている。

丸く小さい体がくるくるころがるように池の中を行く。


近くには母ガモが見守る。

子ガモを見る目は優しくとも、いつもの目ではない。

少し険しくなっているのがわかるほど、目は鋭い。

目のまわりの色が、いつもより濃く見える。


子ガモの背中に、白く八の字。

大きくなれば立派な翼になるのだろう。

写真を撮る。 そして、描く。


池の底から、カメも顔を出す。

子ガモはカメとぎりぎりのところを行く。

懸命に体をコロコロ揺らして進む。

ピィピィだか、ピョピョだか、声が可愛い。


子ガモの目まぐるしい動きに、私はいっしょに池の周りを

ぐるり一周する。学校のプール程度の大きさだ。


池のそばには、じぃ連合(ベンチに集う老年の御仁たち)

目を細めて眺めている。

自称カルガモ観察家。 小型犬散歩途中のお姉ぇ。


誰もが、皆、それぞれが今直面している問題を打ち忘れて、眺めている。

私は、池でコロコロ動く子ガモと慈愛の母ガモを描いて

満ちた思いでいる。


次の日、いなくなっていた。

あのテニスボールはどこ行った。

遠くへ歩いて行ったのか、どうなのか。


顔見知りになった、おばさまに、声かけられる。

─昨日、カラスにやられちゃったみたいよ─、と。


ギャラリー〈観衆〉は、人だけとは限らない。


母ガモは、ひとりになってしまっていた。


どこにいても、どこにあっても、油断できない。

つつがなく過ごせることは、あたりまえではない。


今日は三三五五集まっては散っていく人を見ていた。

手には、何も描いていないページのままで。



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