第47話 お嬢様の作戦ミス
俺は次の日、金曜日の午後六時十分前に青山の駅に着いた。電車を降りて地上に出ると道路脇に車が停まっている。多分社長のお嬢さんが乗っている車だろう。
そう思って近づくと後ろのドアが開いた。
「お待たせしました」
「待ってなんか無いわよ。まだ五分有るじゃない」
日本語大丈夫かこの人。
「今日は何処に連れて行ってくれるの?」
「付いて来て下さい」
「またそれなの。何処に行くか位教えなさいよ」
「着いてからの楽しみという事もあります」
「気に食わないわ」
「では、今日の夕食は中止という事で」
「誰も中止だとは言って無いわよ。付いて行くわよ。付いて行けばいいんでしょう」
駄目だ。煽っても効果無さそうだな。彼女はセキュリティに帰る様に言うと俺の傍に来た。
青山の駅から三分程歩くと天婦羅が中心の和食屋がある。天婦羅と言ってもスーパーなどで売っている物とは全く違う。油が口に残ったり胃もたれなんか絶対にしない。
ドアを開けると直ぐに女将が
「いらっしゃい。剣崎さん」
そうここは我儘涼香と何回か来た店だ。顔は商売柄覚えてくれているらしい。八人程が座れるカウンタの端の席に座ると仲居さんが水と手拭きを持って来た。
メニューはお任せだ。目の前で揚げてくれる。調理場の後ろは窓ガラスで小さな日本庭園が見える。
「理香子さんは何を飲まれます?」
§浅井理香子
今日は天婦羅か。それも相当に上品な所だ。カウンタにもう一組座って居るが、気品のある男女だ。
今日は少し従順な顔でもしてやろう。この男のどこかに付け込む隙を見つけないと言われっぱなしになる。
「今日は俊樹さんにお任せします」
「では、最初はビールで良いですか?」
この人ビールは飲みそうにない雰囲気だ。どう出るかな?
「はい、ビールで結構です」
私がビール好きって何処で知ったのよ。
仲居さんにビールを頼むと直ぐに持って来た。ラガーの瓶ビールだ。仲居さんが俺と理香子さんのグラスに注ぐと
「今日も楽しく食事をしましょう」
「はい」
そう言って彼女は口をグラスに当てた。不味そうな顔をするかと思いきやグラスに入ったビールを一気に半分ほど飲み干した。嫌いじゃなかったのか。
「美味しいですね」
「それは良かったです」
俺も一口付けると目の前にいる料理人に
「お任せで」
「はい」
後は、細かく言わなくても出てくる。俺はもう一回グラスに口を付けた所で彼女のグラスは空いてしまった。仲居さんが注ごうとすると手でそれを遮って
「俊樹さん、注いで貰えますか?」
「いいですよ」
ビール好きだったとは。
最初の一品が皿に置かれた所で俺のグラスが空になると仲居さんが注ごうとしてやはり彼女が手でそれを遮って
「私が注ぎます」
そう言って、俺のグラスに注いでくれた。泡を立てずに注いで最後だけ少し泡を出す。手馴れている。
「理香子さんはビールが好きなんですね」
「はい、ただお腹が膨らむので最初だけです」
ビールが終わると白ワインを頼んだ。天婦羅を食べながら
「俊樹さんはお休みの時は何をなされているの?」
「部屋で休んでいます。普段帰宅が遅いので」
「お食事とかどうなさっているの?」
突っ込むな。
「適当にしています。Yuberを頼んだりしていますね」
「そうですか。…私が作って差し上げましょうか」
おいおい、会って二回目なのに凄い事を言い出したぞ。
「それは結構です。理香子さんにわざわざ来てもう訳にはいかないですし、男部屋なので汚いですから」
いつも麗子が綺麗にしてくれているので嘘だけど、来ない方に仕向けないと。
「私が行って綺麗にしますわ」
「いや、遠慮しておきます。まだ会って二回目です。お互いを何も知らないのにそう言う事をされるのは困りますから」
「私は構わないんですけど…」
今日はどうしたんだ。この前の様な我儘娘じゃないじゃないか。
「とにかく、今は結構です。それより理香子さんはお休みの時は如何しているんですか?」
「習い事です」
「習い事?」
「はい、お茶、お花、踊り、ピアノ、バイオリン、諸事作法他に料理なども」
「それって土日だけでは無理ですよね?」
「はい、仕事はしておりませんので、主婦見習いという所です」
なるほど、生粋のお嬢様という訳か。
「ですから、俊樹さんのお世話も出来ると思います」
そっちの流れで来たか。
「すみません、一人で休みはゆっくりとしたいので」
「そうですか」
この男の部屋に行けばボロがいくらか出て来ると思ったのにガードが堅いな。
「理香子さん。それより趣味とかは?」
「はい、乗馬です。お馬さんは大事にしてあげると本当に良くなついてくれますし言う事も聞いてくれます」
「乗馬ですか。俺には分からないですね」
「ふふっ、私の趣味を押し付ける気は更々ありません。私は俊樹さんの趣味に合わせます」
「そうですか。でも残念ですね。俺は趣味を持っていないので。学生の頃から勉強と研究しかしていません」
「知っております。帝都大学で量子エレクトロニクスを専攻して博士号をお持ちですものね。そして全日本空手道連盟公認四段の腕前」
「理香子さんの立場ではそんな事は当たり前に知っていましたか」
「はい、私が見染めた方ですから」
おい、今何と言った。この人の頭の中では俺は既定路線に乗っているという事か。不味いな。何とか嫌われないと。こんなお嬢様と一緒になる気なんて更々ないからな。
しかし、今日の理香子さんは控えめで従順な素振り一辺倒だった。そして二人で白ワインを空け、お任せも最後の料理がで終わった所で、
「俊樹さん、お願いです。この後は私をバーに連れて行って下さい。もう少し俊樹さんと一緒に居たいのです」
帰らされる前にカウンターを入れてやった。どうするの?
そういう手で来たか。仕方ない今日は連れて行くか。天婦羅屋の女将にタクシーの手配をして貰い、来た所で天婦羅屋を出た。
行先は涼香と行っていたバーではなく乃木坂にあるバーだ。タクシーから降りた理香子さんをバーに連れて行くと
「素敵な所ですね。楽しみにしています」
何を楽しみにしているんだ。
彼女にはアルコールの薄いモスコミュールを頼んであげた。下手に酔われたら困ってしまう。
俺はジャックのハイボールこれなら俺も酔う事は無い。
天婦羅屋の続きを話すのかと思ったら
「俊樹さんは女性の経験ありますよね」
いきなり凄い事を聞いて来たな。
「まあ、この歳ですから」
「ふふっ、良かった。私もこの歳ですけどまだ未経験なんです。だから安心して委ねられますね」
「理香子さん、大分酔っていますね。これで帰りますか?」
「嫌です。今日はしっかりと心に決めて来ましたから」
ふふっ、これでどうでるかな、この男は。
今迄の男は私が社長のお嬢様と言う目でしか見てなかったから、全く興味を持てなかったけど、いずれは私の夫にする男。少し先行投資しても良いだろう。そこからこの男の隙を見つけられれば。
「理香子さん、帰りましょう。酔い過ぎていますよ」
「嫌です」
「駄目ですよ。私は酔っ払いのお嬢さんの子守をする気は無いので」
こっちが下出に出ればいい気になって。
「そっ、それでは帰りましょう。女の手解きも出来ないような男にこの身を委ねる気は有りませんので」
結局、バーでグラスに注がれたお酒を半分も飲まないで外に出た。タクシーをスマホアプリで呼ぶと、そのまま一人で乗せて帰って貰った。どうせ酔ってはいない。
しかしあのお嬢さん、俺がホテルに行きますかなんて言ったらどうするつもりだったんだ。
でもこれでもう俺を誘って来る事もないだろう。あんな啖呵切ったんだ。
§浅井理香子
あの男許さない。お父様に言い付けて何が何でもあの男のマンションに行ってボロを見つけてやる。
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皆様の☆☆☆が投稿意欲のエネルギーになります。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。宜しくお願いします。
新作を投稿しました。
「モテない俺の恋愛事情 彼女に振られた俺が静かにしていたら学校一の美少女が俺に近寄って来た」
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