第45話 社長の娘


 §剣崎俊樹が務める会社の社長宅

「理香子」

「なに、お父様?」

「今度会ってほしい人間がいる」

「またお見合いのお話?叔母様の話は断って下さいと言っていたのに」

「いや、違う。うちの会社の社員で剣崎俊樹という男がいる」


「知っているわよ。AI支援機能付きFMRIを世に送り出して、直ぐにシリーズ化も進めた、お父様の会社の天才でしょ」

「知っているなら話は早い。会って見ないか?」

「お父様がどうしてもと言うなら会うけど、気にいらなかったらその場で話は終わりだから」

「ああ、それでいい」


 どうせ、偏屈な眼鏡でも掛けて学者面した男だろう。お父様のお願いだから一度は会うけどどうせ期待なんかしない。


「ところでどうやって会うの?私が会社に直接行く?」

「そうだな。今度の金曜日の夜に二人で食事でもしたらどうだ」

「初めての男でしょ。いきなり食事なんて出来ないわよ」

「相手を見てからでいい」


 娘は剣崎君の容姿を知らない様だ。社内でも女子社員に人気がある。私も何度か見ているが背の高いしっかりした顔立ちの男だ。娘も今の言葉が失言だったと分かるだろう。



 俺は月曜日の朝、出勤するとセクレタリの香坂さんがいなかった。資料の整理は駄目だが、俺のスケジュール調整とかはしっかりとやってくれている。月曜日の朝、いないのは不味いな。


 そんな事を思いながら部長室に入ってPCを立ち上げていると金子さんがやって来て

「剣崎部長、香坂さんは体調不良の為、お休みです。今日だけ私が剣崎部長のセクレタリをします」

「本人から連絡が有ったのか?」

「はい」

「そうか、それでは宜しく頼む」

 珍しいな。彼女は俺のセクレタリになってから一度として休んだ事など無かったのに。



 午前中の三つの会議を終わらせて部長室に戻って来てPCを見ると重要メールマークが表示されている。


 俺は、本部長以上からのメールには直ぐにアラートを出す様に設定しているからだ。直ぐに送信元を見ると、えっ!浅井社長からだ。急いでメールを開くと


『医療DX企画本部企画部長剣崎俊樹。

 私の娘の理香子が金曜日の午後五時に一階で君を待っている。会った事は無いだろうが行けば直ぐに分かるはずだ』


 なんだこれ?社長が自分の娘に会えと言って来ている。これって片桐専務が言っていた事なのか。しかし社長直々にメールとは。


 俺が、読むと同時にメールボックスから消えた。なるほど残留させない為か。社長の命ではプライベートな事であっても無視する事は出来ないな。




 翌日から香坂さんは出社したが元気がない。これでは資料作成は頼めないな。金子さんに頼むか。


 しかし、俺にスケジュールの事を言って来る時、何故か一度俺を睨む様な目で見てから話しを始める。どうしたんだ?我儘涼香のご乱心か。



 そして金曜日になった。午後五時前にセクレタリの香坂さんに

「今から出かけて来る。戻っては来ない」

「分かりました」


 俊樹さんがこんなに早く出かけて行った。スケジュールには何も入っていない。金曜日私と会わなくなってから遅くまで仕事をしていたはずなのに。まさかあの女と…。



 俺は一階のゲートを通ると明らかに社員ではない女性が立っていた。男性が一人一緒にいる。

 でもこの人とは限らない。ゲートから少し離れた所で待っていようと思っていたらいきなり声を掛けられた。


 §浅井理香子

 私は、お父様の言い付けで会社の一階のゲート前にいる。顔を見た事も無いから分からないが、後ろにいるセキュリティから

「お嬢様、あの方が剣崎俊樹部長です」

 

 後ろから小声で教えられた。私の描いていたイメージと全く違う。身長は百八十センチは超えているだろう。濃い眉毛で少しきついがしっかりと前を見る目。とんでもなく男を感じさせる人だった。だから


「剣崎俊樹さん?」


 彼は一瞬、怪訝な目で私を見た後

「浅井理香子さんですか?」

「はい」


 驚いた。私を知っている人は、大体が社長のお嬢様と言うのに。でもこの人は私の名前をはっきり言った。


 私は傍に居たセキュリティに

「お前はここまででいい」

「畏まりました」


 セキュリティが立ち去った後で

「剣崎さん、お父様の言い付けで参りました」

「行きましょうか」


 行先も言わずに私を連れて行こうなんて、なんて男なの。でも印象が違った分、付いて行っても良いか。いきなり手は出さないだろうから。



 俺は本社ビル前に停まっているタクシーに社長の娘さんを乗せると渋谷にあるイタリアンレストランに向かった。


 車内では一言も話さなかった。相手がどんな人間かも分からないのに話す気にはならない。


 §浅井理香子

 普通なら私の機嫌を損ねないように気を使って来るのに、この男はさっきから何も話さない。どういうつもりなのよ。調子が狂ってしまうわ。


 俺はタクシーを降りて彼女をイタリアンレストランの中ににエスコートした。室内はしっかりとしたイタリアンカラーで彩られている。

 予約をしてあったので、俺の名前を店員に言うと直ぐに案内してくれた。


 彼女が店員に椅子を引かれて座った。片桐専務は気が強いと言っていたが、思ったより従順について来たな。

 どこかで文句の一つも言えば、この夕食も食べなくて済んだのだが。


 店員が寄って来て水の入ったグラスとメニューを置いて行く。彼女を見ると

「何も言わずにいきなりイタリアンレストランに連れて来るなんてどういうつもりよ?」

「イタリアンは嫌いですか?」

「嫌いじゃないけど」

「では、食事にしましょう。お腹が空いていると人間は怒りやすくなります」


 なんか調子が狂う。いつもなら私がリードするのに。まあいいわ。一緒に食べてやろうじゃない。


 注文を頼んだ後、私は目の前に座る男に

「今日はどういうつもりで私に会ったの?」

「社長の命によるものです」

「そう、それではこれは仕事なの?」

「違います。プライベートです。仕事の話はしませんから」

「ふうん。私と食事をしたのはお父様が命令したからか。私もお父様からお願いされてあなた会った。これで今日の食事の理由は成立ね」

「はい」


 なるほど、何とか自分が会話の主導権を握ろうと必死なのか。まあいい。俺に呆れて今日だけで終わるだろう。


 しかし、注文の品も来てイタリアンワインも二人で一本開ける頃になると


「俊樹さん、あなた、これからも毎週金曜日、私と会いなさい」

「申し訳ありませんがお断りします」

「何故なのよ。私はあなたの会社の社長の娘よ。私の言う事は絶対よ」

「何を勘違いしているか分かりませんが、私は理香子さんと仕事上の繋がりは一切ありません。命令形であなたから会えと言われる筋合いはない」


 なんて男なの。いままで紹介して貰った男なんてここまで言えばはいはい言って来たのに。

「じゃあ、どうすれば会ってくれるのよ?」

「それはあなた次第です」


 いい加減に諦めろと言ってやりたいが、社長の娘だ。こちらから言う訳にはいかない。でももうすぐ諦めるだろう。


 何故か、十分位、黙って食べたり飲んだりしていた目の前の女性が

「分かったわよ。素直に言うわ。私が会いたいの」

「何故ですか?」

「あなた、そこまで私に言わせるつもり?」

 勝手に怒れ。


「もう、仕方ないわね。あんたが好きになったのよ。これでいい」

「一回会っただけなのに?」

「いいじゃない。好きになるのに回数なんか関係無いでしょう」


 作戦失敗か。断る訳にも行かないし。

「分かりました。それでは毎週金曜日お会いしましょうか」

「ところで、この後はどうするの?」

「帰りましょう」


 何なのよ、この男は!まあいいわ。今の内よ。絶対に跪かせて見せるから。


―――――

皆様の☆☆☆が投稿意欲のエネルギーになります。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。宜しくお願いします。

新作を投稿しました。

モテない俺の恋愛事情 彼女に振られた俺が静かにしていたら学校一の美少女が俺に近寄って来た」

https://kakuyomu.jp/works/822139838042275716

読んで頂けると嬉しいです。

宜しくお願いします。

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