第19話 匿名の手紙


 俺と優が関係を持って以来、土曜日午前中に優の所に行ってその日は泊り日曜日の午前中に自分のマンションに帰るという事が習慣になって一ヶ月が経った。


 彼女は

「俊樹、一緒に住まない。そうすればあなたの生活全部面倒見れる。お仕事が忙しくても食事の心配も家事の心配も無くなるよ」

「有難いけど、もう少し今の関係を続けたい。優といるととってものんびり出来て心地良いんだけど、自分が何も出来ないダメ男になりそうで」

「ふふっ、いいじゃない。俊樹をダメ男にしたいの」

「それは勘弁して…」


 優がいきなり抱き着いて来た。読んでいた本を横に置いて背中に手を回すと思い切り口付けをして来た。


 あの時が初めてだった彼女だけど、思ったより好きな様だ。夜だけでなく昼間でも求めて来る。中々奔放な女性だ。



 仕事の方は上手く行っている。今迄、ソフト側、機器側で個別テストをしていたが、それも終了してもうすぐソフトウエアと機器の結合テストも始まる。それが終われば統合テスト、そして臨床試験に入る。


 市場に出るのはまだ先だが、もうすぐ医療機器の臨床試験の申請を厚労省にする予定だ。成功すれば医療業界に対するインパクトはいい意味で大きいだろう。


「俊樹、ねえ」

「うん?」

「やっぱり一緒に住もう」

「もう少し待って。今仕事が重要な工程に入って来ているんだ。今回の仕事が区切りついたら一緒に住もうか?」

「それっていつ?」

「うーん、臨床試験に入って少し経ってからだから後、一年位かな」

「えーっ、そんなにー!」

「楽しみはのんびり待つのがいいよ」

「もう」


 ベッドの上で我儘を言う優が可愛くて仕方ない。髪の毛を撫でていたら

「俊樹」

 と言ってお代わりを要求して来た。結婚したら大変だぞ。



 それから二週間位経って、いよいよ機器とソフトウエアの結合テストに入った。テスト項目、テスト手順、誤データ、正データ等のバックデータ、整合性確認データ、検証方法等、今迄準備していた事が実行に移った。


 俺は企画提案者であり、機器とソフトウエアの設計責任者でもあるので、土日も休める状況ではなくなった。データ誤認などの誤動作があると寝ている時間など無くなる。


 優は会えないと文句を言っていたけど、最後には仕方ないから頑張ってと言ってくれている。


 §古市優

 俊樹は仕事がとても忙しいらしい。夜遅く連絡しても出れない時もある。でもその後必ずコールバックしてくれて出れなかった状況を教えてくれるから安心出来る。


 ご飯とか睡眠とか心配しても仕事が優先だからと言って頑張っている俊樹の話を聞くとやはり一緒に住んで生活面でサポートしたいという気持ちになるけど仕方ない。


 私の会社の仕事は経理。月締めなどの時は夜遅くなるという事もあるけど稀な事。大体定時で終わる。

 そして水木金はスナックのバイトに行くという感じだ。俊樹と一緒に住めば金銭面でも協力して貰えるしこんな事しなくてもいいんだけど。




 俺は、徹夜明けの頭で少しボーッとしながら自分の席に戻って来るとセクレタリの香坂さんが

「剣崎さん、コーヒーです」

「ありがとう」

「それと総務から匿名で剣崎さん宛てに郵便が届いているそうです。受け取りますか?」

「匿名?」

「はい、匿名なので剣崎さんの立場上、受け取らない場合は総務が処理する事になりますけど」

「匿名と言っても住所位あるだろう」

「書いてありません。送り主の住所が書いていない場合、受け側つまり剣崎さんが拒否すれば廃棄になりますが」


 俺は一瞬考えたが、今のプロジェクトは社外秘扱いだからその関係ではない。まさか爆薬が入っている訳でもないだろう。それなら総務でチェックするはずだ。


「香坂さん、総務より受け取って来て下さい」

「分かりました」


 香坂さんが総務から受け取って来たのは封筒で中が固い。開けてみると

「えっ?!」


 直ぐにその写真を封筒の中に仕舞った。中に入っていたのは優が、俺の知らない男と夜中に腕を組んで歩いている写真だ。


 それも一枚だけではない。三枚も入っている。日付が違う。水曜、木曜、金曜の日付だ。

 同じ男と三日間連続で夜に腕を組んで歩いている。方向はホテル街だ。どういう事なんだ。


 しかし、水、木、金は優があのスナックで働いている曜日だ。まさかな。俺は徹夜明けの頭で、あの真面目な子が、一緒に暮らそう言っている子が、するはずが無い。誰かの嫌がらせだと思っていた。



 久しぶりに霧船とお昼を一緒に食べに行く日が有った。

「霧船、進捗したか、あれから随分経つぞ?」

「ああ、その事か。忙しくて打合せ以外会う時間が無かったから言っていなかったけど、二ヶ月経った頃、振られたよ」

「振られた。付き合ってもいないのに?」


「いや、一ヶ月経った頃、お前とお昼を食べて進捗無いと言っていただろう。あれから少し深くなってさ。だけど更に一ヶ月経った頃、俺は詰まらないと言われてそのまま別れた」

「どういう事だ?」

「分からんよ。何処が詰まらないんだ。直すからとか言っても無視されて俺も頭に来て別れた」

「そういう事か」

「お前の方はどうだ?」

「ああ、お陰様で順調だ」

「羨ましい限りだな」



 この時はまだ仕事が忙しくて優とは会えなかった。優から少しでも良いから会いたいと言われていたけど、マンションには帰って寝るだけの状態が続いていた俺には、優を相手する元気がない。

 だからもう少し我慢してくれ。必ず埋め合わせはするからと言っておいた。



 §古市優

 俊樹と会えなくなってからもう三ヶ月以上になる。仕事が忙しいのは分かるけど、少しも会えないほど忙しくなるものなのだろうか。でも今は彼を信じるしかない。


 スナックは常連さんが調子に乗って五月蠅くて仕方ない。でもご指名を頂ければ私の収入も増えるし、仕方ないと思っている。


 でもあれを知ってから我慢出来ない時がある。そんな時は一人でするしかないのだけど…。俊樹に会いたい。



 この前仕事が終わって駅まで一人で帰ろうとしていた時、常連さんがスナックの外で待っていた。

 そして五万あげるから一回だけと言われた。出来るはずがない。私は好きな人がいますと言って断ったんだけど、毎日の様にしつこくてうるさくて仕方なかった。


 警察にでも届ければ良いのだけどスナックの常連さんだ。お店にも迷惑が掛かってしまう。



 俺の所にまた匿名の封筒が届いた。日付は先週の金曜日の夜だ。写真が三枚入っていた。見た後、直ぐに元に戻した。見ない方が良い、知らない方が良い写真だった。

 一枚は優がこの前映っていた男とラブホに入っていく写真。

 二枚目はラブホから出て来る写真。

 そして三枚目はラブホの前で抱き合ってキスをしている写真だった。隠し撮りをしているから高感度にしている所為か、明瞭では無いが優で間違いない。


 直ぐに頭に浮かんだのはあまりにも優を放っておいた俺の責任。そして放っておかれた優が我慢出来なくなった責任。


 またかとは思わなかった。今度は俺に責任がある。もっと早く一緒に住んでいたら。俺のマンションを教えていたらと思うと己の責任と言う言葉が重くのしかかった。


 だけど、今行く時間は無い。テストは今がピークだ。データ検証は専門性が高く、社内でその道のプロの人達が一生懸命確認してくれている。打合せも多い。責任者の俺が休むなんて出来るはずが無かった。


 ただ、マンションに帰ってシャワーを浴びていた時、涙が出て来た。どこかで彼女と話さないといけない。もう元に戻れないかも知れないけど。


―――――

書き始めは皆様の☆☆☆が投稿意欲のエネルギーになります。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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