第22話 二人の一晩

 クリスとアーロンは、長い長い冒険の果てに、しっかりと結ばれた。


 アーロンとクリスとはすっかりくたびれて、すぐに「すうすう」と寝息を立てて眠ってしまった。


 アーロンは初めてのクリスとの一夜に、すっかり満足していた。

 が、それは今までに抱いてきた数多の青年を抱いた後の満足感と、何ら変わりがなかった。


 クリスはホムンクルスではあるが、全く何もかも、普通の青年と同じだった。


 抱き心地も、体を一つにした時も、全て生身の青年と変わりなかった。


 アーロンは安心感を覚えたと同時に、不安感も覚えた。


 クリスを抱いてしまってから、なぜか全くといって良いほど、彼に興味がなくなってしまったのだ。

 あんなに描きたいと思っていた、クリスの肖像画も、今となってはすっかり意欲がなくなってしまっている。

 それについては、アーロン自身が一番驚いていた。

 アーロンはを腕枕しながら、一人、思索にふけった。


 「なぜ、僕はあんなにつらく、苦しい冒険をして、苦労してマーリンの要求する品物を集めてきたというのに、一度抱いただけで、すっかりに飽きてしまったのだろうか。彼がホムンクルスだからか? それもあるだろう。驚くべきことは、ホムンクルスでホルマリン漬けであったのに、とびきりの美人だということは別として、びっくりするくらいに普通の人間の青年であったことだ。僕はもう、これで、クリスと共に永遠に生涯をパートナーとして歩んでいかなければならない。すっかり興味のなくなってしまった彼と、どうやって結婚生活が営めるというのだろうか。それに、クリスを抱くことに夢中で忘れていたけれど、僕はこの冒険ですっかりお金がなくなってしまったから、ここの宿代ですら、払えないのだった」


 アーロンは、腕枕をしていた片手を、クリスの頭からゆっくりと抜き取った。

 幸い、クリスは眠ったままで、全く起きる気配がなかった。


 アーロンは、なるべく物音を立てないように着ていた服を着ると、なるべく音を立てないようにドアノブを開け、忍び足で部屋を出ると、宿屋を後にした。

 幸い、フロントには誰もスタッフがいなかった。


 この時代、この国では、ホテルの支払いなどを交渉して簡単にツケで支払うこともできた。

 アーロンも今までに何度も、飲み屋でツケ払いをしてた。

 しかし、なぜかこの時は、冷静な判断ができなかったようだ。


 まだ真夜中の真っ暗な中、アーロンは自宅へと向かって歩き出した。


 一時間も歩くと、アーロンはようやく久々の自宅へと辿り着いた。

 この冒険で、もう三週間くらいはほったらかしていたので、家の周りは雑草が伸びきっていた。



「明日はとりあえず働いて、稼いだお金でレストランへ行って、美味しい食事をしよう。庭の手入れはその後だ。ああ、やっと元の生活に戻れる」


 アーロンはすっかり安心して、自宅の中に入った。


 そしてベッドに横になって眠ってしまおうとしたその時だった。


 突然、アーロンの心臓が止まってしまった。


 そして死亡したアーロンの遺体は、マーリンが雇った運び人によって、マーリンの家へと運ばれた。


「契約通り、アーロン、お前の命はもらったぞ。これは契約じゃからな。違反したお前が悪い。お前の体は、今度はわしが楽しませてもらうよ」


 マーリンはアーロンの体に、何やら呪文を唱えて、杖で念力を送った。


 驚いたことに、アーロンの体は蘇り、開眼してまばたきを始め、呼吸を始めた。

 そして立ち上がり、マーリンに挨拶をする。


「マーリン様。僕はあなたの下僕です。何でもできますし、何でもします。何なりとお申し付けください」


 蘇ったアーロンは、マーリンに向かって深々と忠誠のお辞儀をした。


 体はアーロンでも、もうすっかり意識も記憶もアーロンの物ではなかった。


 マーリンは、水晶でアーロンの冒険を追ううちに、いつの間にかアーロンに愛情とも言える興味を抱くようになっていた。


 そして段々と、クリスのことはすっかりどうでもよくなっていたのだった。


「ああ、わしの可愛いアーロンや。今日からお前はわしの物じゃ。そうじゃな、まずはわしの足を舐めて綺麗にするんじゃ。それから、わしの全身も、舐めて綺麗にするんじゃぞ」


「はい、わかりました。マーリン様」


 アーロンは跪いて、椅子に腰かけているマーリンの右足の靴を脱がし、足の小指から親指まで、その隙間も丁寧に舐め上げた。


 マーリンはアーロンの舌が指先を這う度に、ぞくぞくとした快感を味わう。

 足全体の愛撫が終わると、アーロンは、今度はマーリンの全身を舐め上げる仕事に移る。


 マーリンとアーロンは、こうして享楽の日々に身を委ねて、長い長い年月を楽しむのこととなったのだった。


 このおかげで、マーリンは人間にいたずらをしたり、八つ当たりで呪いをかけることもしなくなり、町には平和が訪れたのだった。



 一方、ホテルに一人、取り残されたクリスは、明け方の明るい日差しの中、ベッドの真ん中で座ったまま、しくしくと泣いていた。


「アーロン様、私を置いてどこへ行ってしまったのですか?」


 がいつまでも泣いたままで時を過ごしていると、あっという間にチェックアウトの時間になってしまった。


 時間になっても、クリスがなかなか部屋から出てこないので、ホテルのオーナーは、しびれを切らしてのいる部屋のドアを力強く叩いている。


「お客さん。もうチェックアウトの時間をとっくに過ぎていますよ!」


 クリスは急いでバスローブを羽織ると、扉のドアを開けた。

 まだ乾ききらない涙を拭いながら訴える。


「ごめんなさい。私、一緒にいた彼がどこかへ行ってしまったようで。どこにもいないのです。シャワー室にもどこにも。結婚する約束をしていたんです。私、これからどうしたらいいのかわからなくて……。 全てを彼に託していたので、お金も何も持っていないのです」


 支配人は、アーロンとクリス宿泊の際に受付をした人だった。


 クリスの様子を見て、二人の関係と、男に逃げられたのだとすぐに察したのだった。


 支配人は受付の際、クリスとアーロンがあまりにも美しかったので、しっかりと覚えていた。


 美青年はやはり美男とくっつく。俺には美青年と付き合うチャンスはないと、ずっと諦めてたけれど、これはチャンスだと思ったのだった。


 支配人は優しくクリスに声をかける。


「大丈夫。心配しないで。お兄さん。何があったか詳しくは聞かないけれど、お金がないならここで働くといい。一日働いてくれれば、宿泊費はそれでいいよ。もし行くところがないのなら、ここに住み込みで働くといい。部屋は空いているからさ」


 クリスは支配人の言葉に命が救われた思いがした。

 手厚く支配人にお礼を言うと、


「どこにも行くところがないのです。ここで働かせてください。私、働くのは初めてですが、一生懸命にがんばりますので」


 と、働く決意をした。


 いつまでも泣いて時を過ごしていては、本当に気がおかしくなってしまいそうだったので、アーロンを忘れるためにクリスは夢中で働いた。


 二週間もすると、支配人はクリスに交際を申し込み、クリスはそれを受け入れた。


 そして二人すぐに結婚したのだった。


 支配人はとても温厚で優しい人だったので、クリスはすぐに好感を持ったが、アーロンと会っていた時のような高揚感はなかった。


 支配人との生活は落ち着いた、さざ波のような居心地の良さがあった。





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