第11話 アーロンとヨハンの手紙

「ホルマリン漬けの美しい青年が幽霊屋敷にいる」


 そういった噂を、ある一人の若くて美形な男性画家が聞きつけた。


 画家が町で似顔絵を描いて、商売をしていた時のことだった。

 小金を持っていそうな中年男性の客の似顔絵を描いていたときのことだった。


「あんちゃん、きれいな顔してるな。そういえば俺さ、奇妙な体験をしたんだよ。それは、本当に好奇心でさ。仲間と三人で、あるいわくつきの屋敷を訪れたのさ」


 客は、ほんの思いつきでヨハンの屋敷を探索したこと。屋敷の奥に進むのは怖かったけれど、好奇心で奥へと進み、地下室を発見したこと。そして、液体漬けにされた巨大な瓶の中に、世にも美しい青年が佇んでいたことを画家に話した。


 美しいものに目がない画家は、いてもたってもいられなくなり「是非そのホルマリン漬けの美青年にお会いしたい」と、客に言った。


「ああ、画家さんも物好きだね。しかし、職業柄、『美』には目がないんだねえ…」


 客は突き出た自らの腹を叩いて、一人納得した。

 それから画家にヨハンの屋敷の詳細な場所を説明し、地図も書いてくれた。


「絶対にあの瓶に触れてはいけないぞ! 下手したら感電死するからな!」


 と、忠告した。画家はその言葉を、しかと胸に刻んだ。


 その若くハンサムな画家の名前は、アーロンといった。


 アーロンは、客から「ホルマリン漬けになった美青年」の噂を聞いた次の日の朝早く、まだ太陽が出るか出ないかの薄暗い中、地図を頼りに今は亡きヨハンの家へと旅立った。


 アーロンがおよそ二時間ほど歩いた頃、もう日が登って明るい時間になっているにも関わらず、どことなくどんよりとした重苦しい雰囲気の、こじんまりとした屋敷が見えた。


 明らかに誰も住んでいないとわかるるような木のような雑草だらけの中に、古ぼけた建物が見えた。


 家屋の前には黒ずんでしまっているが、小さなショーケースが置いてあり、すすぼけた看板が立てられていた。よく見ると「肉屋」と、書いてあった。


 アーロンは、この屋敷の主が肉屋であることを理解した。そして恐る恐る扉を開けて、屋敷の中へと入って行った。


 薄暗い中、建物の中へと入ってゆく。

 すぐに生暖かい風が吹き、かび臭く汚れたカーテンを揺らして、アーロンの首筋を撫でた。


 アーロンは一瞬、ゾクッとして鳥肌が立ったが、どうしてもホルマリンの美青年に会いたかったので、持参した松明に火を灯すと、薄暗い屋敷の奥へと歩を進めた。


 松明の小さな火からは、埃と蜘蛛の巣だらけの汚らしい光景が映し出された。


 埃やらゴミ、薄汚れたソファにテーブルを通り過ぎ、ススで真っ黒になった四人がけのダイニングセットを通り過ぎた。


 そして、真っ黒でよく見えないが、おそらく台所であったであろう流し台に辿り着いた。


 流し台付近で松明の明かりを周囲に照らしてみると、地下へと通じる階段を発見した。

 

 アーロンは思わず口元を緩め、そして心の中で呟いた。


「ああ、もうすぐ美しいあなたに会えますね……」


 と。


 アーロンは意を決してゆっくりと、足どりを確認しつつ地下へと続く階段を降りた。


 真っ暗で、片手に持った松明の明かりのみが頼りだったので、ここでケガをしてしまっては元も子もない。


 そして階段を降り切って、地下室へと辿り着いた。


 ドアを開けて地下室へ入ってゆく。


 地下室の中を照らしたアーロンは、思わず「ああっ」と感嘆の声を漏らした。


 そこには、思い描いていた以上の美青年が、巨大な瓶の中で液体漬けにされていた。


 アーロンは、ゆっくりと美青年の元へと歩を進める。


 そして、いよいよ瓶詰めになった美青年の目の前に進めたと思うと同時に、何やら足元にゴリッとした感触がした。


 それは靴の上からでもわかるくらいに、確かな感触だった。アーロンは、美青年ばかり照らしていた松明の向きを変えて、自分の足元を照らした。


 アーロンは思わず「ぎゃあ」と、叫んだ。


 足元には、おそらく人間の男であったであろう大きさの骸骨が、仰向けに寝転がった状態で、転がっていた。それは、標本のように綺麗に白骨した骸骨だった。


 アーロンは恐怖で、この場をすぐさま立ち去りたい思いに駆られましたが、せっかく会えた瓶詰めの美青年に少しでも近づきたくて、骸骨をどかそうとした。


 まずは、持っていた松明を辺りの壁に立てかけて、両手を使える状態にした。


 そして、ありったけの勇気をふり絞って、骸骨を両手で持ってどかそうとした。


 ところがどういうわけか、骸骨は一ミリたりとも床に張り付いたまま動かない。


 アーロンは、何度も何度も骸骨を両手で掴んでは、ありったけの力を使って移動させようと試みた。


 しかし、骸骨はびくともせず、床に転がったままだった。


 そのうち、アーロンの息が切れてきた。


 そして自分の体力の限界を感じ始め、骸骨をどかすことをあきらた。


 アーロンはとても疲労してしていた。


 しばらく骸骨の隣に座り込んで、動けなくなってしまった。


 すると、何やら茶色く変色した封筒が、骸骨のすぐ隣に添えらえていることに気が付いた。今まで骸骨をどかすことに夢中で、気がつかなかったのだった。


 アーロンはためらいもせずに、すぐさまその封筒を開封した。


 とはいっても、糊付けなどされておらず、封をめくればすぐに一枚の茶色く変色した便箋が一枚出てきた。


      (手紙の中身)


『私の愛するクリスは誰にも渡さない。

永遠に魔術師の呪いのもと、ホルマリン漬けの瓶の中で生きることになる。

クリスは魔術師が殺して集めた若く美しい青年のパーツの寄せ集め。

そう、ホムンクルスさ。ホムンクルスの美青年。ホムンクルスの美青年で俺の永 遠の夫。 俺は、ただの冴えない肉屋の男だったけど、客で来ていたクリスに一目惚れした。

ホムンクルスとは知らずにさ。後悔しても、もう遅い。俺はクリスに夢中だったから。

クリスの産みの親であるマーリンていう名の魔術師と契約して、クリスをホルマリン漬けにした後で永遠の美青年にし、俺の家の地下室に閉じ込めた。

その変わり、俺の寿命はあと五年しかなくなってしまった。

生きていても、特別楽しくない人生。まあ、それでも良かったさ。

契約したときはそう思った。けれど、クリスと過ごすうち、彼は瓶の中にいるから     何もできないし、触れられないけど、俺はホルマリン漬けのクリスを瓶越しに眺めて自分の中で妄想して、一人で戯れるだけで楽しかった。

ずっとずっと一緒にいたいと思った。

けれど、俺の思いも虚しく、5年が経過したら俺の命はなくなるだろう。

まあ、仕方がない。

けれど、何かの拍子でここの地下室に辿り着いてしまって、クリスを発見してしまった人に伝える。

クリスは誰にも渡さない! 俺は何としてもここから離れない! 例えわが身の骨が滅びようとも、ここでクリスと永遠に一緒にいることにする!

ああ、愛しい俺のクリス。ホルマリン漬けで、ホムンクルスの俺の恋人……。


                              肉屋のヨハン」


               (ヨハンの手紙 終了)

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