第21話 そんなに強いか……?

 俺たちがスラム街に着いた頃には、すっかり夜の帳が下りていた。

 満月の青白い明かりだけを頼りに進んでいく。

 ユキナが先導して先を歩き、アリサは俺の服の裾を掴みながら後をついてきていた。


「……視線を感じますね」


 前を歩いていたユキナが振り返って、小さな声でそう囁く。

 俺はそれに頷くと、こう答えた。


「ええ。それなりの数、こちらを見てきていますね。ここまで視線があると、どれが俺たちの敵のものなのかも分かりませんが」


 おそらくこの視線の大半はスラムに住む人たちのものだろう。

 だが、間違いなくこの中に俺たちの敵のものが入っているはずだった。

 それでも俺たちに気がつかせないというのは、相手はやはり相当な腕前を誇っているようだった。

 ここまで完璧に自分の視線を隠蔽できるとなると、相手取るのも一筋縄ではいかないことは確かだ。

 数多の死線を潜ってきたであろう王立白薔薇騎士団のユキナですら、その視線に気が付けていないのだから。


 そんなふうに、俺たちが慎重にスラムの中で歩みを進めていると――。


「なんだか向こうで少し光ったような……?」


 ユキナが小さい声で訝しむような声を出した。

 俺はそれを見逃してしまい、慌ててユキナの視線の先を追った。

 もうその光は消えてしまっていたが——。


 ドゴォオオオオオン!!


 直後、爆ぜるような閃光とともに、轟音がスラム一帯に響き渡った。

 それはちょうど、俺たちが見ていた方向から聞こえてきた。


「あの方向……廃倉庫の方か……!」


 俺は焦ったような声を上げて、一気に駆け出す。

 それにユキナとアリサも続いた。


 最短で廃倉庫の場所にたどり着いたのだが、既に廃倉庫の建物は跡形もなく消え去り、周囲を巻き込んで更地になってしまっていた。


「いったい何が……」


 俺が呆然と呟くと同時に、元は廃倉庫だったと思われる瓦礫の中から声が聞こえてきた。

 それはどこか聞き覚えのある、飄々とした少女の声だった。


「ふふっ、ふふふふっ……。さすがは組織ね。これほどの力があれば、何だってできるようになるわ。今までの燻っていた自分とも、ようやくおさらばする時が来たのね」


 その声は愉悦に塗れていた。

 瓦礫の山が崩れ落ちるように散らばって、その中から一人の少女が姿を現した。

 俺はその少女を見たことがあった。


「お前……まさか〈新春の花吹雪〉のリーダーのリナか……?」


 俺が問いかけると、彼女はこちらに視線を向け、にたぁっと口元を三日月に歪ませた。


「そうね。私は確かに〈新春の花吹雪〉のリーダーだわ」

「……他のメンバーはどうした?」

「んー、それ、今から死ぬ人たちにわざわざ教える必要ある?」


 そう言ってリナは、歯をむき出しにして獰猛に笑った。

 いつもの、どこか斜に構えた態度の彼女とは全く様子が違っていた。

 自分の中の歪んだ欲望や醜悪さを、もはや隠そうとはしていなかった。


「ちょっとこの力を試したいと思っていたところなのよね。でもちょうどいい非検体が自分たちからわざわざやってきてくれるっていうから、私は一人でここで待っていたの」


 余裕のある態度で耳をほじりながらそう嘯くリナ。

 彼女から視線を逸らさないようにしながら、ユキナは俺に向かってこう囁いてきた。


「普段の彼女のことは知りませんが……?」


 ユキナの声色には、どこか怯えの感情が含まれているような気がした。

 しかし……それを俺に聞かれてもよくわからない。

 そもそもユキナがなんで怯えているのかも、よくわからないし。

 リナにしても、、何であんな既に勝ちましたみたいなドヤ顔が出来るのかも、よくわからなかった。


「――さあ、いくわよ。簡単には、死なないでね?」


 そう言ってリナはいきなり地面を蹴り上げ、こちらに向かって急速に加速してくる。

 だが俺には、彼女の軌跡が線となっていた。

 駆けながら剣を鞘から引き抜き、俺に向かって勢いよく振り下ろそうとしてくるが、俺はそれを最小限の動きだけで回避してしまった。


「……うそっ!?」


 そんな俺に、リナは驚きの声を上げた。


 ――うん、やっぱりそこまで強くなっているとは思えなかった。

 ユキナが警戒するほどでもないだろうし、そもそもリナのその自信はどこから来るものなのかもわからない。

 俺はそのまま足払いでリナを転ばせると、すぐさま起き上がろうとしていた彼女の首元に剣の切っ先を当てた。


「お前たちが何を企んでいるかはわからないが、まあ少なくとも、これで何かを企んでいるということはわかったな」

「……チッ。何のことかしら」

「今さらしらばっくれても無駄だぞ。俺たちにいきなり襲いかかろうとしてきた時点で、お前たちが黒なのは確定なんだからな」


 俺の言葉にリナは諦めたように首を横に振った。


「わかった、わかったから。おとなしく降参して全部話すわ。だから、その剣をどけてくれない?」

「……本当だな?」

「ええ、もちろん本当よ。流石にこの状況で嘘なんてつかないわよ」


 そう言う彼女に俺は頷いて、首元に当てていた剣を離す。

 瞬間、リナは甲高い笑い声を上げながら俺に斬りかかってきた。


「あっはははっ! やっぱりアンタって本当に馬鹿なのね! そう簡単に敵の言うことを信じるなんて、自分の馬鹿さ加減をあの世で後悔しなさ……い……?」


 しかし、そのリナの振り下ろした剣は、俺を切り裂く前に真っ二つに折れてしまった。

 俺はリナが不意を突いて仕掛けてくる軌跡が、事前に光の線としてのだ。

 だから俺はそれに合わせて自分の剣を振るい、彼女の持つ剣を真っ二つに叩き折った。


「……なっ、何で。そんな……ようやく圧倒的な力を手に入れたはずなのに……私がこの世で一番強い存在になったはずなのにッ! どうしてこんなに上手くいかないのよ! ただの冴えないおっさんのくせになんでそんなに強いのよ……ッ! もう、意味わかんない……ッ!」


 ……ん?

 この世で一番強い存在、だって……?

 いやいや、流石にそれは自己評価が高すぎないか?

 俺は思わず首を傾げてこう言ってしまった。


「いや、そんなに強くなったようには見えないんだけど……。本当に強くなったのか?」


 俺のその問いに、なぜかリナは涙目になりながら、怯えたような表情でこちらを見つめてくる。


「……そんなっ! もしかして、私はコイツの実力を見誤っていたっていうの……? 確かに実力を隠していたとは思っていたけど、まさかここまで差があるだなんて……」


 彼女は口の中でもごもごと呟くだけで、何を言っているのかは聞き取れなかった。

 でも何をそこまで怯えているのだろうか……。

 ……って、ん?

 俺はふと振り返ると、きらきらと尊敬するような視線でユキナとアンナが俺の方を見つめてきていた。


 ……あれ?

 俺、なんか間違えたこと言っちゃったのか?

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