第15話 朝の一幕
早朝。
俺は顔面にとてつもない衝撃を食らって、跳ね上がるように飛び起きた。
しゃばしゃばする目を必死に開きながら周囲を見渡すと、女性のものらしい真っ白な足の裏がすぐに目に入った。
どうやら隣で寝ていたユキナが、寝ぼけて思いきり俺の顔面に蹴りを食らわせてきたらしい。
上半身を起こして、眠い目を擦る。
窓から外を見てみると、まだ日は昇ったばかり。
いつもならもう少し寝ているところだった。
しかし急な衝撃で飛び起きたもんだから、完全に目が覚めてしまった。
それに今から二度寝をするとなると、次に起きるのがいつになるのかわからない。
俺はぽりぽりと頭の裏を掻くと、起きて日課の特訓をすることにした。
隣で寝ていたユキナの部屋着は、見えてはいけないところが見えそうなほどはだけていたので、なけなしの毛布を掛けてやる。
今の季節には少し暑いかもしれないが、俺に肌を見られるよりかはマシだろう。
庭に出て、井戸の水を汲む。
いつも通り顔を洗い、口を軽くゆすぐと、近くに立て掛けてあった木剣を手に取った。
俺の手に馴染む木の剣だ。
この特訓用の木剣は、俺がこの町に来たときに自分で作り、それから一度も取り替えていない。
まあ毎朝素振りをするだけなので、そこまで消耗することもないからな。
俺は庭の真ん中に立つと、小さく息を吸って、やり慣れた素振りを始める。
これをしているときは、大抵無心だ。
しかし昨日と同じで、身体が思うように動くおかげで、この素振りすらも楽しいと思えた。
ただたまたま調子が良かっただけで、寝て起きたらすぐに消えると思っていたこの力も、二日経ってもいまだ残っている。
才能が開花した実感がじわじわと湧いてきて、剣を振るうのが楽しくなってきているのだ。
そうして、しばらく木剣を振っていると、小屋の扉が開いてユキナが顔を出した。
眠たげな目をごしごしと擦っている。
俺は一旦剣を振るのをやめ、汗をタオルで拭うと、寝起きのユキナに声をかけた。
「そこに井戸があるので、水を汲んで顔を洗うと良いと思いますよ」
「……ありがとうございます。ふわぁああ……すみません、私、朝がかなり苦手で……なかなか目が覚めてくれないんですよね……」
大きく欠伸をしながら庭に出てくるユキナ。
彼女の言う通り、本当に朝が苦手みたいだった。
今の彼女はかなり無防備だし、気を抜いているのがよくわかる。
俺は苦笑いを浮かべ、木剣を置くと、代わりに井戸の水を汲んであげた。
「ああ、助かります……」
バケツを持って彼女の近くに行くと、ぼんやりとした目を向けてきてそう言った。
彼女は気を抜くと、今にもこくりこくりと船をこぎ出しそうな感じだった。
顔も洗い出せないユキナに、俺は新しいタオルを持ってきて、それを水に浸して顔を洗ってやった。
ごしごしと拭いているうちに、彼女の目もようやく覚めてきたみたいだった。
その顔を拭き終わると、彼女はどこか恥ずかしそうに視線を背けながらこう頭を下げた。
「すみません。お手数をおかけしてしまい……」
「いえ、別に問題ありませんよ。朝の目覚めが悪いことなんて、よくあることですから」
それから俺は先に部屋の中に戻り、いつも食べている固い黒パンを取り出す。
これをユキナに食べさせるのは少々忍びないが、ウチにある朝飯はこれしかないから仕方がない。
俺は、井戸の水で髪の毛を整えてから戻ってきたユキナに黒パンを差し出しながら、こう言った。
「ウチにある朝食はこれくらいしかないんですが、大丈夫ですか?」
「はい。いただけるだけありがたいです。それに、遠征で夜営明けのときの朝食のほうがよっぽどひどいですから」
彼女は俺の言葉に小さく笑いながら答えた。
そしてテーブルに向かい合うようにして座り、黙ってパンを頬張る。
しかし唐突に、ユキナが俺に向かってこう尋ねてきた。
「……毎朝、あの特訓をやっているのですか?」
「ええ、そうですね。大体四十年弱、毎日欠かさずにやっていますね」
「そうですか……。流石ですね」
何が流石なのかはわからないが、彼女は一人納得したように頷いていた。
それからしばらく無言が続き、俺たちはパンを食べ終えると、準備をささっと済ませて冒険者ギルドに向かった。
***
冒険者ギルドに辿り着くと、すでにアリサがその外で待っていた。
俺たちが彼女のほうに向かっていくと、アリサもすぐにこちらに気がついた。
「あれ? 一緒に来たんですね?」
そのアリサの問いに、俺とユキナは一瞬顔を見合わせる。
昨日、ユキナが俺の家に泊まったことをアリサに伝えるかどうか迷ったのだ。
しかし変な誤解をされそうだと判断した俺は、苦笑いを浮かべて誤魔化すことにした。
「まぁな。それよりも早くギルド内に入って、依頼だけ済ませてしまおうか」
俺の言葉にアリサとユキナは頷き、一緒にギルドの中に足を踏み入れる。
しかし、ギルド内を包み込んでいた朝の喧噪は、俺たちの登場によって一瞬にしてかき消えてしまった。
そして、なぜか侮蔑するような、見下してくるような視線が、俺たちに向かって……いや、正確には俺に向かって、無数に突き刺さるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。