第8話るーく2

今日の目標数である魔石の確保が済んだので、あとは3層でボアを狩るかそれとも他の、かなにか考えながら帰路についていた。少し森から外れて崖沿いの小道を下っていると、向こう側から見覚えのあるドワーフたちの姿が見えた。

「……ライトハンズ?」


ドワーフのパーティ〈ライトハンズ〉。

数度ほど、迷宮探索でライドさせてもらったことがある。リーダーのヒュルクはまだ若いが、気さくで面倒見のいい男だ。鉱石採取をメインに活動しており、地形に詳しい彼らと共に動いたときは随分と助けられた記憶がある。

偶然の遭遇に、僕の胸に安堵が灯るがすぐに違和感に変わった。


彼らの表情が硬い。特にリーダーのヒュルク。足に厚く包帯が巻かれ、歩くたびに顔をしかめている。

「……ヒュルクさん、どうしたんです?」

声をかけると、彼は少し照れくさそうに笑いながら答えた。

「今日は……ちょっと、帰りが大変そうなんだわ」

その一言で状況を悟った。

帰路は誰にとっても危険だ。戦闘の疲労が蓄積している上に、運搬する荷物も増える。特に足を怪我しているなら、帰還は命がけに近い。僕は迷わず言った。

「任せてください。僕が同行します」

ヒュルクは驚いた顔を見せたが、やがて深く頷いた。

「……ありがとう。じゃあ、頼む。帰ろうか」


“行きのライドは信頼、帰りのライドは親愛”。


ギルドのルーキー講習で散々聞かされた格言だ。危険回避を第一に考える帰路では、残念ながら「裏切り」が多い。戦闘の成果や戦利品の分配を巡って仲違いが起こるのは珍しくなく、帰還途上でのトラブルは命取りになる。だからこそ、帰路で共に歩むことは特別な意味を持つし、そうなる・なれるような振る舞いを心掛けるような戒めの言葉である。実務として、帰路での突発的なライドは口約束になりがちなので報酬の取り決めをきちんと済ませておかねば帰還受付での処理は混乱を招く。だがそれ以上に大切なのは、横のつながりを信じられるかどうか、だ。

僕は先頭に立ち、周囲に意識を巡らせる。迷宮の道は油断ならない。木々の影、岩場の凹凸、わずかな風の音、目に映るすべてが潜在的な危険信号に変わり得る。ヒュルクの足元を気遣いつつ、彼らの歩調に合わせて進んだ。


道中、彼らとは採取した鉱石の話や、次の探索の計画について語った。いつもなら軽口交じりの会話が続くのだが、今日はどこか空気が張り詰めている。誰もが周囲を気にしていた。襲撃もなく幸いでもあるのだが、気のせいか帰路での人影は無い。



「……ルーク」

4層から3層へ移れるゲートが見え出した頃、ヒュルクが強張った面で低く呼びかけてきた。

「悪いな、足を引っ張って」

「気にしないでください。僕は一人ですし、帰り道が賑やかな方がありがたいくらいですよ」

そう答えると、彼は少しだけ笑みを浮かべた。


崖沿いの道を進むにつれ、空気がじわりと重くなる。何かが近づいている。木々の間の静けさも不自然すぎる。鳥の鳴き声も、小さな獣の気配もない。


――嫌な予感がする。


その瞬間、岩肌の向こうから響いたのは、低く、地を震わせるような唸り声だった。


「……ッ!」


ライトハンズの面々が息を呑む。僕は反射的に鉄棒の柄に手を掛けた。現れたのは、常のボアやウルフとは比べものにならない巨体。紫の毛並みを持つ熊。真新しい血に濡れた、爪や口元。

「……グレイブベアか?いやでも…」

「あの毛色は知らねえぞ」

「そもそも5層ならまだしも、4層にベアは出ねえ」

「…まさか」

 

“渡り”


魔物が一つ下の層に魔物が階層を越えて現れる現象。

何が危険かといえば、探索者シーカー同様、階をまたぐことに身の色が変わり力を増し、脅威度がそもそもいた階層の更に上になる。そして探索者シーカーの証と同様、階をまたぐことによってその身の色が変わる。

 

珍しいことではあるが、「無い」ことではない。

だが、帰還中の僕たちにとって致命的だ。六層相当の強さを持つと想定できる魔物は、このタイミングに出会っていい存在ではない。


ヒュルクが小声で呟いた。

「ルーク……あれは、まずいぞ」


僕は静かに頷き、鉄棒を抜いた。

「……大丈夫です。僕がやります。皆さんはゲートから退避を」

そう言い切った瞬間、獣の赤い目がこちらを射抜いた。


僕は更に一歩前に出る。

戦いの幕が上がる。



――――――――――――――――――――――




まもなくペッカー優先時間帯の終了。出入口に設けられた詰所は、帰還者たちの声であふれていた。誰もが報酬計算や談笑に気を取られる中、ひときわ鋭い声が響く。


「……四層北側、帰還者からの伝声だ。『渡り発生、おそらくグレイブベア』!」


詰所の空気が凍る。


「渡り、だと……?」「よりによって四層?先帰ってきてよかったー」「まずいな……あそこは帰還路が重なる。巻き込まれりゃ被害が広がるんじゃ…」

 

受付役の女性は伝令札に符を刻み、奥の執務室へ走った。ほどなくして、重鎧の中隊規模討伐班が集まってくる。大盾を背負った灰髭の男が指揮を執った。


「四層にベアだと……チッ、時間を考えろよ。上位クランの帰還予定は?」

「照合しましたが、重なっていません」

「なら、動くしかない。現地に誰がいる?」

「ルーキー帯が三組壊滅、と。三層ゲートへ向かう可能性大、とも」

「クソッ、これ以上は上げさせられねえ!今日の川担当は?」

「臨時で蒼のシイラがいる時間です」

「……なら最悪はねえが、確認は必ずしろ。俺たちもすぐ出る!」


浅層での渡り発生は被害が大きく、現地戦力的にも一刻を争う。そして“渡り”の“連鎖”はスタンピードの引き金だ。それはなおさら防がねばならない。

「全力で向かう!目標は渡り個体の殲滅、生存者確保、周辺調査と安全確認だ!暇そうなランカーや、『荷車』『飛翔』の祝福持ちを見かけたら声かけろ!急げ!」


怒号と共に即応部隊は迷宮へ駆け出した。石畳を揺らす足音は遠ざかり、詰所には緊張とざわめきだけが残った。誰ともなく、小さな祈りが静寂に落ちる。



――――――――――――――――




「おー、おつかれー。やるじゃん。すごいじゃーん。」


肩口で切り揃えられた蒼色の髪を揺らしながら、シイラさんがニコニコと歩み寄る。胸元のプレートも蒼だ。その後方にはさっきまでなかったはずの人だかりもあり、どうやら少し前にゲート付近で待機していたらしい。


「……ありがとうございます。でも、あのベア、やっぱりやばかったです」

僕の声に、シイラさんは眉をひそめる。

「……うん。浅層での渡りはほんと怖い。三層や四層の帰還路が混ざると、まわりが巻き込まれる可能性が高い。いやー、いたのがそれなりにできる奴でよかったわー」

彼の言葉には、言葉尻とは裏腹に冷静さと経験に裏打ちされた安心感があった。


「さて、僕らも戻るかー。荷物もあるし、報告も済ませなきゃー。あ、ライトハンズは無事だよー」

シイラさんは頭蓋のひしゃげたグレイブベアを載せた荷車を引くように連れてきた周囲に命じ、軽やかに先頭へ歩き出す。僕はその後ろを、疲労もあってまだ心臓が早鐘のように打つのを感じながら続いた。



「四層北側での渡り、接敵確認は三層へのゲート付近、グレイブベア一体討伐完了です。確認できる範囲で巻き込まれたルーキー帯は12人色付きは8人、接敵以降の被害はなし、討伐はこっちの灰色がほぼ単独ですね」

シイラさんが淡々と出入り口の受付にて報告を行う。声は冷静で短く的確。聞き取る側に無駄な心配を抱かせないのはさすがだと感じさせる。


「一体だけとはいえ、浅層での渡りは大被害の可能性がある。迅速な対応、および勇敢なる討伐を感謝する」

即応隊だろうか、背後から声をかけてきた大盾を背負う灰髭の男が僕に頭を下げる。受付嬢は符を刻みながらメモを取る。


「現場でのルーキー帯の状況も把握済みです。こいつとライドしていた“ライトハンズ”のパーティも無事帰還済み。荷物の回収も完了しています」

「了解。現時点の重症者はいるか?」

「はい、特に目立った負傷者はいません。もともと足を負傷していたライトハンズの一名も同行で無事です。まあその前に少なくとも9人襲われてるはずですがー、そっちはおそらくもうどうにもならないかと」



シイラが荷車を整理しながら、最後に軽く微笑む。

「現場はもう安全ですよ。後続の探索者もそれなりに安心して通れます」

受付の女性は深く息をつき、印を一つ押す。

「……これで報告は完了。迅速な対応でしたね、ありがとうございます。おつかれさまでした。」

 

「……それはそうと、ここからは報酬の話だ。特別報酬が出る」

灰髭の男――シーカーズギルドのサブマスターは、硬い口調ながらどこか労わる響きを混ぜて言った。

「今回の討伐、君が過不足なく動いてくれたのは大きい。たしかに被害者は出ているしなにより危険はあるのだが、少なくとも君が守った命に高い価値を感じる。そこから犠牲なく帰還させた功績は軽くない。だから取り分は奮発してある。――溜飲を下げてほしい」


僕は少し戸惑いながらも深く頭を下げた。

「そ、そうですか……蟠りは何も…、ありがとうございます」


横で聞いていたシイラさんは表情を崩さない。けれど視線の奥に、確かな信頼の色が見えた。

「僕は臨時雇いだし、ギルド付なの。分配の心配はいらないよ。君の力が確かだってわかっただけでも収穫だ。君の方も、あとは数字の確認だけだね」

その一言で、胸を締めつけていた緊張がようやく解けていく。今日一日の戦いと帰還の重さが、肩からすとんと落ちたように思えた。


「……じゃあ、金額はギルドの基準に従って、特別報酬込みで計算される」

サブマスターは印を押した書類を差し出す。僕は受け取って目を通し、額面を確認する。


「……これで、今日の分はすべて整理完了、ですね」

「そうだ。ルーキー帯が絡む浅層渡りは珍しいし、何より危うい。だが今回は被害拡大を防ぎきった。――評価は上がるぞ、ルーク」


サブマスターは不器用な笑みを浮かべ、僕の肩を軽く叩いた。

「では、今日はもう終いだ。風呂でも入って金を受け取ってから存分に休め。明日からも前へ、奥へ進めるようにな」




ギルドには入り口の横に浴場を兼ねた水場が併設されている。残念ながら使用は無料ではなく報酬からの天引きとなるが、探索を終えたものしか使用はできないため過度に混むことはなく、汚れた装備と身体をどうにかするにはなくてはならない場である。

ベアとの格闘の際に、下ろしておいた魔石入りの背嚢は崖下に落ちてしまった。頭から水を被りながら、コトウにどやされなければ良いなと思う。なんだか早く帰りたいな、とも。




身支度を整え、報酬の説明を改めて受ける。朝に帰る予定が、もう西日が差す頃になっていた。


さっきから入口の外に、入らずにこちらを窺う影があるのはわかってるよ。早く帰りたい。けれど、ごめんね。今日はまだ、せっかくだから話しておきたいことがあるんだ。


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