第2話こうしょう

渋柿って食ったことねーんだよなー、梅干しとかレモンのすっぱさとはまた違うんかなー、渋いって口の中の水分がなくなるような、塩っぱいともまた違うかなー


などと、顰めっ面に顰めっ面を重ねた顔のババアを見ながら思考を飛ばしていたのは別に現実から逃げてるわけではない。

「…いーさ、わかった。アンタが料理を志していることも店を持とうと動くこともわかった。せめても職無しにならないよう動くだろうこともわかった。確かに毎日食事の支度を手伝っていたし、手際も良かった記憶もある。ただ…」

「だから、この修道会って、どこまで後ろ盾になってくれる?どこまで名前使っていい?」

「…教会に、真正面から営利の相談を持ちかけてきた子は初めてだよほんとに…」

「ため息は幸せ逃げるから幸先悪いのでやめてよね」

「誰のせいだと思ってんだいっ!!そもそももっと早く言えただろう!!」

「だから今言ってんじゃん!」

「まあまあ!2人とも一旦座って!」

ルークはババアを宥めてから冷たい目でこっちを一瞥する。味方せいよ俺に。


「僕もこの話自体は、今初めて聞いて驚いたけどさ。やるって決めた以上、止めたって聞かないのは院長もご存知かと」

「そう、それに名前貸して、って言ってんじゃなくて、線引きを聞きにきてんの。線引き」


当てつけかのようなひときわ大きなため息を吐いてからババアは言う。

「…そもそもここの孤児院出ならこの都市で悪いようにはならんさね。職人関連で何かの許可がいるなら力は貸せる。だけどそれは、アンタ達のなにかを縛ることになるよ」

「酒だよね、知ってる」


前世と比べると発展してたり追いついてなかったり、正直孤児院近辺にいただけの俺には掴めないこの世界の、都市の全貌ではあるのだが、割と都市の管理は関心できるほど進んでいるところがある。

その根幹は迷宮から発掘される「遺物」と採取される魔石を使用した「魔導具」である。

それらを用いて、迷宮解放初期、危険を伴う探索者シーカーへの気付けや、消毒、また野営時の火付けの補助として蒸留酒(命の水、と言われる)の作成が過去、探索者ギルドにより行われた。薬扱いであったそれを教会組織は歓迎し使用発展の一助となったが、時は流れ、治癒治療などに使用可能な祝福の発見などもあり、ギルドは完全なる飲食嗜好品用途の蒸留酒の開発にも踏み切った。薬であったものが営利の対象となるという方針転換に教会はひどく反発、教義としての禁酒を掲げ今に至るわけである。



 俺がそう返すと、ババアはジト目をさらにジトジトさせた。その顔は「ほんとに知ってて言ってんのかい」って顔だな。


「知ってるなら、どうしてうちに聞きに来たんだい」

「聞かずに勝手にやったら怒られる以上でしょ? だったら、先に相談しといた方がマシじゃん」

「……言い草が気に入らないねぇ」

 と、言いながらも椅子の背に体を預ける彼女は、どこか安心しているようにも見えた。


「教会の認可がある飲食店舗の『酒』の提供は、教義上は原則禁忌。教区の中でも特にこの都市は厳格なところでね。名前を使っての営業や、修道会の認可と名乗るような行為は……許可できないよ。外面のためにも、ね」

「それは、つまり――」

「“修道会出身”と名乗るのは構わない。ただし“推薦”とか“後援”とか、“神に祝福された料理人”みたいな謳い文句はダメ。あと、酒については一切不可。」


そして、ババアの、いや院長の視線が、ぐっと鋭くなる。

「酒に手を出すのなら、どこかでうちに反発する立場をとる覚悟も持ちな。修道会の子が“堕ちた”と言われることはあっても、うちの、ひいては教会の名が汚れたと言われるのは、許さないよ」

それは脅しではなく、本気の忠告だろう。

「わかってる。まだ俺らも想定段階だしすぐどうこうってことじゃないよ、それに他のことはちゃんと俺が責任を取る」


「いい返事だよ。……ほんとに、威勢の良さだけは昔っから変わらないね、アンタ」


ルークは後方で、腕組み彼氏ヅラして頷いてる。クソが。


「………じゃあ!ここからが本当のお願いなんだけどさ!」

「「!?今の話したくて戻ってきたんじゃないんかいっ!?」」


「やだなー、大事の前の小事っていうじゃーん。」


ちなみにこの国では15から成人扱いなので15から酒を飲める。


「その“小事”が何だったか忘れたのかい! “線引き”だったろうが!」

「ちゃんと聞いたじゃん。超建設的だったよ、俺。真面目モード終わったから、ここからが本番」

「……その言い草ほんっと腹立つさね」

と、ババアは額を押さえて顔を伏せた。

ルークはため息をつきながら、何か言いかけて結局口を閉じた。ろくでもないお願いだろーとおもってやがんな。


「…で、何さ。何を言い出すつもりか知らないけど、一応聞くだけは聞いてやるよ」

「じゃあ聞いて? 聞いてね? ……売り物のために、修道会で育ててる山羊の、メーとかジーとかのバター、売り分けて欲しいんだよね。友情価格で。」


「――!」

ババアは完全に突っ伏していた。机にめり込むんじゃないかと思った。

「いや、ほら俺よく世話したじゃん?メーとか?ジーとか?だからその労力に見合った金額で……“友情価格”で……」

「“友情”って便利な言葉だねぇほんとに……っ!!」


ババアの目が据わった。

そしてルークが――完全に予想していたという顔で、そっと椅子を少し後ろに引いた。

「そんな顔するなルーク!! 味方せえよ!!」

「僕は止めたからね? 心の中では三回ぐらい止めたからね?」


「とにかく!」

鬼ババアが手のひらをバンッと机に叩きつける。

「正式に譲るには、ちゃんと対価を払ってもらうよ。友情だの義理だのって話に逃げるんじゃない! そっちは営利でやるんだろ! だったら、売ってやる。値段表に基づいて!」

「値段表って、アレ!?」

「もちろん! アンタ達、もう“内部”じゃないんだからね!」

「それ、友情どころか“試練”じゃん……」

「文句あるなら、自分で山羊育てな!」



それでも市場よりだいぶ安いってのは、野暮か。

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