台風一過の空

 この世界には台風という災害があり、しかも上陸するタイミングが悪い。明日がこの地域の『花火大会』だというのに、地面を荒らしていった。台風は人間の言葉を聞き入れてはくれない。祈りも届かない。できれば避けてほしかった。


「晴れてよかったぁー!」


 台風という災害は、すべての雲を持ち去る。台風が通り過ぎた翌日は、快晴の空だ。あれだけぬかるんでいた足元が、みるみるうちに乾いていく。吸い上げられそうな青が、やがて夜に変わり、大輪の華の舞台となるのだろう。


 本日は『花火大会』が行われると、村内放送でアナウンスされていた。前日の準備はできていないが、日中に巻き返すのだろうか。


「気が早いな」


 早苗は朝から浴衣姿で登場した。鮮やかな赤に、藍色の花々がちりばめられている。ご自慢の長い黒髪は、お手伝いさんに結んでもらったのだろう、ひとまとめにアレンジされていた。これはこれで、反則級にかわいい。普段は髪で見えないうなじもきれいに見せている。


「そーお?」

「花火大会は夜だろうに」


 和服も似合うので、早苗が手間でなければ、日頃から和服で過ごしてくれてもいい。ぼくのこの世界での母上のように。


「脱ごうか?」

「脱いでどうする」

「悟朗さんと『花火大会』に出かけるときに、また着るもん」

「その間は?」

「悟朗さんのお洋服を着ちゃおっかな?」


 着ていてくれていいのに、早苗はひらりと帯をほどいた。扇風機の風で、浴衣の裾が翻る。


「あー……」

「なあに?」


 やがて、早苗はぼくの服が入ったタンスを漁り始めた。本当に着替える気だ。


「ぼくが探すから、早苗は座っていて」

「早苗に見られたら困っちゃうようなものが入っているのかな?」


 そんなものはない。……いや、ない。ないだろう。


「今の状態を誰かに見られたほうが困る」


 早苗とこの部屋にふたりきりのとき、滅多なことではドアは開けられないが。特に早苗と同級生だった四男が来ると、だいぶ気まずい。彼は早苗に片思いをしていて、ぼくという存在が現れても継続中だから。


「えー、そう?」


 付き合いも一年を過ぎるとはなくなってしまうものなのか、それとも、早苗が特殊なだけなのか。最初の頃は頬を染めて胸を隠していたような。


 ぼくにとっては初めての『彼女』なので、わからない。……早苗にとっても初めての『彼氏』だ。たぶん。そう言っていた、はず。


「とりあえずこれでいいだろ、もう」


 ぼくはいちばん手前の黄色のティーシャツと紺色のハーフパンツを引き抜いて、投げやりに渡した。白いキャミソールとショーツだけの姿でいられるのは勘弁していただきたい。早苗はよくても、ぼくが恥ずかしくなってくる。


「あらあら」

「?」

「悟朗さんってば、案外むっつり?」

「あー……そう?」

「出かける前に、花火の予行練習をしておこっか?」


 それからぼくの耳に「ふたりっきりで盛り上がろ?」とささやいてくる。早苗はそう、こういう女の子だ。

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