鬱 1

目が覚めると、川原美紅かわはらみくは本来の自分の部屋にいた。


何かが上に乗っているように重く、ベッドから起き上がれない。


何かが自分の体に起きていることは判るが、これまで体験したことがない、だるいなどという言葉では言い表せない。


トイレに行きたいのに、体が起こせない。


美紅は階下の母親に電話した。


「なに美紅。家の中で電話なんて・・・」


「ママ、私変なの・・・体が動かない」娘のかすれたような小さな声に、最悪の想像をした母親は、急いで階段を駆け上がった。


 「美紅!」


 「ママ、体に力が入らない。ごめんなさいおしっこ漏らしちゃった・・・」母親は救急車を呼んだ。


 松山が出勤すると、車が入ってくるのを見ていたようでクライアント側の事務員が駐車場に出てくる。


 「松山さん」


 「どうしたんです」


 「あの、美紅ちゃんが今朝、救急搬送されたみたいで、お母さんから電話がありました」


 「そうなんですか、すいません」美紅の母親は、娘が委託会社の社員だってことをよく理解していないようで、何かあると直接施設側に電話をしてしまう。


 「いいんですそれは」事務員は心配そうな顔で言う。


美紅は、クライアント側でも可愛がられていた。


 「何か言ってました?」


 「いえ状態については何も」


 「わかりました。ありがとうございます」


松山は、栄養事務所からすぐに電話を掛けるが、母親も、美紅本人も出なかった。


テーブルの上にあったはずの茶器が無くなっている。


 「美紅ちゃんからなんか言ってきた?」厨房の職員が松山に聞きに来る。


みんなが心配してるのだ。


 「いや、電話繋がらないし・・・それどころじゃないんだろ」


 川原美紅から連絡があったのは午後になってからだった。


 「松山さんすいません・・・」


 「どうしたんだ?」


 「朝、起きたら体が動かなくて・・・トイレにも行けなくて、でなんか血管系とか神経系とか一通り調べたんですけど何処も悪くなくて」


 「今は?」


 「全然何ともありません、今からから出勤できます」


 「いいよ、今日は休め・・・それと体が動かない意外にどうだった?症状」


 「あの~すごく怠いって言うか、インフルエンザに罹った時みたいな凄い怠さで、ベッドに体が半分沈み込んでるみたいでした」松山はその症状に思い当たった。


 「もしかして、昨夜例の夢見た」


 「見ました!」急に声が大きくなる。


それから息継ぎもしないでまくし立てる美紅。


 「その平田咲子ひらたさきこさんの目がもう怖ろしくて・・・」


 「美紅の症状な、それたぶんうつだ。ただ、かなり強い症状・・・いきなりそこまでの症状が出たら自分の体に何かあったと思うだろうな」


 「・・・じゃぁ松山さんもあんなことになるんですか?」


 「もう慣れてるからな」


 「あれに慣れるんですか⁈」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る