呪われた洋館①

 第一発見者の勇太には、会社を休んで洋館に待機してもらっていた。

「辻勇太氏から話を聞いてみましょう」

 神奈川県警刑事部捜査一課の刑事、森倫太郎もりりんたろうは、相棒の石川と共に辻邸に向かった。

 森は四十過ぎ、広い額と虫のように跳ね上がった細い眉が頭の良さと意思の強さを思わせた。そして、薄い唇が彼の持つ酷薄な一面を暗示していた。歩く時は、後ろ手に手を組んで、小柄な体をきびきびと動かしながら、バッキンガム宮殿の衛兵のように足を上げて歩く。

 相棒の石川肇いしかわはじめは三十代、長身で、小柄な森と並ぶと子供を連れて歩いているように見えてしまう。分厚い胸板に、えらの張った小さな顔が乗っており、頭脳派よりも肉体派の刑事を印象させた。

 森倫太郎に石川肇。刑事仲間から二人は文豪コンビと呼ばれている。文学好きの刑事が、森鴎外の本名が森林太郎で、石川啄木の本名が石川一であることを発見し、以来、そう呼ばれている。

 偶然にしては出来過ぎなコンビだった。

「ウコンさん。普通、家の中で異変があれば、気が付くのではありませんか?」

 辻邸に向かう社内で石川が尋ねた。石川は森のことを「ウコンさん」と呼んでいる。ドラマに登場する名刑事、杉山右近に似ているからだ。「何故、ウコンなのか?」と聞かれた時、「ドラマに出て来る名刑事に似ているからですよ」と答えると、「私は名刑事などではありませんよ」と口では言っていたが、あだ名を気に入った様子だった。

 以来、ウコンさんだ。

「どうでしょう。辻邸に行ってみないと分かりませんよ」

 森の言葉通り、辻家に来てみると、その考えが変わった。道すがら見えた洋館は、周りに広がる田園風景から孤立して建っていたので、左程、大きくなものには見えなかった。だが、洋館に着いて中に入って見ると、屋敷はかなり広かった。天井は高いし、レンガ造りの壁は分厚くて、二階に居ると階下で大騒ぎをしても響きそうにない。

 父親に「顔を出すな」と言われて、勇太が二階の角部屋にある自室に居たとすると、客間はほぼ真反対の階下にある。客間の騒ぎが聞こえなかったとしても、不思議ではなかった。

 普通の日本家屋を想像していた石川は、考えを改めねばならなかった。

「我々、庶民の感覚とは違うようです」

 現場で状況を確認する。

 森は「ふむふむ」と呻きながら遺体を確認していた。何か気がついた様子だったが、何も言わなかった。

 現場を一通り確認すると、「辻勇太氏から話を聞いてみましょう」と勇太から話を聞くことにした。

 二階にいた勇太を居間に呼んで、事情聴取が始まった。

 居間に現れた勇太は、伸ばした長髪が鬱陶しく見えることを除けば、ごく普通の大人しそうな若者に見えた。三十路前後だろうが、どこか老成した雰囲気があって、若さが感じられなかった。

「コーヒーでも煎れましょう」と勇太が言った。

「結構ですよ。気遣いなく」と森が答えたが、「いえ、僕が飲みたいのです」と勇太は台所に行って、森たちの分までコーヒーを運んで来た。

「すみません。ちょっと一息、入れさせてください」

 父親を殺害され、動転しているのだ。勇太は右手でカップを持ったまま、暫くじっとしていたが、「ふう」とため息をついてから、カップを口に運んだ。

「さあ、結構です」

 話を聞くのは森だ。「お父さんを亡くされ、さぞ、気落ちしていることでしょうが、いくつか質問させてください。家を出て働いているとお聞きしています。こちらには良く戻って来られるのですか?」

「ええ、まあ。仕事の都合で、家を出ましたが、ここから車で三十分程度の場所ですから」

 職場に通えない距離ではないということだ。

「昨日、こちらに戻られた?」

「はい。親父に話があって・・・」

「話はお済で?」

「ええ、まあ」

 詳しいことは言いたくないようだ。

「昨夜、誰かがお父様を尋ねて、いらっしゃったそうですが、尋ねて来た方に心当たりはありませんか?」

「いいえ」と勇太は首を横に振った。

「お父様から、来客中は部屋に居るように言われたそうですが」

「父からは、『客が来るが、お前は顔を出すな』と言われました。父のお客さんに興味はありませんので、ずっと二階におりました」

「お父様と客人は、あなたに聞かれては困るような話があったのでしょうか?」

「さあ、僕には分かりません」

「何時頃、来客があって、何時頃、帰って行ったのかお分かりになりませんか?」

「夕食を食べ終わったのが、六時半くらいだったと思います。そこから、食器を片づけて、シャワーを浴びてから、二階に上がりました。来客があったのは、その後ですので、七時半以降だと思います。客が何時に帰ったのかまでは分かりません」

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