第7話「推理〜印南晴香の場合」

「うー……。伊澄はともかく、なんで芦川までできてんのよ〜」


 真琴の推理を終え、一度弛緩した空気の中で印南が呻く。うーうーと唸りながら、両手を前に伸ばして机に突っ伏す。ずいぶんと変則的なお手上げだな。

 しかし、まぁ。真琴の説は、容疑者の一人という特殊な立ち位置ながら、それなりに筋の通った推理だった。その後で披露するのも腰が引けるのだろう。


 このまま印南が言い出せないのなら仕方ない。自説のたんを開くとするか。

 そう思い口を開きかけたが──


「言いづらいなら結論から言ってしまって、きた疑問に答えていくのが楽かもね」


 天野先輩のほうが早かった。先輩はそう言うと、さりげなく俺たちに目配せする。……質問でそれとなくアシストしろってことだろう。チラッと話に出ていた全員で作り上げるとは、こういうことか。


「えっと、そうですね。まずはじめに、犯人は芦川かなって思ったんだけど……」


「俺ぇ!? なんで俺になるんだよ!」


 不意を打たれた真琴が素っ頓狂な声をあげる。


「なんで、って……それはあんたも言ってたじゃない。『怪しいのは俺か天野さんだ〜』って。忘れたの〜?」


 印南が鬼の首と言葉尻をいっぺんに取ったように得意がる。既に固められた推理の借用はこの推理会において効果的だろう。わざわざ一度過ぎた話を蒸し返すヤツも居るまい。


「おまっ……! だからって即俺に決定なのかよ! 天野先輩は!?」


「すぐにってわけじゃないわよ。──最初はじゃなくて、? だったの」


 真琴に応える形で、印南がぽつぽつと語り始める。どうやら俺の出る幕はなかったみたいだな。今回は腕組みで話を聞くだけでいいだろう。


「遺体の状況よ。どうして長瀬先輩は綺麗なままなんだろう? って思ったの」


 印南の気にかかったのはあまりに綺麗な遺体。

 遺体の状況。それは時として、解決の糸口になることもあるだろう。過度に損壊されていた場合は恨みの深い物だったり、殺人に不慣れな初犯であったりするらしい。


「殺害方法って、めちゃくちゃあるし中には綺麗なまま死なせるのもあるとは思うの。仮に、芦川が言ってたみたいな毒殺? とかね。でも、だとしたらなんでそんな手間のかかるやり方なんだろうって」


「そうだね。毒は入手して仕込むっていう手間がある。そんな手段を選ぶからには、何か理由があるかもね」


 おお、さりげなく理由へと誘導する天野先輩のアシストが光る。


「あ、そうですそうです! で、理由はなんだろうって考えた時、あたしは傷つけたくなかったのかなぁって思ったんです。これもある種の愛なのかなーって」


 そう言うと印南は照れくさそうに笑う。


「……傷つけたく、なかった? 愛? 殺しているのにか?」


 疑問が脳で揉まれる前に俺の口をついた。それも妙な話だ。とはいえ、俺の考えなんてアテにならない。

 愛とは何かと考えたことはなかったし、同級生に『伊澄くんは恋愛とか無理なんだよね』と言われたこともある。恋人のいるヤツを質問攻めにして、冷めた視線を浴びたものだ。実るはずの恋もいくつも切り倒しただろう。

 迂遠な愛の実際家ならぬ、無縁な愛の伐採家だったわけだ。


 そんな俺とは真反対の印南は即座に返す。


「殺してるのに、よ。だって、面倒じゃない毒とか。殺すにしても学校なら刃物だって調達できるし、凶器になる物もいっぱいあるのに。それを選ばないのって不自然すぎじゃない?」


 言われてみればそうだ。なんなら家庭科室や理科室に行くまでもなく、筆箱を漁れば鋏の一つくらいあるだろう。

 しかし、なんだ。前々から感じてはいたが、印南の言葉の端々には常日頃からそんなことを考えてそうな剣呑さがあった。


 やっぱりこいつは怒らせてはいけないヤツだな。推理への茶々入れという一仕事も終え、俺は頬杖をついた。


「でもその不自然さも、芦川が長瀬先輩のことが好きだったとしたら、成り立たない? ほら三角関係とか!」


「いや! ないない! ──って、天野先輩の前で言うのもアレっスけど、いやないっスよ!」


 天野先輩は否定も賛同もしづらいだろうに、アルカイックスマイルのような面持ちだ。『何とも言えない微妙な表情』ともいう。大っぴらに否定するのも申し訳ないが、否定するしかない真琴。それにどうこう言うのも違うと押し黙る天野先輩。そもそもお喋りでない俺。

 三者三様に困り果てる男子を尻目に、印南はえらくファンシーな風呂敷を広げ続ける。


「でも、この方が自然かなーって思うの」


「自然? 自然だぁ? この推理がかぁ?」


 真琴が詰め寄るように、前のめりになる。


、綺麗かなって思うの。実際の関係とかは知らないけど、お話としての形っていうか……」


 印南はちょうどいい言葉を掴めないのか、最後のほうを言い淀む。


 ドラマ、ねぇ。何か無理に"綺麗な悲劇"へと結末をズラそうとしてる感がある。


「なぁ、そもそも真琴が殺すのは長瀬先輩じゃなく天野先輩なんじゃないのか? 愛する人を殺してどうする」


 口にした言葉のむず痒さに耐えながらも、印南へ問いを投げる。


「わかってないわね〜。そんなことしたら長瀬先輩が悲しむでしょ? だから芦川にはそんなことできなかったのよ」


 自信たっぷりに人差し指を振るフィンガーワグ。芦川、いいのか? 現在進行形でお前の恋心がめちゃくちゃに捏造されているぞ。

 覗き見るも、まだうわごとのよう『ない……それはない……』と繰り返していた。よほどショックだったんだろう。


「……まぁ愛の有無はともかく。よくわからんな。その当人を殺すのはいいってのか?」


「ダメに決まってんじゃないの。当たり前にダメだとわかりながら、抑えきれなかった。だからドラマチックなの」


 もはや印南に口を挟める者はいなかった。俺たちはそのマシンガントークにより蜂の巣にされるばかりだ。


「当然だけど、天野先輩には犯人もわかっているのね? ただ、それを咎めることはしない。それが芦川を一層苦しめるのよ」


 印南は自分で書いた筋書きに惚れ惚れといった様でうっとりしている。こいつほどの想像力とメンタルを持っていれば、世の小説家のたまごももっと孵化するだろうに。


 ……あぁ、どこかで覚えがあると思ったら昼にやってる二時間サスペンスだ。夏休みの間とかでダラダラしていた時、母に握られたチャンネルでかかっていたアレだ。


 あまり好みじゃないな。どうもあの手のドラマにはそそられない。右手に預けた頭が重くなった感がある。


「なるほど。印南さんは"劇的であること"に重きをおいたわけだね」


 言葉と言葉のわずかな間隙をついて、天野先輩が印南の妄想に幕を引く。


「……まぁ百歩譲って俺を疑ったってのはわーったよ。そんで?」


 次いで、なんとかこれまでの話を飲み込んだらしい真琴が切り込む。ついにその推理の核心へと迫ろうとしていた。


「そんで? ってなに?」

「いや……だからトリックってか殺害方法だよ。俺はどうやって長瀬先輩を殺したんだ?」


 自分の行った殺人のトリックを訊く本人。あり得ない絵面だが、これもまぁ推理会の風景か。


「そりゃ毒とかじゃない? あ、苦しまないような睡眠薬とか?」


 事もなげに印南は言ってのけた。おいおい。


「そりゃ単に凶器だろう。何かしらトリックとか、理由付けとかないのか?」


「部室は知ってるんだし、真琴とは顔見知りなんでしょ? それなら毒くらい飲ませられるんじゃないの? これ以上は新しい手がかりとかないとなんとも言えないけど……」


 思わず右手で支えていた首がずり落ちる。


──後出しジャンケンにもほどがあるだろう。推理物として、情報の追加はフェアじゃない。


 そんな言葉が喉まででかかったが、思い直す。

 いや、印南にとってミステリーとはそういう物なのかもしれない。

 提示された情報から解き明かすのではなく、ドラマ性を彩る形での"謎"。後出しの許されるような、刑事ドラマに似た形式だ。個人的には別物として扱いたいが、近似であるには違いない。

 まぁ、人によっては区別もしないだろうな。


「じゃあ真琴の推理と同じように毒殺だとして、密室はどうしようか?」


 彼我にある認識の差を察した天野先輩が、凶器云々の水掛け論を打ち切る。別の謎へとスライドさせた。


「真琴の場合は僕が犯人で、単に施錠した。けど新入生の真琴が部室の鍵を取ろうとすれば、流石に咎められると思うよ?」


 いくら鍵が職員室にあるとはいえ、まだ入学して日の浅い新入生が一人で鍵を取りにくるとは考えにくい。


「長瀬先輩に開けてもらえばいいんですよ! 入る時は先輩に開けてもらって、返す時だけ『場所を覚えるのも兼ねて』とか理由つければ密室にできますって!」


 印南は力強くそう叫ぶ。

 なんという力技。けれど、一概に否定はできない。飛躍にとれる点があっても、破綻はしていないからだ。でなければ起こりうる。


「待てよ。借りる時はいざ知らず、返す時に一人だと結局怪しまれるじゃねぇか。そこで覚えられてたらバレるぞ?」


 真琴の言う通り。もしそっと返せたならまだしも、話しかけられようものなら記憶される。そして、そこから足がつく。


「いいんじゃない? 別に」


「…………は?」


 動きはおろか、思考までもピタリと止まる。


「だって毒なんか使ってる時点で不審死まっしぐらでしょ。そしたら検死解剖もするだろうし、事件性があったら捜査もするわ。そんなの逃げられるわけなくない?」


 根底が妄想のインクで書いたぶっ飛んだ推理(?)のくせに、変なとこはリアリストだな……。


「だから、一種の心中みたいなものよね。何も手に入れられない真琴が、その死だけは渡すまいとしたっていう構図なのよ」


 俺は殴られたように背もたれへ身を預ける。

 盲点だった。そうか、。つい凝ったトリックを用いたり、奇を衒おうとしてしまうから考えもしなかった。

 事件を解くのではなく、なぞるだけでも物語足りえる。その善し悪しはともかく、固定観念に囚われた俺の頭じゃ思いつかなかった説だった。


 肩を叩かれる。


「晴香ってもしかして俺のこと嫌いなのか?」


「さぁな。少なくとも昼ドラは好きそうだ」

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