第3章 冒険者ギルド移転の密約

第23話 エスコルヌ女子爵(1)

 サー・ポーロ士爵との直近での定例協議の数日後。


「ハイヨー、シルバー!」


 パカラン、パカラン!


「ハイヨー、シルバー!」


 パカラン、パカラン!


 俺は馬を飛ばして冒険者ギルドのあるポロムドーサの隣町、ノースランドへとやってきていた。


 冒険者ギルドの規模が大きくなるにつれ、手狭になったギルドの訓練場。


 その拡張を――まるで嫌がらせでもしているかのように――サー・ポーロ士爵がいつまでたっても認めてくれない中。


 ノースランド周辺を領地とするエスコルヌ女子爵ししゃくが、訓練場の土地を用立ててくれると連絡をくれたので、俺は急ぎせ参じたのだ。


 各種ギルドが集まり、この地域を代表する大きな街を擁するポロムドーサとは比べるべくもないものの。

 ノースランドは小ぢんまりとしながらもよく管理の行き届いた、美しく穏やかな街並みをしていた。


「いい街だな。領民たちの顔も明るいし。あ、こんにちはー!」


 領民の朗らかな顔つきや、見慣れぬ俺にも明るく挨拶をくれる姿を見れば、ノースランドの領主の質はある程度推察できる。


 逆にポロムドーサはサー・ポーロ士爵が横暴な上に、あれこれ税金が重いのもあって、街の飲み屋にでも行けば不平不満が渦巻いていた。


「少なくともサー・ポーロ士爵とは違うタイプだろうな」


 そんな淡い期待のような確信を抱きつつ、俺がノースランドの中心にあるエスコルヌ女子爵の屋敷に着くと、


「これはこれはフィブレ様。急なご連絡にもかかわらず、ようこそ我がノースランドへお越しいただきました。わたくしが当主のクラリス・アン・エスコルヌですわ。以後、お見知りおきを」


 エスコルヌ女子爵はわざわざ自ら屋敷の玄関までやってきて――しかも俺が自己紹介をするよりも先に――男なら誰もが目を奪われるであろう美しい笑顔で、俺を出迎えてくれた。


 質素だが一目で質の良さが見て取れるドレス。

 その裾をつまんで優雅なカーテシーを見せるエスコルヌ女子爵は、20才ほどの美人で、スタイル抜群、腰まである美しい黒髪が印象的な才媛だった。


 そんな若く美しい女貴族の、しかしおよそ貴族とは思えない丁寧な物腰に、俺は少々面食らっていた。


 同じ貴族でも、ふんぞり返ってウエメセで見下してくるサー・ポーロ士爵とはえらい違いである。

 ある程度予想していたとはいえ、まさかここまで違うとはな。


 もちろん面食らっていても、礼を失したりはしない。


「いえいえ、探していた訓練場の用地を格安で譲っていただけるとのお話をいただいたのですから、急ぎ参じるのは当然のことです」


 失礼のないように俺は丁寧に言葉を返した。


「喜んでいただけたようで、なによりですわ」


「それはもう、渡りに船の申し出でしたので。神は本当にいるのだと、改めて思ったほどです」


「ふふっ、フィブレ様はお世辞が大変お上手ですわね」


 エスコルヌ女子爵は口元に右手を当てながら、クスクスと笑った。


「お世辞ではありませんよ。それと申し遅れました。ポロムドーサ冒険者ギルドのギルドマスターを務めておりますフィブレ・ビレージです。この度は良いお話をいただき、誠にありがとうございました」


 俺は名乗りを上げると、最上級の式礼スタイルでもって深々と一礼をする。


「いやですわフィブレ様。そのようにかしこまる必要はございません。貴族と言ってもわたくしなどは、隠居した父からそっくりそのまま、田舎貴族の爵位と土地を引き継いだだけの若輩者なのですから」


 エスコルヌ女子爵が自嘲めいた苦笑いをする。


「そんなまさか。いと貴き身分であられることには変わりません。なにより領民たちの顔を見れば、領地経営が素晴らしいことは一目でわかりましたから」


「領民が幸せに暮らせているのは、それこそ父が良い治世を行ったからですわ。……フィブレ様、わたくしはですね。人は何を為したかで計るべきだと思っておりますの」


「は、はぁ」


 急に難しい話になったような……?

 どうにも意図がつかめずに、俺は曖昧に相槌を打った。

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