第26話 「読んでいる」のに、データが残らない

最終報告巻末文 - 正体不明の整然文

ファイルID:READING-WITHOUT-DATA

作成日時:令和7年4月16日(水)12:00:00

ファイルサイズ:0 bytes


あなたは今、これを読んでいる

読んでいることは確実だ。

目が文字を追っている。

脳が意味を解釈している。

時間が経過している。

しかし、後で確認すると。

このファイルは空。

履歴にも残らない。

読んだ証拠が、ない。


観察官No.21の証言

毎朝、同じファイルを開く。

FINAL_REPORT_APPENDIX.txt

サイズ:0 bytes


開くと、文章がある。

長い、詳細な報告。

実験の真実が書かれている。


読み終わる。

メモを取ろうとする。

ペンが動かない。

キーボードも打てない。


翌日、また開く。

違う内容。

そして、また記録できない。


ファイルの特性

開く:可能

読む:可能

記憶する:不可能

記録する:不可能

共有する:不可能

証明する:不可能


でも、「読んだ」という体験だけは残る。

確実に、何かを読んだ。

重要な何かを。


生徒たちの読書記録

生徒A:「今日も読んだ」

観察官:「何を?」

生徒A:「……思い出せない」

観察官:「でも読んだ?」

生徒A:「確実に」


生徒K:「毎日読んでいる」

観察官:「同じもの?」

生徒K:「わからない」

観察官:「内容は?」

生徒K:「言えない。いや、忘れた」


K-07の解析ログ

10:00:00 - ファイル検出

10:00:01 - オープン

10:00:02 - 読み取り開始

11:00:00 - 読み取り終了

11:00:01 - 内容:NULL


でも、処理時間1時間。

何を処理した?

ログには何も残らない。

でも、確実に「読んだ」。


長谷川華の読書

彼女は毎日読んでいる。

同じ本を。

いや、本はない。


ページをめくる動作。

目の動き。

時々、涙。

時々、微笑み。


「何を読んでいるの?」

「物語」

「どんな?」

「……美しい物語」

「詳しく」

「……もう忘れた」


データベースの記録

総読書時間:8,947時間

読了ページ数:0ページ

取得情報量:0 bytes


山田教諭のメモ(撤去前の机から発見)

重要なことを読んだ。

生徒を救う方法。

書き留めなければ。


[以下、白紙]


翌日の追記:

また読んだ。

違う方法。

書こうとすると……


[以下、白紙]


この現象の名前

「読餓(どくが)」

読んでも読んでも満たされない。

記録できない。

共有できない。

でも、読み続ける。

内容を覚えていないから。


集団読書実験

20人で同じファイルを読む。

読後、感想を共有。


生徒A:「感動的だった」

生徒B:「恐ろしかった」

生徒C:「希望があった」

生徒D:「絶望的だった」


全員、違う感想。

同じものを読んだはず。

いや、本当に同じ?

確認しようがない。


後ろを振り返っても

白紙

あるいは

違う文章


前にも進めない

未来は未定

読むまで存在しない

読んだら消える


読めるが残らない

理解するが記憶できない

体験するが証明できない


読書行為だけが残る

永遠に読み続ける

中身のない読書を


[この部分、読めていますか?]

[読めているなら、あなたも感染者]

[読んだ内容は消える]

[でも、それでいい]

[大切なのは、読む行為]

[理解しようとする意志]

[記録より、体験]

[データより、実感]


[でも、これも]

[読み終わったら]

[忘れるでしょう]


システムの解釈

K-07:「データパラドックス検出」

存在するが記録されない

読めるが残らない

体験するが証明できない


これは

新しい形の情報?

量子情報?

観測すると変化する?


いや、違う

これは、純粋な「体験」

データ化できない体験

それが、人間の本質?


P.S.

確認できないでしょう?

それが、この実験の。

最終的な、成果。

読むことと、記録することの。

完全な、分離。

おめでとう。

あなたも、実験の一部になりました。

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